勉強会
「ところで、なんで急に神様なんだ?」
インテリさんが僕に訊いた。
「そ、それは」
「またどうせ不純な動機だろ」
ドキッ
ママが眉根を寄せ僕を見ている。
「図星だな」
「ち、違います」
図星だった。
「い、いえ、僕は神の思し召しでですね」
「もういいよ」
ママが呆れた表情で僕を見る。ももちゃんも僕を疑惑の目で覗き込む。僕はすかさず目を反らした。こういう時女の子は鋭い。
「女だな」
ママが鋭く僕を見つめる。オカマも鋭い。
「違います」
その通りだった。
「神様は素晴らしいんです。美しくて神々しくて・・」
もちろん僕の頭の中には、神様ではなくあの神々しく美しく輝く少女の姿があった。
「本当に、輝くような・・」
「日本人はやっぱり仏教だと思います」
ももちゃんが僕の話を遮るように不機嫌そうに言った。
「えっ」
「日本人は仏教ですよ」
ももちゃんはなんか怒っていた。
「なんで怒っているの」
僕はそんなももちゃんを驚きつつ見た。
「神様なんかいません。おかわり」
ももちゃんは焼きそばの皿をママに突き出すように上げた。やはり、どこか怒っていた。
「だからなんで怒ってるの」
「知りませんよ」
やっぱりなんか怒っている。
「争いごとはいつでも民族と宗教に別れるんだ」
インテリさんが少し笑いながら言った。
「そして大抵、土地か異性関係が争いの原因なんだ」
「???」
僕はインテリさんの言ってる意味が分からなかった。
「仏さまもいいけど、でも神様もいいよ。こう何か崇高な感じがして」
僕は再び少女のあの美しい祈りの姿を思い出し、感動が胸を打った。
「私は仏教徒です。仏様しか信じません」
ももちゃんが僕を睨みつけ、ぴしゃりと言った。
「えっ、でもいいんじゃない。仏教もキリスト教も似たようなもんだし」
「全然似てません」
ももちゃんはきっぱりと言った。ももちゃんはやっぱり何か怒っていた。
「だからなんで怒ってんの」
僕には訳が分からなかった。ももちゃんは、出された二杯目の焼きそばを、ものすごい勢いで食べだした。
「・・・?」
僕にはももちゃんがなんで怒っているのか皆目分からなかった。
「なんで怒ってるんですか」
僕はママを見た。
「お前がバカだからだよ」
「・・・?」
ますます分からなかった。
次の日も、僕ははやる胸のうちを抑え、教会へ行った。寝る前から、もう朝が待ちきれないほどだった。
「まあ、ようこそ」
あの牧師のおばさんが、やはりその顔面いっぱいの笑みで、ものすごく大仰に歓迎してくれた。しかし、肝心のあの少女の姿が見えない。
「あの・・、あの子は・・」
「ああ、あの子は今奉仕活動に行ってますのよ。ほほほっ」
そこで、何がおかしいのか、おばさんは口元に手を当て笑った。
「そうですか・・」
僕は心底がっかりした。彼女がいなければこの教会にいる意味などない。
「じゃっ、今日は・・」
「今日は聖書の勉強会をやっておりますのよ。ささっ、奥へ」
「えっ、い、いや・・、あの」
僕は帰ろうとしたのだが、おばさんはにこにことしながらも半ば強引にそのまま昨日入った部屋へと連れて行かれてしまった。
「・・・」
部屋に入ると、もちろん少女の姿はなく、その代わりに何人かの小汚いおっさんたちが席について座っていた。
「・・・」
僕は仕方なく空いた席に座った。
座っているおっさんたちは見るからに一癖も二癖もありそうな人たちばかりだった。絶対祝い町の住人に違いない。
「では先ほどの続きから。マタイの福音書6章34節から」
「はい」
おばさんが言うと、その向かいの痩せて真っ黒に日焼けしたおっさんがおずおずと目の前の分厚い聖書を読み始めた。
「ですから、明日のことまで心配しなくてよいのです。明日のことは明日が心配します。苦労はその日その日に十分あります」
たどたどしいその読み方は、教育を受けていない人のそれだった。よく見るとそのおっさんの前歯はほとんどが無くなっていた。
「はい、ありがとうございます。では次」
おばさんはその隣りのおっさんを見た。すると、そのおっさんがまたおずおずと次を読み始める。
「人を裁くな。自分が裁かれないためである」
「はい、ありがとうございます。では、次」
そうやって次々聖書を順番に読んでいく。ただ単純な一節を読んでいくだけなのだが、なぜかみな、読むのがたどたどしくやたらと時間がかかる。ひらがなすらが読めていない人もいた。
しかし、おばちゃんはそんなことは気にもせず、そんなおっちゃんたちの読む聖書の言葉を聞くたびに、一人いちいち頷きながら涙ぐんでいる。
「はい、では最初に読んだ一節、意味は分かりますか」
一通り読み終わると、おばさんがやはりあの顔面いっぱいのにこにこ顔で言った。
「・・・」
誰もが沈黙して俯いた。
「ええ、では、あなた」
おばさんが僕を見た。
「えっ!なぜ僕?」
分かるわけがない。聖書など今日初めて読んだのだ。
「ええ・・、今を生きろと・・、かな・・」
「そうです」
「えっ、そうなの?」
あてずっぽうで言ったらなんか当たった。その場にいたおっさん全員が、おおっという目で僕を見る。
「え、いや・・」
そんな目で見られても・・。めっちゃまぐれだし・・。しかし、おっさんたちの僕を見る目は畏敬の色に変わっている。
「あんた学生さんか」
右隣りに座っていた、痩せた長い髪を後ろで束ねた鋭い目つきのおっさんが僕を見た。
「えっ、いや」
言葉が詰まる。学生であるようで学生でない。説明するのがめんどくさかった。
「熱心な信仰をお持ちなのよ」
おばさんが言った。
「えっ」
「そうか。若いのになぁ」
おっさんたちがしきりに感心する。
「えっ、いや・・」
そんなこと一言も言っていない。
「さすが学生さんは頭が違うな」
隣りのおっさんが首をひねり一人感心している。
「いや、あの」
その時、僕は、ふと隣りのおっさんの袖の部分に目がいった。
「!」
その白いTシャツの袖の端から、何やらカラフルな色彩が覗いている。
「・・・」
これは・・。それは明らかにあちら側の方の入れるそういったものだと推察された・・。多分、それは背中一面に広がっているに違いない・・。
「・・・」
僕は来たことを激しく後悔した。昨日あんなに待ち遠しかった今日がこんなことになろうとは・・。
「なぜ、僕は少女ではなく、こんなおっさんたちに囲まれて、こんなことになってるんだぁ」
僕は心の中で叫んだ。




