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ママ

 改めて店の中を見回すとそこはカオスだった。店の壁中メニュー表が張り巡らされ、古いポスターやら、写真やらがそれに覆われている。店の端には雑然と物や食材らしき段ボールが所狭しと積み上がっていた。

「コレ全部出来るんですか」

 僕はもはや、絶対に外に出してはいけない何か巨大な魔物をでも封印しているお札がごとく、これでもかと張り巡らされたメニュー表を見回して言った。

「もちろん」

 鉄板の前に立つ、ママと呼ばれていたおっさんは自信たっぷりに答えた。

「手巻き寿司とかありますけど・・」

 それに値段設定が、異常に安い。殆どが数百円の設定だった。

「安い・・」

 僕は、この中で絶対発見されないメニューもあるだろうなと思いながら、メニュー表を一つ一つ眺めていた。

「何言ってんの。この店はこの町じゃ高級店の部類に入るんだよ」

 その時、店の片隅の席から声がした。

「ええ!これで!」

「あっ、源さん」

 僕が驚くのと同時に、やっさんが右端の席で静かに飲んでいたじいさんを見て驚いた。どうやら、そのじいさんはやっさんと知り合いらしかった。

「久しぶりやな。源さん。元気にしとったかい」

「元気だけがとりえよ」

「情報屋の源さんや」

 やっさんが僕に言った。

「情報屋?」

「この町のことは何でも知ってるじいさんよ」

 ママと呼ばれていたおっさんが、カウンターの向こうから言った。

「おっ、そうや、紹介しておかなな。この店のママ」

 やっさんが、鉄板の前に立つ、さっきから何度もお玉で僕を殴ったおっさんを手で指し示し言った。

「ママ?」

「そう、ママや」

「・・・」

「ママはこれでも昔、スゴイ美人やったんや」

「今もでしょ」

 ママは今までの愛想のいい笑顔から急に怖い顔になり、やっさんをじろりと睨んだ。

「ああ、そうでした」

 さすがのやっさんもその迫力にたじろいだ。

「ほら、そこに写真が貼ってあるやろ」

 やっさんは、慌ててママの視線から逃げるように壁の一角を指差した。

「あっ」

 僕は思わず声を漏らした。そこには光り輝くステージでスポットライトを浴びる、舞台衣装に身を包んだ若く美しい女性の写真が、引き延ばし拡大されたものまで含め無数に貼ってあった。

「えっ、これがおじさん?」

 僕は目を丸くして、鉄板の前に立つおっさんを見た。

 ガンッ

「痛ったぁ」

「おじさんじゃない。ママでしょ」

「あっ、すみません」

 見るとママの持っているお玉の柄が曲がっている。

「そんなに強く叩かなくても」

 僕は頭を押さえた。

「あら、ごめんなさい」

 ママは、胡麻化すように一人笑った。

「ママは心は女だけど、力は男だからな」

 源さんが言った。

「ママは、キャバレー白薔薇のスターやったんや」

 やっさんが言った。

「キャバレー白薔薇・・」

「もう、昔の話はよしてよ」

「昔あった有名なキャバレーや。その辺のチャラチャラした若い女がただ座ってるだけのキャバレーちゃうよ。ほんまに、歌も踊りもプロ並みな子が集まった本当にすごいお店やったんや」

「そうそう、すごかったなぁ。あの頃は」

 源さんも昔を懐かしむように相槌を打った。

「全国からその名を聞きつけて客が来たんや」

「へぇ~」

「毎日がお祭りみたいだったな」

「そうそう、有名人もたくさん来てな。ほんますごかったんや」

「よしてよ。大げさね」

 ママはそうは言っているが、まんざらでもないみたいだった。僕は、もう一度、壁に貼ってある写真の中で一際大きく引き伸ばされた、煌びやかなスポットライトの下で派手な羽飾りの付いた舞台衣装を着こんだママの写真を見つめた。

「ママ、ところで注文は聞いてくれないんか」

 その時、やっさんがママに笑顔を向けた。

「あらっ、あたしとしたことが」

「とりあえずビールね」

 やっさんが言った。

「あんたは?」

 ママが僕を見た。

「えっ?ああ、じゃあ僕もとりあえずビールを」

「学生がビールなんか飲んでんじゃない。あんたは焼きそばにしとき」

「えっ」

「しときっ」

 ママは僕を鋭く見つめた。

「じゃ、じゃあ、それで」

 ママの最後の一言は完全に命令だった。

「僕が客だよな・・、しかも学生ってわけでもないし・・」

 僕はママの迫力に呆然とした。

「まあまあ、ママの焼きそばは天下一品だよ」

 そんな僕を見て、隣りからやっさんがやさしく僕の肩を叩いた。

「そうそう、ここは焼きそばだけは、天下一品だ」

 源さんも言った。

「焼きそば、も、でしょ」

 ママが、巨大な鉄板に油をひきながら源さんを鋭く睨んだ。すると、源さんは身を小さくして、ママに向かって、チンパンジーが従属の意思を示す時みたいに、卑屈にその入れ歯らしき前歯をむき出した。

「・・・」

 この店ではママは絶対的な存在らしかった・・。


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