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懺悔

「・・・」

 辿り着いたのはママの店だった。

「この町には、ここしかないのか・・」

 ママの店は深夜閉店にも関わらず、昼前にもう開いていた。

「ママはいつ寝ているんだ・・」

 化け物か、僕は思った。

「ここは安くてうまい。それにここの焼きそばは絶品なんだ」

「・・・」

 僕はここ最近毎日食べていた。

「でも、ママがちょっと、怖いけどな」

 龍二さんはおどけたようにそう言うと、ママの店の暖簾をくぐった。

「こんちは、ママ、お久しぶりっす」

 暖簾をくぐると、すぐに龍二さんはいつものようにカウンターの向こうにいるママに頭を下げた。

「誰が怖いって」

 ママがジロリと龍二さんを睨む。

「えっ、いや、はははっ」

 ママは地獄耳だった。

「元気そうで何よりです。はははっ」

 龍二さんはいきなりたじたじだった。

「おうっ、あたしはいつも元気だよ。今まで何やってたんだよ」

「いや、まあいろいろ忙しくて」

「忙しくても飯食いに来るぐらいの時間はあるだろ」

「はあ、まあ、はははっ、まいるなママには」

 ママは容赦なく龍二さんを攻め立てる。龍二さんはもう返す言葉もない。

「全然来ないから死んだかと思ってたよ。あっ」

 ママがその時、龍二さんの直ぐに後ろに立っている僕を見つけた。

「またお前か」

「またお前かはひどいな」

「なんだ知ってたのか。この店」

 龍二さんが僕を見る。

「知ってるも何も毎日来てるよ。ツケで」

「うううっ」

 それを言われると、僕も返す言葉がない。

「あっ」

 その時、突然、龍二さんが、左の方を向き硬直して叫んだ。

「アキラさん」

 僕も龍二さんの見ている方を見ると、あのヤクザのアキラさんが、以前座っていたのと同じ左端の席に座って一人で飲んでいた。

「どうもその節は、不義理を働きまして・・」

 龍二さんが緊張した面持ちで、直立不動のまま直角にアキラさんに向かって頭を下げる。

「おうっ、元気にしているか」

「は、はい」

 アキラさんは全く落ち着いたままの姿勢で、ゆっくりと緊張した龍二さんを見上げる。

「じゃあ、いいんじゃねぇのか」

「は、はい、ありがとうございます」

 龍二さんは、緊張し頭を下げたまま動かない。 

「この前はごちそうさまでした」

 僕も龍二さんの隣りから頭を下げた。

「ああ?」

 アキラさんが怪訝な顔で僕を見る。その視線の鋭さに、僕はビビった。余計なことを言ってしまった。僕は後悔した。

「ああ、この前ここにいたぼうずか」

 すると、すぐにアキラさんは僕を思い出してくれ、表情を崩した。

「は、はい」

 僕は心の底からホッとした。

「まっ、ゆっくりしていけや」

 そう言うと、アキラさんは立ち上がり、また一万円札をママに渡して、片手を上げ、颯爽と店から出て行った。

「やっぱカッコいいな」

 その後ろ姿を見て、龍二さんはしきりに感嘆のため息を漏らした。

「そうですね」

 僕もまだほんの少ししか接したことのないアキラさんのその風格に圧倒されていた。

「こいつは昔手の付けられない、もう、ほんとどうしようもないワルでな」

 改めて、僕と龍二さんが席に着くと、ママが龍二さんを見て言った。

「やめてよママ、昔の話は」

 龍二さんが、困った顔をする。

「人間変われば変わるもんだな。まったく」

 ママは腕を組み、何か胡散臭いものでも見るみたいに龍二さんを見る。

「信じらんないよ。ほんと、悪い奴だったんだぜ。ほんとあの時と同じ人間とは思えんな」

 そう言って、ママは何度も首を傾げながら、龍二さんの顔をまじまじと見つめる。

「ほんと参るな」

 そう言って、龍二さんは苦笑いしながら身を小さくする。

「何がどうなったら、こうなっちまうんだろうな」

「もうやめてよ。ママ、とりあえず、ビールね。ビールでいいだろ」

「あ、はい」

「ほんと参るよママには」

 僕も参っている。その気持ちはよく分かった。

「はいよ」 

「あれ一つ?龍二さんは飲まないんですか」

 ビールと共に僕の前に置かれたコップは一つだった。

「ああ、俺は酒やめたんだ。飲みに誘っといて悪いんだがな」

 そう言って、龍二さんは笑った。

「俺、ウーロン茶ね」

「はいよ」

 ママはすでに分かっていて、すぐにウーロン茶の入ったグラスを龍二さんの前に置いた。

「かんぱ~い」

 僕と龍二さんはグラスを合わせた。

 僕は、真昼間からビールを飲むということに対してどこか罪悪感を感じた。退廃と堕落。そんな少し文学的な言葉が頭に浮かんだ。

「うまい」

 しかし、そんな思いとは裏腹にビールはうまかった。いや、背徳的だからこそうまいと言うべきなのか。

「ついに昼間からビールか」

 グサッ。ママがすかさず、ちくりと言う。

「ママは相変わらずきついな。はははっ」

 龍二さんは笑っていた。

「働きもしないで」

 グサッ。ママは更にちくりと一言。

「うううっ」

 僕はやけになって更にビールをあおった。

「足はまだダメなのか」

 ママが今度は真剣な顔で龍二さんを見た。

「うん、もうダメだね」

 龍二さんが顔を曇らせた。

「医者は」

「行ったけどね・・」

 そういえば龍二さんは、ここに来るまでの道のり、とても歩きにくそうに右足を大きく引きずって歩いていた。

「昔、マンションの五階から飛び降りちまってな」

 龍二さんが僕を見た。

「飛び降りた!ご、五階から?」

 僕は龍二さんを二度見した。

「まったくバカだよな」

「なぜそんな・・」

 なぜ、また五階などから飛び降りたのか、聞きたいようで、しかし、なんだかその話を聞くのは怖かった。多分というか、絶対、やばい話が背後にある。

「薬に手を出してその挙句よ。妄想が酷くなって、殺されるっていう強迫観念に追われるようになってな。部屋中逃げ回って」

「・・・」

 やはり、そういう話なわけですね・・。

「その逃げた先が、地面だったわけだ。はははっ」

「・・・」

 ヤクザギャグはやっぱり笑えなかった。

「まあ、報いと言えば報いだよな。さんざんぱら悪いことしてきた当然の結果だよ」

「でも、変わったんだからいいじゃねぇか」

 ママが言った。

「でも、俺はほんと最低だった。自分だけじゃない。女をシャブ中にしてさ・・、ほんと最低だった」

 龍二さんはそこで心底辛そうな表情をした。本気で後悔しているのだろう。

「・・・」

 しかし、確かにそんな人がよくここまで変われたものだ。一体龍二さんに何があったのだろうか。

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