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肌色のドラゴン

作者: エンドウ

 サルビアはクカイの島の娘だ。

 彼女が山の中でその秘密の洞窟を見つけたのは2年前のことだった。

「あまり遠くへ行っちゃダメよ。山には恐ろしいドラゴンが出ますからね」

 そんな、半ば御伽噺めいた母の忠告も、サルビアには効き目を持たない。

 母のその忠告を友人に伝えると、彼は体を揺すって笑った。

「母君も、悪気があっていったわけではないだろうが」

「ねー!」

 サルビアは彼の体にもたれかかりながら笑った。

 彼こそは、クカイ山に潜むドラゴン。肌色(ペールオレンジ)の鱗を纏った巨大な竜だ。


「ドラゴンさん!」

 サルビアはニコニコと笑った。

「ん」

 肌色のドラゴンは片目を開けた。サルビアの体よりも大きい巨大な眼だ。

 口ひげにはサルビアのリボンが括られている。

「今日は、青い空と太陽がとっても綺麗!」

「ん」

 蝶のようにヒラヒラとリボンが泳いだ。

 片目を閉じる。肌色のドラゴンは千年以上を生きる老竜だ。ゆえに、青い空と太陽の美しさなど既に見飽きた。

「もう!ああ、もう!ドラゴンさん!今日こそは日の光を浴びようよ!」 

「ん。いや、いい」

「あー、もう!」

 サルビアはむくれて、それでも全身の体重を肌色のドラゴンのペールオレンジの鱗に預けた。

「じゃあ、私も今日は洞窟の中!」

「子供は、外で日を浴びるか、家の中で勉学に励め」

 口ひげのリボンがふわりとサルビアの額を打つ。

「むー!そうやって子ども扱いする!」

「大人は、勉強が嫌だと家を抜け出しはせん」

「もう、それはいわないで!アハハハ!」

 ひとしきり笑った後、サルビアが肌色のドラゴンに声をかけた。

「私、島を出たいわ」

 この何も無い島で暮らすことに飽きる。肌色のドラゴンにしてみれば、この洞窟で生きた五百年でよく耳に挟んだ話だ。

「そうか」

「でも、母様も、父様も、ドラゴンさんもいるここを出たくない」

「ん」

 それも良く聞く話だ。

「君の好きにするがいい」

「うん!」

(大丈夫だ。君は幸せになるべきだ)

 肌色のドラゴンは、心の中でそう付け加える。

「そのためには、いろいろ勉強だな」

「むー!」

 サルビアと肌色のドラゴンはまた、ひとしきり笑った。

 

 レッドドラゴンは、自らが最強であると感じていた。

 例えば城を焼く、人を踏み潰す、同族を縊り殺す。どれも不自由なく出来た。

 無論、レッドドラゴンより強い力を持つドラゴンや巨人もいた。だが、最終的には彼の足元で炭となり死んだ。

 レッドドラゴンは笑った。

 幸いこの世の中にはまだまだ焼き尽くすに足る森や人民がいる。

 そこでふと考えた。

 そうだ――

 ――これだけの力があれば、島一つくらい消し飛ばせるのではないか。

 レッドドラゴンは空をはばたきながら、そう考えた。

 眼下、そのブルーの海のなかに小島を見る。

 丁度いい。

 レッドドラゴンは、体中の炎を口元に集めた。

 この日、クカイの島は壊滅した。


 肌色のドラゴンは体を起こした。

「・・・・・・」

 洞窟を出るのは五百年ぶりだ。

 その視界には、歪な穴の開いた海が見えた。そこは、島の平地でありかつて中央村があった場所だった。そこに巨大な穴が開き、その穴に海水が滝のように流れ込んでいる。

 耳を済ませる。穴に流れ込む海水の音と、炎が燃え盛る音が聞こえる。

 気配を探るが、生物の痕跡は感じ取れない。

 そして理解する。

 クカイ島は壊滅したのだ。

「・・・・・・リボンを返しそびれてしまったな、サルビア」

 肌色のドラゴンの後悔に対する応えは、永遠に帰っては来ない。

 クカイ島は壊滅し、少女サルビアは死んだのだ。

 

 クカイ島の上空で、レッドドラゴンは笑っていた。

「ハハハハ!ん?」

 最強を自負するレッドドラゴンの眼前に現れたのは、ペールオレンジの鱗を纏ったドラゴンだ。

「ほう、同族か?あの島に住んでいたのか?リベンジか?」

 レッドドラゴンが笑う。

 ドラゴンの皮膚は、ドラゴンの性質や在り方を表す。ブルードラゴンなら氷の力を、イエロードラゴンなら雷の力を纏うことが多い。

 即ちレッドドラゴンは――炎だ。レッドドラゴンの口から吹き出した火炎の塊が肌色のドラゴンに襲い掛かる。

「・・・・・・」

 肌色のドラゴンは翼を盾にして弾いた。

「一応聞く。何故この島を滅ぼした?」

 レッドドラゴンは笑った。

「俺の一撃で滅びるか試したくてな」

「増長が過ぎたな若造」

 肌色のドラゴンの声は静かだ。

「ハハハ!オレンジドラゴンが笑わせる。何だ?フルーツでもくれるのか」

 肌色のドラゴンはペールオレンジの翼を広げた。

「私の鱗の色は、かつて東方で肌色と呼ばれていた」

「は!興味ねぇな。死ね!」

 レッドドラゴンが吐き出したのは炎の塊だ。先ほどのものよりもはるかに大きい。

 だが、肌色のドラゴンには傷一つ付かない。

 レッドドラゴンは地面へと急降下した。

 無人の荒野、岩肌しかないその場所でレッドドラゴンは、岩や土を口に放り始める。

「・・・・・・」

 レッドドラゴンは、自らの炎の力の使い方を知り尽くしている。

 ゆえに、例えば炎の効かないドラゴンなど想定済みだ。

「死ね!」

 胃袋内の高温で赤熱化した岩石を弾丸のように打ち出す。高温と質量を持った弾丸が肌色のドラゴンを襲う。だが、

「何!?」

 肌色のドラゴンの体には傷一つ付かない。

「・・・・・・お前は・・・・・・何だ?」

「肌色のドラゴン。サルビアの友人だ」

 レッドドラゴンにはその言葉の意味は分からない。

 レッドドラゴンの体が竦む。

 だが、レッドドラゴンは、そんな恐怖をも想定済みだ。この恐怖がレッドドラゴンを更なる強さのステージへと昇華させる。そう、レッドドラゴンは確信した。

 レッドドラゴンの右手の内側から溶岩が噴出し、ソードを形作る。

 そして、肌色のドラゴンの額に鮮血が走った。


 肌色のドラゴンは頭部を貫かれた。目の前をヒラヒラと蝶のような何かが舞う。リボンだ。自らの髭に括られたリボンが視界の端を泳いだ。

 肌色のドラゴンは思い出す。

「ドラゴンさん!」

 サルビアが目を輝かせた。

「ん」

「じゃん!」

 肌色のドラゴンの一本の髭に、赤いリボンがくくられていた。

「・・・・・・外すがいい」

「えー、可愛いのに。色味が無くて可哀想だわ」

 肌色のドラゴンのあきれ返ったため息を気にせず、サルビアが肌色のドラゴンに体重を預ける。

「ドラゴンさんの色って、面白い色ね!」

 肌色のドラゴンは目を閉じた。

「ドラゴン種の鱗の色は自らの在り方を示す。この色は東洋で言うところの肌色だ」

「肌の色?」

 サルビアは首をかしげた。 

「だが、肌色と異なる肌の色の人間がその場所で生活を送るようになった。肌色は、彼らの心を傷つけないように、名前を消した」

「ふーん」

 サルビアには理解できないようだった。

「じゃあ、ドラゴンさんもいつか、他の人が暮らしていくために、居なくなっても良いってこと?」

「そうだ」

「・・・・・・さびしい。」

 サルビアの表情が曇る。

「そうはならないことを祈っている。私もな」

 肌色のドラゴンは笑った。

「優しいんだ。その色も、ドラゴンさんも!」

 優しさの一つは、自らを傷つけることを厭わないことだ。それは勇気へと昇華する。勇気は何者にも曲がらない強さを与える。

 肌色のドラゴンの瞳の中で、サルビアが笑っていた。

 肌色のドラゴンも、笑った。 


 肌色のドラゴンは額に突き刺さったレッドドラゴンのソード、その根元の右腕を引きちぎった。

「増長が過ぎたな、若造」



「何故殺さない?」

 レッドドラゴンは顔半分や左腕を岩石で接合していた。右腕は接合が間に合わず、ただもぎ取られた肩から溶岩で傷をふさいでいる。両翼ももはや実態ではなく炎の塊で形作るしかできていない。穴だらけのレッドドラゴンの皮膚からは溶岩と炎と血と肉がドロドロとあふれ出していた。

 肌色のドラゴンは、哀れむでもなく一瞥した。肌色のドラゴンは額の深い傷を残し既に全て回復している。額の傷も塞がりつつあった。

「殺したくなったら、何時でも殺しにいく。怯えて暮らせ」

「いつか殺してやる。後悔するぞ」

 レッドドラゴンは唸るように搾り出した。

「無理だ」

 肌色のドラゴンは、興味なく呟く。そして背を向けた。


 クカイの島と呼ばれた小島はいまやほぼ沈み、肌色のドラゴンの棲む山と洞窟が残されているだけだった。

「だが、君が生まれた場所だ」

 肌色のドラゴンの瞳には海に沈む太陽が見えた。

『今日は、青い空と太陽がとっても綺麗!』

「成程」

 彼は小さく欠伸をすると、自らの髭に括られた友人のリボンを守るように横たわり、寝息を立て始めた。

無くなってしまった(?)肌色という名前をフォローしようと思った結果がコレです。


本作とは関係ありませんが、肌色の多い本は大好きです。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  肌色のドラゴンという設定が新鮮で、どんな能力を持つのだろうと興味を持って読み始めました。  好奇心旺盛で、まだあどけないサルビアと、少々引きこもり癖のありそうな肌色の老ドラゴンの穏やかな…
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