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 次第に空間は異常な状況になっていった。コノハナサクヤ姫が戦いに集中すればするほど、桜の花びらがどこからか舞い、すごい勢いで桜吹雪になっていった。もう二人の姿はほとんど見えない。と思うと、すごい音が立て続けに聞こえ、岩が黒い地面から次々と突き出てきた。ぼくの背後でも巨岩が生え、転んだぼくはイワナガ姫とコノハナサクヤ姫の両方に踏まれた。イワナガ姫は恐ろしく重く、コノハナサクヤ姫は羽のように軽かった。イワナガ姫の重みで動けなくなったぼくは、ぜいぜい息をしながらコノハナサクヤ姫を目で追った。彼女を助けたい。いきなりそう思った。

 コノハナサクヤ姫はぼくに何かをもたらしたわけではない。むしろ人を斬り殺させるというショッキングなことを強いた。そして彼女はぼくら人間を愛していないという事実をあっさり言葉にした。これだけなら、ぼくがコノハナサクヤ姫を助けたくなる理由なんて生まれ得ないとは思う。けれど、真剣な目でイワナガ姫と斬り合う彼女を見ていると、ぼくが助けなくては、という考えが湧き上がってくるのだ。彼女はぼくに逃げろと言った。つまり、ここは危険なのだ。きっと彼女にとっても。ぼくは逃げないことにした。

 二人は人間ではないからか、疲れることがないようだ。怪我もしない。ただの姉妹喧嘩のようにじゃれあっているだけにも思える。しかし二人が扱っているのは真剣で、うっかり近づけばぼくは死んでしまいかねない。しかし、何とかコノハナサクヤ姫を助けなければならない。

 ぼくは立ち上がり、走り出した。それから、イワナガ姫に体当たりをした。イワナガ姫はびくともせず、むしろその固い体に体をぶつけたことで、ぼくはめまいを起こした。イワナガ姫は呆れたようにぼくを見た。無能な人間が何をしているのだろう? というような仕草だった。ぼくを乱暴に振り払い、イワナガ姫はコノハナサクヤ姫がいたほうを見た。コノハナサクヤ姫はいなかった。

「どこに行った、サクヤ!」

 イワナガ姫が叫ぶ。と思うと、彼女の背後に倒れていたぼくの首根っこを掴む者がいた。コノハナサクヤ姫だった。彼女は身軽に飛び上がると、イワナガ姫から遠く離れた位置に着地した。それからぼくを地面に置いて刀を逆手に構え、黒い床をざくざくと大きく斬り裂いた。すると床が沈み始め、斬り裂いた部分からは白い光が射し、裂け目は広がり、足場がなくなり、ぼくとコノハナサクヤ姫は地上に向かって落ち始めた。

 姫はぼくの腕を掴んでいたので、ぼくは地面に激突せず、ふわりと落ちることができた。ぼくと姫は先程のグラウンドにいた。上空には相変わらず宇宙船が浮かんでいる。ただし斬り裂いた跡が見えた。

「ありがとう、雪村君。お陰で逃げられたわ」

 姫は微笑んでぼくを助け起こした。イワナガ姫に踏まれた腹がひどく痛む。靴もどこかに行って、足の裏が痛い。

「今回は危なかったわ。あのまま姉上の空間にいたらいずれ『百花繚乱』を折られかねなかった。チャンスをくれたのはあなた。感謝してるわ」

「いいんです」

「本当に悪いことをしたわね、あなたにも、殺した人間たちにも」

 コノハナサクヤ姫は思い悩む様子を見せることなくそう言った。本当に、人間を殺したという事実は彼女を苦しめることがないのだろう。

「彼らを、生き返らせることはできますか?」

 ぼくがすがる思いで訊くと、コノハナサクヤ姫は首を振った。

「無理だわ。自然の摂理に反する」

「じゃあ……」

「彼らを桜の木にするわ。命の息吹はまだ残っているから、それを桜の木にして命を全うさせる。それしかないわ」

「桜の木?」

「サクヤ!」

 低い声がとどろき、グラウンドに巨岩がいくつも生えた。そして宇宙船の底からイワナガ姫が飛び降りてきて、刀を構えた。

「サクヤ、逃げられると思ったら……」

「あら姉上。ここは姉上の空間ではありません。空の下ですわ。わたしは逃げます」

 コノハナサクヤ姫はにっこり笑い、手を振ってからぴょんと飛び上がった。その跳躍は人間のものとは全く違い、空を舞うかのようだった。彼女は巨岩に乗り、グラウンドのフェンスに乗り、

「さようなら、雪村君」

 と叫び、桜吹雪を舞わせながら飛んでいった。イワナガ姫は呆然としていたが、彼女に到底追いつくことができないとわかっていたのだろう。悔しそうに刀を地面に突き立てた。地面は地響きを鳴らしながら、割れた。

 彼女は勢いよく歩き出し、宇宙船の下に立った。そしてぼくたちが乗ったときとは違って船底の穴に直接吸い込まれていく。それからぼくをにらんで、

「お前のことは永遠に恨んでやる」

 と言いながら消えていった。イワナガ姫をしまい込んだ宇宙船は霧のように薄くなり、やがて徐々に見えなくなった。

 喧噪が聞こえてくる。校舎や街に時間が戻ったのだ。ぼくは安心する。どうやら助かったらしい。岩や花びらで散らかり、地面が割れてさえいるグラウンドを後にしつつ、ぼくは校舎に戻った。コノハナサクヤ姫、いや、保健室の花村先生は、二度と戻らないだろうな、と思いながら。何せイワナガ姫に所在を突きとめられたのだ。

 それはその通りになった。翌日から花村先生は存在しなかったことになっていて、別の保険医が保健室にいた。ぼくは寂しく思いつつ、日々をこなした。岩や花びらや地面の割れ目は、いつの間にか消えていた。

 一月も過ぎたある日、ぼくは家に帰ってテレビをつけた。桜が咲いた、とニュースで言っていた。七月も終わりだというのにおかしなことだと騒がれている。ぼくの住む地域のあちらこちらに桜の若木が生え、花びらをまき散らしているというのだ。

 ぼくは嬉しくなって、ニュースが終わり次第同じ内容のニュースを探してテレビのチャンネルを変えた。沖縄の海遊びの様子が流れた。宝石のような透明な海を背景にして、コノハナサクヤ姫が白いビキニ姿でインタビューを受けていた。

「ええ、沖縄は最高ですね。こんなに白い砂浜、初めて見ました。素晴らしいわ」

 どうやら今は沖縄にいるらしい。イワナガ姫に見つかりませんように、と祈りつつ、ぼくはテレビを消した。

                                                   《了》

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