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サニーサイド

作者: 三角 仁

 あの夏の日から、僕は自炊をしている。


 ――ジリリリリ!

 目覚ましの音が響く。

 僕はやかましいその音を止めて、起き上がる。

 起き上った状態のまま、しばらくはじっとしておく。頭がはっきりとしてきてから、体の上にかかっている布団をどかして立ち上がる。

 ベッドの上のシーツと布団を整えて、ぐっと伸びをする。だいぶ頭がすっきりとしてきた。

 目の前に飾ってあるコルクボードがふと目に留まる。

 ――あれから、二年も経つのか。

 コルクボードには一枚の写真。

 男女八人が集合して撮った写真だ。

 また、この写真の季節が近づいてきた。あの不思議な子はまた、海に行くのだろうか。

 そんなことを考えながら、洗面台に移動する。

 顔を洗い、歯を磨き、夏場のせいで汗ばんだ体が気持ち悪かったので、シャワーも浴びることにした。

 すっきりとしてからキッチンに向かう。

 昨日のうちに炊いていた米は僕好みの固さに炊けていておいしそうだ。

 普通よりも固めに炊くのが好きだ。そのために炊くときには少し水は減らしておく。炊きあがった後もすぐには食べない。炊きあがりから十分ほど蒸らしておくと丁度いい。しゃもじでかき混ぜて、中に空気を取り込んでから保温しておく。ほんの少しのこだわりだ。

 このこだわりもあの夏が過ぎてからだ。

 ちなみに自炊していると言っても、別に凝ったことはしない。

 お米に関しては好みの味になるようにしてはいるものの、難しい料理を作ったり、おかずを何品も作ったりはしない。

 おかずはせいぜい、卵を焼くくらいだ。

 米と卵、たまに味噌汁。

 その程度の自炊だ。

 それでも、今までコンビニや外食だけで済ましていたことを思えば、結構な進歩である。

 これもあの夏の影響。

 僕は今日も卵を焼きながら、あの日のことを思い返す。


 二年前の夏。

 大学四年生の夏だった。

 友達三人と僕は海に行くことになった。

 目的はナンパだった。

 友達の一人が『夏の海にいる女は股が緩いから』なんていういかにもメディアの偏った情報に躍らされた話をしだしたのがきっかけだった。

 この当時、僕らの中に彼女を持っているやつはいなかった。卒業も間近で、留年の危機に陥っているというやつもいなかった。だが、来年からは社会人。出会いが少なくなる前にどうにか彼女が欲しいという下世話な目的のために僕らは海を目指した。

 僕らが住んでいる場所からちょっと離れた海水浴場に行くことにした。その場所は夏場にはたくさんの人で埋め尽くされる人気スポットだ。

 友達曰く、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるとのことだった。

 要するに僕らは恋愛に関しては結構な奥手で、ナンパなんて初めてだった。

 車は僕が用意した。というのも、来年から働く会社で必須だということで、早めにローンを組んで買っていたのだ。メンバーの中で車持ちは僕だけだったから、必然的に僕の車で行くことになったのだ。

 海水浴場に行く当日、朝早くからテンションを上げている友人たちを僕は車で拾いながら、目的地を目指した。

 僕の車は軽自動車だったので、男四人が集まるとどうにも窮屈だったが、今からの楽しみを思ってか、誰も気にしていないようだった。

 友人たちのファッションはアロハや麦わら帽子、下には水陸両用の短パンと、今から海に行きますと宣言しているかのような格好だった。

 浮かれ具合がよくわかる格好である。

 と、言っている僕も似たような恰好なのだが。

 つまりはみんな浮かれていたのだ。最後の夏ということもあり、どんなことでも楽しんでやろうという雰囲気がみんなの中にあった。

 車内の音楽はみんなで持ち寄ったCDを流していった。途中、僕が選んだボビー・へブの『sunny』を流したが、仲間たちには不評だった。いい曲だと思うんだけどなあ。仲間たちにはこの一曲だけとお願いをして、我慢してもらった。曲が終わるや否や、友達の一人はノリのいいポップスのナンバーに切り替えた。

 炎天下の中、僕らは冷房をガンガンに効かせた車内ではしゃいでいた。車内の音楽がみんなの知っているものになると、へたくそな合唱になった。みんな笑っていた。

 離れた場所にある海水浴場であったが、みんなで会話をしながら進んでいくと、到着が早く感じた。  ちょっと予想外だったのは、駐車場で空きを探すのに手間取ったことだ。夏の真っ盛りに人の多いところに来れば当然のことではあるが、どうやら駐車場の管理会社に事前に連絡しておけば予約できたらしく、少し後悔した。それでも、朝早くに出てきたこともあって、何とか日当たりの抜群な駐車スペースを発見した。帰りは蒸し焼きになりそうだ。

 車から降りて、早速、海水浴場へ向かう。すでに人でいっぱいだったが、僕らはなんとかパラソルを立て、シートを敷いて、場所を確保した。

 一人は荷物を見ておかないといけないと言われ、僕が立候補した。

 正直な話、ナンパをするというのには、あまり乗り気ではなかったのだ。知らない女性と話をするなんていうのは苦手だった。

 だから、荷物の番をしながら、友人たちのナンパを観察することにした。

 実をいうと、ナンパが成功するなんて欠片も思ってはいなかった。今まで彼女のいなかった男たちがいくら気合を入れたところで、童貞臭さは滲み出ているものだ。

 実際、友人たちは勢い込んで出ていったはいいものの、派手な水着の女性たちに圧倒されたのか、腰が引けている。

 どうにか話しかけたと思ったら、『ああ』だの『うぅ』だのと、つっかえつっかえ話をするものだから、ビキニのお姉さん方から失笑を買っている。

 こんなときに大事なのは、やはり軽い口調と豊かなトーク、そして、何度も繰り返す鋼の心である。僕も含めて、メンバーの中にはそれらを持っているものはいなかった。

 結局、一時間ほどで全員の心が折れ、女の子と一緒に遊ぼうと買ってきたビーチボールを男四人で遊び、これまた女の子と一緒にやってみようと言って買ってきたスイカを男だけで割って遊んだ。

 僕らの荷物の番はこの頃になると誰も気にしなくなった。とりあえず、パラソルにダイヤル式の鍵で荷物をくっつけて施錠をしておいた。ここまでして盗まれるなら仕方ないじゃないかとみんなで笑って、僕もみんなの輪の中に入って楽しんだ。

 別に女の子がいなくても、男だけではしゃいでいるだけでそれなりに楽しかった。一時は就活や来年からの会社勤めなんかを忘れて遊び続けた。

 とはいえ、夏の炎天下の中である。消耗は激しく、昼近くになるとお腹も空いてきた。

 僕らは事前に調べておいた食事処に行くことにした。

 それは、いわゆる海の家というやつで、この夏の期間だけオープンしている店だった。

 調べたところによると、その店では生シラス丼が有名で、味もなかなかいいとのことだ。

 僕らが向かっていくと、案の定というか、当然というか、前評判のいい、そのお店にはたくさんの人が並んでいた。

 まあ、休憩がてらということで、その列に大人しく並んで、僕らは順番を待った。

 順番が進んでいくと、店員から、「申し訳ありませんが、別のお客様と相席になりますがよろしいですか」と、言われた。当然のことだろうと理解して、もちろん大丈夫だと伝える。

 それから、しばらくすると店内に空きが出たのだろう、席を案内された。

 店内は、夏場のみのオープンということもあり、いくつもの長机を並べただけの簡単な客席となっていた。

 僕らはその長机の片側に四人並んで座ることになった。もちろん長机の反対側には別の客が座っている。向かいの客は女性のグループで、もう注文を済ませたのだろう。それぞれが店内の喧騒の中、頭を寄せ合って話をしている。年齢は僕らと近いように見える。

 僕が正面を見ていると、横から友人が小突いてきて、店内の音量に負けない大声で、お前は何にするんだと、メニューを指さして聞いてきた。やはり、名物の生シラス丼を頼んでおきたいところではあったが、どうせこのメンバーのだれかがそれを頼むのはわかっている。一口もらえばいいかなと考えて、別のメニューを見てみた。海鮮系のメニューと海の家らしい屋台風のメニューがメインのようだ。この近くの海のことを考えると海鮮丼も捨てがたい。

 そんな風にいろいろと考えていると、向かいの女性グループの食事が運ばれてきた。実際の見た目も見てみようと、ちらちらと見てみる。やはり、生シラス丼を頼んでいる人がいた。うん、透き通った生シラスは新鮮味を感じさせて、実にうまそうだ。生シラスは鮮度が落ちると急に生臭くなる。それだけに鮮度は大切だ。こんな掘っ立て小屋のような海の家ではあるが、料理にはだいぶ気を遣っているようだ。きれいな生シラスだ。他の人のメニューも見てみる。僕が頼もうか迷っていた海鮮丼を頼んでいた人もいる。うっ、これはかなり好みだ。乗っている海鮮はカンパチ、サーモン、マグロ。切り身は色の悪さがまったく無いことに加え、この時期に珍しいほどにカンパチに脂がのっている。サーモンも厚切りだ。何よりマグロも漬けにしてあるのだが、これがかなりいい具合なのだ。極め付けは、おろしわさびである。なんと生わさびが鮫皮のおろし金とともに提供されている。本当にここ、海の家なのか。料亭で出るような小道具まで出てきてるぞ。そういえば、この近くの山ではわさびの栽培をしていると聞いたことがある。その影響だろうか。なんとも贅沢だ。僕は頭の中でやっぱり海鮮丼にしようかなと思いながら、視線を正面に向けた。

 思わず、視線が動かなくなってしまった。目の前の女の子の机には、焼きそばと白ごはんが乗っていた。

 え、マジで。炭水化物に炭水化物かよ。正面の女の子を見てみる。ビキニの上からチャックを締めずにパーカーを羽織っている。そのせいでよく見える体のラインは決して太くはない。むしろ華奢だ。そんな女の子が焼きそばで白ごはん食べるのか。

「――の?」

「は? え?」

 突然声をかけられた。正面の女の子からだ。

「何見てるの?」

「あ、いやいやすいません。何でもないですよ」

「うそ。さっきからずっと見てたでしょ」

「あー、すいません」

「食べたいの?」

「いやあ」

「やっぱり見てたんだ」

「あ、すいません」

 謝ってばかりだ。

「いいよ。だって、変だもんね」

「いや、別にそんなことは」

「じゃあ、あなたは焼きそばで白ごはん食べるの?」

「でも、関西の人はタコ焼きでご飯食べたりしますよね」

「え、なにそれ。気持ち悪い」

 いやいや、あんたのメニューと対して変わらないよ。

「じゃあ、なんでそんなメニューなの?」

 純粋な疑問がわいて、僕は彼女に聞いた。

「あー、別に焼きそばは食べたくないんだよね」

 ん? 意味が分からない。

「こういう海の家の焼きそばってさ、こういう風に焼きそばの上に目玉焼きが乗ってるよね」

 そう言って、彼女は焼きそばに乗っている目玉焼きを指さした。

 たしかにお店で食べる焼きそばには目玉焼きが乗っていることが多い。

「私はね、これが大好きなの。これと白ごはんを食べたいのよ」

 何とも変わった女の子だ。

「別に家でも作れるんじゃない?」

 そういうと、彼女は額に手を乗せるオーバーなリアクションをしながら僕に言った。

「違うのよ、わかってないわ、それ。お店の目玉焼きって、こう、うまいこと半熟なのよ」

 彼女は熱く語りだす。

「例えば、ホテルの朝食を考えてみて。ちょっといいホテルの朝食で出てくる茹で卵。茹で具合はどんな感じ?」

「……いい具合の半熟かな」

「でしょ! それよ。一般家庭ではなかなか作れない微妙な技があるのよ。お店の卵料理には!」

 ふむ、なるほど。

「でね。目玉焼きも一緒で、お店の目玉焼きって絶妙な半熟具合なわけよ。それとご飯を食べたいの。だから、正直、焼きそばは邪魔なの。目玉焼きとご飯で食べたいだけなの。でも、目玉焼きだけ商品で売ってるお店ってないでしょ」

「たしかに」

「だから、こんな変な注文になるのよ」

「なるほどね。で、実際、どうやって食べるの、それ」

「よし、よく見ててよ」

 そういうと彼女は各座席にある、空の取り皿に焼きそばの上の目玉焼きを乗せた。

「まずは白身だけ食べるの」

 目玉焼きに醤油をかけて、彼女は目玉焼きの白身だけを切り取って食べ始める。

「そうしたら、この残った半熟の黄身をご飯に乗せて」

 彼女は黄身を白ごはんの上に乗せると、その黄身の上の部分だけを箸で十字に切る。中の半熟の黄身が十字に滲む。その滲みに彼女は醤油を垂らした。

「そう、こうやって、滲んだ黄身と醤油を混ぜるのよ。でも、ぐちゃぐちゃにはしないの。あくまで滲んだ黄身と醤油が自然に混じるのに任せるわけ」

 そうして、醤油と黄身が混じり合ったのを確認してから、今度はご飯ごと目玉焼きを十字に切り分ける。完全に四半分になった黄身をご飯と一緒に口に運ぶ。女の子らしからぬ豪快さでそれを口に入れると、彼女はそれを幸せそうに頬張った。

「……うまそう」

 思わずこぼれてしまう、僕の心根を彼女はよく聞いていた。

「食べる?」

 口の中のものを飲み込んでから、茶碗を僕に向けて、彼女は聞いた。

「いや、大丈夫」

 そういうと、ちょっとがっかりしたような顔になる彼女。

「僕も同じの頼むから」

 続けてそういうと、彼女はちょっと驚いた後に笑顔になった。

「変わってるわ」

 それはこっちのセリフだ。

 店員が注文を取りに来て、友人たちが生シラス丼や海鮮丼を頼む中、僕は言った。

「焼きそばと白ごはん」

 友人たちはそれを聞くと、「は?」と、僕に向かって声を発し、向かいの彼女はからからと楽しそうに笑った。

「お待たせしました!」

 少し待ったあと、店員が元気に言って、商品を提供する。友人たちの前に、どんぶりや生わさびなどが置かれ、僕の目の前には焼きそばと白ごはんが置かれる。

 友人たちの白い目線は気にせずに、先ほどの彼女の作法の通り、僕は小皿に分けた目玉焼きに醤油をかけて、白身を食べた。実にいい焼き加減で、底面のパリッとした食感がたまらない。

そして、白身を食べきったら、いよいよ黄身だ。程よく冷めたご飯の上に半熟の黄身を乗せる、一度、上の部分だけ十字に切って、じんわりと広がりかける黄身に醤油を垂らす。黄身と醤油がゆっくりと混ざっていくのを見ながら、あらかじめ切った十字に沿って、今度はご飯ごと十字に切る。四半分になった黄身とご飯を一緒にして、口に運ぶ。口の中で、黄身と醤油はご飯と混ざり合う。トロリとした半熟の黄身がご飯に絡まり、鼻から醤油のほのかな香りが抜けていく。

 決して上品ではない。ジャンクフードのような食べ方ではあるが、これが何とも癖になる。口に入れて、初めてわかる。これは半熟の目玉焼きでないとダメなのだ。生卵でも、温泉卵でもダメ。目玉焼きの黄身だからこその食感。底面の焦げの部分がカリッとした食感を生み出し、半熟の黄身はトロリとしながら醤油と相まって、ご飯との相性は最高だ。ほんの少し残った白身の食感もしっかりと口の中で感じられる。

「うまいね、これ」

「でしょ」

 僕が思わず言った言葉に彼女はにこにこと反応する。

「いやあ、今まで誰もわかってくれなかったからさ。嬉しいね」

 そう彼女は言った。たしかにわざわざ店で目玉焼きと白いご飯を頼むやつはなかなか変わったやつに違いない。

 僕は残りのご飯も平らげる。ところが、男の胃袋はこれだけでは満足してくれなかった。物足りない感じがしたので、焼きそばも平らげる。結局、炭水化物と炭水化物を食べてしまった。

「あ、私のも食べてくれる?」

 そう言って、彼女の焼きそばの皿が僕の目の前に出される。ニコニコと見つめる彼女を見ていると断るのも悪くなり、僕はもう一皿の焼きそばも食べていく。

「よく食べるねえ」

 彼女はにこにことこちらの食べるのを見ている。実は結構いっぱいいっぱいなのだが、僕は頑張って食べる。

 と、妙な視線を横から感じた。友人たちが横から僕のことを変な風に見ていた。何だろうと、考えて思い当たる。そういえば、僕らはナンパ目的で海に来ていたのだ。要するにこの視線は僕に懇願しているのだ。向かいの女の子に話をつけて、この女性グループと一緒に遊べるようにしろと。

 話は分かったものの、ナンパをするとなると急に向かいの女の子に話しかけるのが、恥ずかしくなってきた。顔が赤くなっていくのがわかる。それでも、話しかけようと頑張ってみる。

「あ、あの……えー」

 ダメだこりゃ。自分のことながら情けない。全然声が出ないし、会話が思いつかない。さっきまで、あんなに下らない話ができたのに。僕がそんなことを考えていると。

「あのさ」

 彼女の方が話しかけてきた。

「もしよかったら、私たちと一緒に遊ばない? この後、何も予定がなければだけど」

「えっ! あ、うん、喜んで」

 僕はしどろもどろになりながら返答する。

「よし、じゃあ、決まりね。ね、みんなもいいよね?」

 彼女はグループの女の子たちにも、僕らのことを話し、簡単に話をまとめてしまった。多分、彼女が僕の態度を見かねて助け舟を出してくれたのだろう。男としては少々情けないことになってしまったが、当初の目的は果たせた。僕らはめでたく、女の子たちと遊ぶことになったのだ。

 と、いうことで張りきってはみたものの、人数も増えて、荷物も増えて、やっぱり荷物番は必要だということで、男性陣から一人、荷物の見張りをすることになった。ところがそのじゃんけんで、立役者であるはずの僕がまさかの敗北。パラソルの下で荷物と仲良くすることになった。

 まあ、さっき食べすぎてしまったからゆっくりする時間は欲しかったのだと、無理やり自分を納得させる。

 友人たちは薄情にも、女の子たちと実に楽しそうにはしゃいでいる。あいつらは後退する気はあるんだろうか。

 ビーチボールも本来の用途通り、女の子たちの細腕で高々と打ち上げられ、余っていたスイカも本来の用途通り、目隠しした女の子たちに真っ赤な中身をさらけ出し、僕のもとには砂まみれの破片が届けられた。ちくしょうめ。

 そうこうしているうちに、あの向かいに座っていた女の子がパラソルに向かってきた。

「疲れちゃった」

 そう言って、僕の横に座る女の子。

 海の家で見たときには机で隠れて見えなかったが、彼女の水着は実に僕の好みだった。パレオっていいよね。

 赤を基調とした鮮やかな色彩は実に扇情的で、僕はくらくらとした。パレオによって、足の付け根やお尻が隠れているものの、それが逆にいい。

 ……やっぱり僕は変なやつかもしれない。

「何見てるの?」

 本日二度目のこの質問。初めの時より罪悪感がわいています。まさか正直に隠れたお尻のラインを想像していましたなんて言えない。

「パレオで隠しているから、お尻は見えないよ。残念だったね」

 この人は読心術でも持っているのか。でも、隠れているのが逆にいいんです。

 しばらく、話してみると、彼女たちも僕たちと同い年の大学生だった。やはり、僕たちと同じように、大学最後の夏の思い出として、海に行こうという話になったらしい。

 今日は一日、海で遊んで、明日の朝早くに別の場所に移動するそうだ。僕らも一泊してから移動するものの、さすがに明日の予定までは一緒ではないので、彼女たちと遊べるのは今日だけだ。

 彼女たちが泊まる宿は僕らが泊まる宿と近いこともわかった。だから、夕飯を食べたあと、集まって花火をしようという話になった。

 日が暮れて、一度宿に帰り、僕らはうきうきとしながら再び夜の海岸に集まった。僕らが海岸に来てから間もなくして、彼女たちも集まってきた。一度、風呂にでも入ったのだろう。彼女たちはビキニ姿ではなく、浴衣を着ていた。日本の夏。最高です。

 僕らがあらかじめ用意していた花火。無駄にならなくて本当に良かった。設置式の花火もたくさん買っていたので、ずいぶんと華やかな花火となった。

 こういうときに男というのは実に馬鹿だ。テンションが上がって、調子に乗ってしまう。設置式の花火がバチバチと上に向かって鮮やかな火を噴き上げているところに、まるで火の輪くぐりのように飛び込んでいく。火の輪くぐりならば、輪の中を通れば燃えることはない。当たり前のことだ。しかし、設置式の花火に穴なんてないわけで、ものの見事にジーンズに引火。花火に穴はなかったが、ジーンズに穴を開けてしまった。

 お尻に穴が開き、見方によってはパンツが丸見えになってしまった。

 馬鹿な男である。誰であろう。僕である。

 まあ、きゃあきゃあ言いつつも女の子たちも爆笑してくれたのでよしとする。あの女の子なんかこういったネタが大好きだったようで、ひいひい言いながら、息も絶え絶えに笑っている。僕は大満足である。

 そんなこんなで、花火を楽しんだ。最後の線香花火まで楽しんだ後は、みんなで写真を撮ろうという話になった。正直な話、ビキニのときに撮っておけばよかったと後悔している。

 あらかじめ準備していたカメラと女の子たちの持っていたカメラで、何度か集合写真を撮った。

 時間も遅くなり、またいつか遊ぼうねとお互いに言って、僕らは別れた。

 そのときの僕らは満足感でいっぱいだったのだが、今思えば、なんとあほな僕たちだっただろうか。このときは気づいていなかった。

 気付いたのは、この小旅行から帰る車の中。

「あの子たちとまた遊びたいね」

 この一言がきっかけだった。

「ちょっと連絡取ってみようよ」

「お願い」

「あ、俺、連絡先聞いてねえや。聞いた人お願い」

「……」

「……え?」

 あろうことか、彼女が欲しいとナンパの計画を立てていた僕らは誰も彼女たちの連絡先を聞いていなかった。こういった浅はかさが童貞たるゆえんである。


 二年経ち、僕はこのときのことを思い出しながら、卵を焼く。

 目玉焼きだけなら、この世界で一番焼くのがうまいんじゃないかと思えるほど、絶妙な半熟加減で作れるようになった。

 茶碗にこれまた絶妙な炊き加減のご飯をよそう。何かを乗せるときのお米は固めの方がいいのだ。カレーにしろ、親子丼にしろ、海鮮丼にしろ、少し固めのご飯の方が具材との相性がいい。

 完璧なご飯と目玉焼きを食べながら、これを教えてくれた彼女を思い出す。

 やっぱり好みの子だったなと、今更ながら考えて、連絡先どころか名前さえ聞かなかった失態を思い返す。

「うん、うまい」

 自分の作った簡素で完全なご飯を自画自賛しながら、食事を終える。

 会社に行く準備をする。会社勤めは別にそれほど苦ではない。ある程度、自分の好きなことをさせてもらっているから。ただ、大学を卒業する前に考えた通り、出会いはほとんどなかった。しわくちゃな顔した女性の上司に食指は動かない。

 実は去年、あの海の家に一人で行ってきた。もしかしたらと考えて。当たり前だが、焼きそばと白ご飯を一緒に頼む女性はいなかった。

 僕は一人、焼きそばと白ご飯を頼み、周りから奇異の目で見られながら食事をした。おいしかった。

 今年もあの夏と同じ時期が近付いてきた。うちの会社には喜ばしいことに夏休みがある。来ないとわかっていながらも、僕はあの海の家に今年も行くのだろう。

 頭の中で簡単に計画を立てながら、僕は会社に向かった。


 就業時間が終わる。

 今日の仕事はなかなかに忙しかった。体が疲れているのがわかる。

 いつもは家に帰って、米を炊いて、卵と一緒に食べるところだが、今日は米を炊いている時間を待ちきれずに寝てしまいそうだ。

 仕方がないので、近所のファミレスに行くことにした。

 こういう、仕事が忙しいときは外食をするようにしている。店の中は時間が遅いせいだろう、客はまばらである。昼は騒がしいであろう店内も静かなもので、少ない客の話し声がよく聞こえた。

「月見ハンバーグセット、ライスでください」

 そんな話声の中、僕の斜め前のボックス席に座っている客の声が聞こえてきた。

 どうにも、目玉焼き関係の話には耳が傾いてしまう。

 僕から見て、その客は後姿しか見えなかった。さらに着ているパーカーのフードをかぶっているせいで、輪郭もよくわからない。ただ、注文した声からして女性だった。

 月見ハンバーグを頼んだというそれだけで、僕はその女性から目が離せなくなってしまった。ほとんど病気だなと、自嘲気味に考える。

 店員が来て、僕も注文を聞かれたが、月見ハンバーグを頼むことはなかった。実はここの目玉焼きには欠陥があるのだ。

 先に注文を済ませた斜め前の席の女性の席に月見ハンバーグセットが運ばれる。

 そこで、僕の目線は釘付けになった。

 その女性は、まず席に備え付けの小皿を手に取ったのだ。そこに目玉焼きを移す。

「あ」

 僕は思わず声を上げていた。

 客の少ない店内で僕の声は思いのほか響き、その女性は僕に向かって振り向いた。

「あ、お尻の穴の人だ」

 なんて覚え方をされていたのだろうか。しかし、二年も前のことを覚えてくれていたのは本当に嬉しかった。

 彼女は僕に向かって手招きをしてきた。僕は店員に断ってから、彼女と相席することにした。

「久しぶりだね。元気だった?」

 彼女が嬉しそうに話す。僕は彼女の連絡先を聞くなら今しかないと思った。

「ああ、元気にやってるよ。ところで、そのぅ、あー」

 ここまで来て、本当に僕は何てヘタレなんだ。女の子慣れしていない僕はあの夏のように言葉に詰まる。

「あのさ、連絡先教えてよ!」

 また先を越されて言われてしまった。なんというか、彼女の方が実に男らしい。

「私の連絡先はこれね。あ、QRコードって対応してる?」

「うん、大丈夫」

 と、彼女は自分の携帯を操作して、僕にQRコードを見せる。二年越しの願いはあっさりと叶ってしまった。彼女と連絡先を交換する。

「ところでさ」

「ん? なに?」

 連絡先の交換も終わり、食事を始めようとした彼女に僕は大切な話を伝えようとした。

「今、食べようとしてるその目玉焼き。多分、思ってるのと違うよ」

「え? どういうこと?」

「食べてみたらわかるよ」

 彼女は小皿に分けた目玉焼きをあのときのように、白身だけ食べる。

 その瞬間、気づいたようだ。

「あ、これ違う」

 そう、違うのだ。僕と彼女が理想とする目玉焼きとこのファミレスの目玉焼きはまったくの別物なのだ。

 実は、このファミレスの目玉焼きは蒸し焼きなのだ。つまり、底面に焦げ目がない。あのカリッとした食感は皆無なのだ。

 僕は以前にもこのファミレスに来たことがあり、月見ハンバーグセットを頼んでいたから知っていた。ちなみにこの付近に目玉焼きを提供する飲食店はこのファミレス以外にはない。

 僕が自炊を始めた理由もそこにあったりする。

「ああ、残念だなあ」

 彼女はがっかりとした顔で、もそもそと食事を進めていく。そんな彼女に僕は勇気を振り絞って話した。

「実はさ、この近くに理想の目玉焼きが食べられるところがあるよ」

「え! 本当? 教えて!」

 顔を輝かせる彼女。やっぱり、この笑顔が素敵だ。


 僕が二年間かけて極めた目玉焼きの焼き具合はどうやら、披露する機会ができそうだ。


 友人たちと適当にお題を決めて小説を書き合おうということで書いた作品です。

 ちなみにランダムに決められたお題は「海、目、写真」というものでした。

 どれか一つを使えばいいとのことでしたが、なんとなく全部使ってしまいました。

 お題があると頭の中で結構、話が思い浮かんでくるものですね。

 楽しんで、書かせていただきました。

 皆さんも楽しんで、気軽に読んでいただけたら幸いです。

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