第五話 街に降りて遊ぶ5
道中は特に何もなく暇だった。
魔物が頻発しているといっても、この草原には出てこないようだ。
特に騎士さんと何か話すこともなく、少し気まずい空気の馬車は進む。
気を利かせて何か話してくださいよ、という目線を向けてもちょっと困ったように苦笑いされるだけだった。
私も自分から話題を提供して、どうしても話したいわけではないので、結局のところ馬車の中は無言という事になる。
それにしても、中々に速く走る馬車だ。
私が数日かけて進んだ道を、ビュンビュン飛ばして目的の山まで向かっている。
「この馬車は特別性?」
折角なので、これ幸いと聞いてみた。
べ、別に沈黙に耐えられなくなったわけではない、本当だよ? 将来はくーるびゅーてーなこのアタクシですもの……。
……。
「通常の馬車よりもかなりの速度が出る、ミーガン様は明日の朝には帰還する事をご所望だからな」
「まぁ日帰りは無理ですよね、そろそろ日も沈んでいくし」
「夜になる前にはダンジョンに入っておきたいな」
「それは賛成……馬車は放置でいいんですか?」
「あぁ、御者と共に麓で待ってもらうことになっている」
「魔物とかは」
「草原に出てくる奴は弱い奴らばかりだし、山にはそこまで凶暴な魔物はいない……いないようにたまに冒険者に頼んで刈って貰っている」
「成る程」
交易路は常に監視しないとって感じですよね、そりゃ。
それに、いくら御者さんでも騎士の仲間ってことね。
自衛ぐらいできるか、そりゃ。
それからも、たまに話題を見つけてはポツリポツリと話しながら馬車に揺られる。
そして、夕日が差し込む時分になって山に着いた。
山はそこまで大きくないので、この分なら完全に日が沈む前にダンジョンに入ることが出来るだろう。
……それにしても、こっちに数日で戻ってくることになろうとは思ってもみなかった。
もうちょっと街とか経由してから、持って行った類は売る気だったし。
本当に、まさか街がないというか、山に近いというのは誤算だった。
各国の距離はやっぱり自分で測るのが一番かな、ゲームじゃさすがに距離までは分からないし。
取り合えずは馬車から降りて、一応馬車道が続く山道へと足を踏み込む。
「その前にこれを返しておく」
「あー、なんも言ってなかったけど、なるほど」
渡されたのは、ホルスターに収まっている私の二丁の拳銃。
返して欲しいと希望は伝えてあったけれども、それから特に反応がなかったから……正直、返ってこないかとも思ったけれど。
ここで返してくれるのね。
私は一応御礼を言って、ホルスターを肩に掛けて腰に巻く。
そこからは、何とか記憶を頼りにダンジョン探しである。
歩いた距離、真っ直ぐ歩いていたわけだから、出てきたところから直線状に当たる部分に存在しているはず。
そして、結構山頂に近い場所にあった。
という事で、一応山の山頂まで歩く。
空は茜に紺がどんどんと浸食して行っていた。
そして、場所の当たりをつけて何とか歩ける場所を探しながら、丁度お日様が完璧に沈む頃ぎりぎりにダンジョンにたどり着いた。
「お疲れ様でした、そしてようこそ追想の墓場へ」
「追想の墓場?」
「このダンジョンの名前です、入りますよ」
私は一言三人に目配せと共に注意し、裂け目に入っていく。
騎士さんたちは、体を横にしながら岩の裂け目に体を入れていく、ちょっと狭かったようだ。
先ず一階層目は特に何もない。
正方形の部屋が怪しく光り、奥に下へ降りる階段が見えるだけだ。
「この部屋に、魔法陣は見えますか?」
「ん? 見えないが」
なるほど、私には見える。
つまり、最奥の魔法陣を使った者のみに見ることのできる魔法陣ね、興味深い。
魔力でも覚えてっていうのが妥当かな?
まぁ、私はそこまでまだこの世界に馴染んでいないし、研究をしている学者でもないから知らないけれども。
「皆さん、私のどこでもいいので体に触れていてください」
「なぜだ?」
「いいから」
ちょっと面倒臭くなって、ほらほらと手招きをすると、騎士さんたちは微妙な顔をしながら私の肩や腕に触れてきた。
私が魔力を込めると、あたりが一変した。
「ッ! ここは」
「此処は最奥です、こっちです」
相変わらずの宇宙空間を無視して、戸惑う騎士さんたちを連れて一つ上の階へ。
「んなぁ!」
「……!」
さっきから他の二人も声が漏れてるけど、私は大人だから見逃してあげましょう。
そして、騎士さんの目線が廃屋から宝の山に移される。
「言いましたよね、別に全部取られても問題ないって」
私は宝の山をペシペシと叩いて、どや顔で騎士たちを見る。
「……」
「……おーい」
どうやらショックで呆然としているようだ。
仕方ない、とりあえず私はこれらをブレスレッドの中に収納した。
現物を手に取り、入れと念じるのは中々の単純作業で飽きてきたけれども。
「ここ、は」
「うーん、まぁ私に付けるくらいだし、ミーガン様の信頼も厚そうだからいっか」
「それにそれらは全部」
「そうこれらは全部私が持っていたものと同等の物ですよ……そしてここは私の故郷なんです」
「故郷?」
全てを入れ終わった私は、ゆっくりと騎士の方を振り向きながら答える。
「そうです、最初に魔王が滅ぼした私の村、此処は追想の墓場」
「……」
「記憶は途切れ途切れですが、私にも残っています」
そう、本当に断片的に、魔王が襲って来た時のことは刻みついている。
まぁ少しずつ思い出しているといった方が正解だけど。
「……」
「これ以上はミーガン様に聞いてください」
私はふっと息を吐き、緊張を解く。
すると、あちらも少し肩が下に下がった。
……ふふふ、やっぱりこういう場面ではミステリアスな少女を演出しないとね。
そっちの方がゲームっぽいし! 厨二的発言はちょっとはずかしかったけど。
「そうだな、あとはミーガン様の報告の時に少しは説明していただけるだろう」
「そう願ってるよ」
「それで、あとは敵の威力調査なのだが」
やっぱりそれもあるよね。
「一応忠告、本気なら止めた方がいいよ」
「しかし、やらないわけにもいかん」
「仕方ないか……」
変に攻略できると思われても困るし、取り合えずこの騎士三人の能力調査も含めて一階層に戻るか。
「じゃあ取り合えず、さっきのは収納したし上に戻りましょう」
「何? あそこから上に行くのではないのか?」
「はぁ? 死にたいんですかぁ?」
おっと、割と素のトーンで返答してしまった。
「……まぁいいだろう、忠告には一応従っておこう」
三人とも舐められて不満と言った雰囲気バリバリだけどね、でも高々一介の騎士が九十階層代を歩こうもんならマジで死ぬだけだし。
それから私達は一階層に戻り、階段を指刺した。
「階段を抜けたらいつでも戦闘になると思ってください、一応私は後ろから見ていますが危機的状況になったら支援します」
「成る程、俺らの実力を知りたいってことか」
「えぇまぁ」
「じゃあ実力があったら下に連れてってくれるよな?」
「そうですね」
ニヤリと笑った騎士さんは、二人を連れて下へと向かった。
「ぐほぉあぁぁ」
はい、お約束ですね。
私の目の前までガシャンと飛んできた、私と話すことが許されてる騎士さん。
此処は第一階層。
そう、第一階層、ファーストエネミー、敵は一匹。
「ば、ばか、な」
キン、キンと剣と剣がぶつかり合う音がする。
驚愕の声を漏らしたのは、いつも話さない騎士さん。
相手の容姿?
緑の肌に腰のみをつけて、立派な剣を持った人間の半分くらいの身長に、耳がとがり牙が見えている……一般的に言うゴブリン。
ただし、裏ダンジョンの。
入った三人はしっかりと警戒しており、レンガ造りの迷路も罠を警戒してゆっくりと進んでいた。
そして正面から歩いていて来たゴブリンを見て、拍子抜けのような表情になったのだろう。
私は後ろからついて行っているから、表情は見えなかった。
だけれども、確実に警戒度は下がった。
お話しできる騎士さんが、ゴブリンの前まで歩いていき、無造作に剣を振り上げて振り下ろす。
ゴブリンの目が一瞬キランと輝いたような気がしたのは、きっと私の頭がゲーム脳だからだろう。
一瞬にして抜剣したゴブリンは、その勢いのまま振り下ろされる剣に自らの剣をぶつけた。
これに驚いたのは騎士さんだ。
なにせあの貧弱で騎士にとっては刈られるだけのゴブリンが、こんな動きが出来るはずもないのだから。
警戒しようとした時にはすでに遅く、弾かれて無防備になった体。
ゴブリンは勢いのまま体を空中に躍らせ、そのまま回し蹴りを騎士に放つ。
勢いよく飛ばされた騎士さんは私の足元まで飛ばされて、見事な着地をしたゴブリンは、剣を肩に置き中々の風格だ。
そして騎士をあざ笑うかのように鼻で笑いながら、他の二人に目配せをする。
そして、他の二人は何とか死力を尽くして剣で相手をしているが、その素早さと思った以上にある筋力に決定打が与えられていない様子。
まぁ驚くよねそりゃ。
私もちょっとレベル上げの時に一階層に足を運んでみてビビったもん。
なんかいい動きをするゴブリンがいるってさ。
確かにゲームの知識でここにゴブリン改が出ることは知ってた。
というか、上から今まで出てきた敵の強化バージョンが出てくるからね。
基本使いまわしというかなんというか。
下に行けば勿論オリジナルな敵も出てくるけど。
……でも思えば約九十回階分のエネミーなんてそりゃめんどくさくて作ってられないか。
ゲームやったときも、そのタフさと攻撃力の高さに驚かされたしな、特にゴブリンは。
此処に入って初めにエンカウントするのは必ずゴブリンだから、攻略本とか見てなかったら皆通る道だと思う。
復活した騎士さんと三人で、何とかゴブリン一匹を仕留めることに成功した騎士たち。
こりゃ下の階なんて夢のまた夢だね。
「お、おい、なんなんだこのゴブリンは? いや、ゴブリンなのか?」
ドロップしたのは剣だったらしい、話さない二人がそれをまじまじと見ている。
「此処の敵がどれだけ強いかわかりましたか?」
「……わかりたくなかったがな、確かに此処でこの惨状だ、怪我はしていなくともこれが複数しかも連戦になったら勝機は無いか」
「わかって頂けたようで……最奥にのこのこ出て行ったら一撃で死にかねませんからね皆さん」
無駄話というか、座り込んでいる騎士たちと話していると、奥から二体のゴブリンが現れる。
「あぁ私が殺ります」
グギャグギャ言いながら、二体のゴブリンがこちらに気が付き足を早める。
私は無造作にホルスターから銃を取り出し、適当に魔力を込めて二発。
それぞれの眉間に、第三の節穴が出来て終了。
基本ゴブリンは頭か心臓のクリティカルで一撃で殺せる。
此処がゲームとは違うところだろう。
「は?」
その光景に唖然となったのは騎士さんたちだった。
「わかって頂けましたか?」
にっこりとほほ笑んでやった。