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神様と悪魔

 訳の分からない呪文のような聖書の言葉をさんざんに浴び、くらくらして死にかけていると、突然、

「では今日はこれでおしまいにしましょう」

 という、おばさんの一声で、勉強会は突如として終わり、僕は解放された。

「あああぁ」

 僕は教会の外に出て大きく伸びをした。太陽がこんなにまぶしいなんて久しく気付かなかった。教会にやってきてからすでに二時間以上が経っていた。別にやりたいことも、やるべきこともないのだが、なんとなく時間を無駄にしてしまった感が強くあった。

「おうっ、あんちゃん」

 そんな僕の背後で声がして振り向くと、あの隣りに座っていたあの刺青のはみ出た、痩せたおっさんがにこやかに立っていた。

「あっ、ど、どうも」

 やはりなんかビビる。

「お前、なかなか読むのうまいな」

 おっさんは、そう、気さくに声をかけてきた。

「そ、そうですか」

 他の人たちが下手過ぎるのだが、褒められるとやはりなんだか嬉しい。

「俺は龍二。よろしくな」

 おっさんは筋の浮き出た痩せた腕を僕の前に伸ばした。僕もおずおずと手を出す。

「・・・」

 握手をすると痩せている割に、意外とその力は強かった。龍二さんは僕と握手するとニカッと人のよさそうな笑顔を僕に向けた。僕もつられて笑う。意外といい人そうだった。 

「俺は聖書に救われたんだ。お前もそうか?」

 唐突に龍二さんが僕を覗き込むようにして、その痩せた顔から浮き出るような大きな目で見た。

「えっ、ええ、まあ・・」

 僕は少女に救われた。

「俺はさんざ悪いことしてきた」

「でしょうね」

「何?」

「い、いえ、なんでもないです」

「実を言うと、恥ずかしい話だが・・、俺はヤクザだったんだ」

「そ、そうですか・・」

 すでに知っていた。

「ほんとに俺は鬼畜以下だった。ありとあらゆる悪いことをやってきた。殺人以外の犯罪は全てやった。あっ、殺人もやったか。ははははっ」

「・・・」

 全然笑えなかった。

「まっ、とにかく俺は最低だった。だが俺は聖書と出会った」

 僕は少女と出会った。

「そして、俺は美しく偉大な神の存在を知った」

 そして、僕は美しく可憐な少女の存在を知った。

「俺は生まれ変わった」

 僕も生まれ変わった。

「俺たちは同士だ」

「はい」

 なんか違う気はしたが、なんとなく勢いでうなずいてしまった。そういえば彼女今どこでどうしているのだろうか。早く会いたい。

「なんかお前とは気が合う気がする」

「そ、そうですか」

 僕は全然しなかった。それに、相手は元ヤクザ。関わらないに越したことはない。僕は、早く立ち去ろうと決めた。

「そ、それじゃ・・、僕はこれで・・」

「よしっ、あんちゃん飲み行こう」

「えっ」

 僕の機先をくじくように龍二さんが力強く言った。

「俺は今最高に気分がいい。なんか、熱く語りたくなってきちまったよ。信仰についてさ。あんちゃんも相当なんだろ」

 龍二さんが僕の肩を叩く。やはり、痩せた腕からは想像できないくらいその力は強かった。

「は、はあ」

 僕は昨日初めて教会に入り、今日初めて聖書を読んだ。

「僕は、あの、実は・・」

 その時だった。

「おうっ、奉仕活動か。大変だな」

 急に龍二さんが右の方を見て誰かに話しかけた。僕もその方を見る。

「あっ」

 少女だった。少女が丁度教会に帰ってきたところだった。

「あらっ、龍二さん。今日も来られていたんですね」

 少女が龍二さんを見て微笑みかけるような表情で答える。

「当たり前だろ。俺が休むわけねぇ」

「そうでしたね。お疲れさまです」

 少女はそこで、ふふふと笑った。その笑顔が堪らなくやはりかわいかった。

「あらっ」

 その時、少女が隣りの僕に気付いた。

「また来てくださったのね」

 少女が嬉しそうに僕を見る。

「うん」

 僕も嬉しかった。やっと会えた。僕は感動を覚えた。神様はいる。

「神様はいる」

「そうだ。神様はいる」

 龍二さんが隣りで大きくうなずく。

「やっぱりお前の信仰心は相当だな」

 龍二さんは一人感心している。しかし、僕は少女しか見えていなかった。

「神の奇跡だ」

「そうだ。神様はいつも日々奇跡を起こしておられる」

 神様はいる。

「神様はいる」

 僕は確信した。少女の可憐な美しさは、神の存在なくしてあり得ない。その彼女が今また目の前にいる。これを神の奇跡と言わずして何を神の奇跡と言うのだろうか。

「あの・・」

「さっ、行こうか」

「えっ」

 しかし、僕が少女に話しかけようとしたその時、龍二さんが僕の肩を叩いた。

「えっ?あの・・」

「俺たちこれから、熱く信仰について語り合うんだ」

「えっ、いや、あの・・」

「そうでしたか」

 少女がにこやかに答える。

「またな」

「はい、それではまた」

 少女は頭を下げ、そのまま教会の中に入って行ってしまった。

「・・・」

 僕はあまりの展開に呆然と立ち尽くした。

「さっ、行こうか」

「いや、あの・・」

 僕は少女と話をしたかった・・。

 しかし、僕はそのまま龍二さんに半ば強引に飲みに連れていかれてしまった。

「神様に対するゆるぎない確信。お前の信仰心の厚さには参ったよ。はっはっはっ」

 歩きながら龍二さんは一人笑っている。

「・・・」

 ここには、悪魔もいた・・。

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