第8話 全能強化と紫紺光剣
だいぶまどろっこしい話になっています。
森の中で初めて魔法を使った時、頭の中に漠然とした知識が流れ込んできた。
だからモンスターを吹き飛ばした時、誰にも教わらずに適正魔力、無属性魔法が関係しているって分かったんだ。
だけど今回はあの時の比じゃない。もっと鮮明に、詳細に、望んだ知識が頭の中に焼き付けられている。まるで最初から知っていたかのように、この力の使い方を理解できる。
やっぱり初めてスキルを使うことが、俺に何らかの影響を与えているのか?
『シュウ? ……傷が塞がって……!?』
「はぁ……はぁ……こりゃ……下手したら死ぬな」
スキルが発動した途端に俺の体は修復を始めた。同時に、立っているのも辛くなる。
体の中にどっと疲れが蓄積される感覚。魔剣がいつも以上に重く感じられた。
どうやらこのスキル、発動中は常に体力を消耗し続けるらしい。
少しでも気を抜くと倒れそうだ。これじゃ、精々数分くらいしか動けそうにねーな。
だけど、それ相応の力が今の俺には宿っている。そのことに関してだけは流石勇者の力だと褒めておこう。
俺は一度深呼吸をして、それから地面を思いきり蹴りつけた。
「――フッ!」
爆走する。
『――――ッ!?』
カルマウィザードとの間合いを一気に食い潰し、俺は勢いのままに黒の剣閃を走らせる。
魔剣の一撃は寸分違わず相手の腹部を直撃し、そのまま遥か後方までぶっ飛ばした。
「おらぁあああああああああああ!」
カルマウィザードは、くの字に折り曲がった体勢で洞窟の最奥に叩き込まれる。
その直後に響いたのは爆砕音。あまりの衝撃に周辺の岩壁は皹が入り、天井からパラパラと岩の欠片が降って来た。
今までの戦いでは垣間見ることもなかった展開に、俺は勝機を見出しかける。
しかし――。
「……硬すぎだろ……くそ!」
揺らめく大気の中で、風を切る音が聞こえてくる。
砂煙を切り裂き、姿を現す黒の鎧。
全身の物質化を終えたカルマウィザードが、窪んだ岩壁を背景にして、ゆらりと立ち上がっていた。
『――――』
分かってはいたが、認めたくなかった。
どうやらスキルで強化しても、完全体になったボスの力を上回ることはできなかったらしい。
まるで泣くことしか知らなかった赤子が、知識を覚えて寡黙な大人に変わったような、そんな静かな空気がカルマウィザードの周りに漂っていた。
だけど驚いている暇は無い。俺の力はあいつと違って制限時間があるのだから。
俺は眦を吊り上げて剣を構える。
「行くぞ……!」
『――ッ!』
俺達は互いに地を蹴り、地面を粉砕し、己の武器を振るって激突した。
先に相手の体に届いたのは、沈黙したまま繰り出されたカルマウィザードの黒爪。
今までとは段違いの難撃によって、俺は防戦一方を強いられた。
相手の攻撃は決して洗練されたものじゃない。しかし、単調でありながら俺を瞠目させるほどの威力と速度を秘めている。
これまで体験したことのない暴力の嵐が、狂ったように連続して振るわれ、容赦なく衣服ごと肌を抉っていく。俺の胸中で鼓動が激しく鳴り打った。
さっきの寡黙な大人が……って言う感想は無しだ。これは癇癪を起こした馬鹿な怪力男という感じだぜ。
眼前を通過する攻撃を防ぐと、今度は視界の隅から四本の黒爪が急迫する。俺はそれを何とか回避し、負けじと魔剣を振り回す。
しかし倍の斬撃に押し返され、頬と腕にぱっくりと赤い筋を刻まれた。
能力差はそこまで離れていないが、持てる武器の数が圧倒的に違いすぎる。これじゃあ俺の不利は変わらねーじゃねーか!
「このやろぉ!」
『――!』
俺は制限時間がぐっと減るのを覚悟して、自分の腕力を更に強化する。
力技で強引に相手の攻撃を押し返し、僅かに見えた隙を突いて、魔剣の切っ先をねじ込んだ。
しかし、渾身の一撃はあっさりと防がれる。
カルマウィザードは素早く自分の腕を引き戻し、交差するように防御姿勢を取ったのだ。
だけど別に気にする必要はない。なにせ俺の狙いは、カルマウィザードを傷付けることではないのだから。
俺はニヤリと唇を持ち上げ、魔力の衝撃波をイメージする。
無詠唱で構築された【バーストフォース】が発動し、相手の首に掛けられていた白銀の紐を揺らし、吹き飛ばした。
それに合わせて蛍光色の鍵が宙を舞っていく。俺達は咄嗟に頭上を仰ぎ見て、同時に鍵の奪い合いを始めた。
「取らせるかよ!」
『――!』
最初に鍵に触れたのは俺より身長が高いカルマウィザードだったが、その手で掴み取ることはかなわなかった。
初めて奴の長所が欠点に変わった瞬間だ。その長すぎる爪が鍵に当たり、見当違いの方向へ弾いてしまったのだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
思考能力が強化されている俺は、人間離れした速度で鍵の軌道を予測できる。
カルマウィザードの爪に弾かれた鍵が頭上から離れていく前に、俺はその手を伸ばしていた。そして、ギリギリのタイミングで鍵を掴むことに成功する。
『――ッ!』
――直後、カルマウィザードの斬撃が幾多に渡り襲い掛かってきた。
回避不可能の攻撃が容赦なく俺の首を狙ってくる。間違いなく即死の一撃だ。
しかし、俺には地味魔法という手段がある。
「【バーストフォース】!」
最早俺の十八番とも呼べる無属性魔法が吹き荒れる。
体内から魔力の衝撃波が放たれ、迫る黒爪を押し返した。
その隙にカルマウィザードから距離を取り――俺は入手した鍵をアンの傍に近づける。
『――シュウ……ごめんなさい。私……!』
「気にすんな。これがお前の封印を解く鍵だったんだろ? 俺だって、記憶を取り戻す術が目の前にあったら、同じように暴走してた自信がある」
『……ごめん……ありがとう』
アンは涙を堪えるような震える声で礼を言い、刀身に埋め込まれた深紅の魔石を輝かせた。
すると蛍光色の鍵は同色の粒子に変わり、魔石の中に吸い込まれていく。
同時に、ドクンッ、という脈動を感じさせ、漆黒の刀身は紫紺の光を纏い始めた。
その様子はまるで炎が無限に溢れ出ているようだ。
揺らめく光が空に向かって立ち昇るように、神秘性を放ちながら魔剣全体を包み込んでいく。
「……これは……!」
『――第一形態【紫紺光剣】。私の本来の姿よ。ちなみにこの姿だと正真正銘の超絶剣技が使えるわ。と言っても、ここだと狭すぎて使えないんだけど』
「んだよ、拍子抜けだな。てっきり一撃であいつを葬れるかと思ったのに」
『大丈夫よ。今の私達なら、普通に戦っても余裕で勝てるから』
「だーかーらー、その余裕はどっから来るんだっての!」
すっかり本調子に戻ったアンに呆れながら、俺は【全能強化】を解除する。
本当ならもう少しスキルの恩恵に頼りたかったが、これ以上使うのはマジでヤバイ。今の俺の体力では精々二~三分程度しか強化していられないのだ。
無理をすればもう一分くらい頑張れそうだが、それをやると多分、取り返しの付かないことになる。
まあ、アンの封印が解けた以上はスキルに頼る必要もないけどな。
『――ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
「んだよ。また吼えんのか? うるせぇから黙ってな!」
カルマウィザードは怒りを爆発させるかのように絶叫し、高速接近してきた。
今の俺にはあいつの速さに対応することはできない。だから行うのは防御姿勢。
相手が黒爪を振りかざす前に魔剣を翳して受け止めた。
紫紺の刃と黒の剣爪が交差する。
しかし、そこから鍔迫り合いに発展することはなかった。
『――ヴォ!?』
「……事前に話は聞いていたが、こりゃすげーな」
【紫紺光剣】は触れた物を消滅させる――『断絶』という能力を持っている。
この力に対抗出来るのは同等の能力を持った魔剣だけだ。それ以外であれば、魔法だろうがモンスターだろうが防ぐことは出来ない。
事実、カルマウィザードの黒爪は紙切れのようにあっさりと切断されていた。
カランッ、と音を立てながら四本の爪が地面の上を転がっていく。
俺はその様子を視界の隅に捉えつつ、魔剣の切っ先を前に向けた。
『~~~~~~~~~~~っ!』
予想外の事態に驚いていたのだろう。動きを止めたカルマウィザードは、格好の的だった。
俺はカルマウィザードの胸板――心臓の位置を躊躇いなく貫く。
そのまま持ち手の向きを変えて、突き刺した剣を頭上に向けて振り抜いた。
「ああああああああああああっ!」
紫紺の剣閃が縦に昇り、漆黒の頭部を分断。
カルマウィザードは血飛沫の代わりに大量の瘴気を撒き散らし、声無き絶叫をあげながらその姿を霧散させていった。
まるでボスモンスターの死を告げるように漆黒の瘴気は浄化され、大気と混じりながら跡形も無く消滅していく。
そして最後に残ったのは、ドロップアイテムらしき黒いローブだけだった。
俺はカルマウィザードが完全に消え去ったことを見届け、掠れた声で笑う。
「これで――」
――終わりだ。
そう言おうとして、俺は抗うことなく地に伏した。
緊張の糸が千切れ、蓄積された疲労が決河の勢いで押し寄せてくる。
起きる気力すら湧いてこない。この戦いで乱れた呼吸を整えるので精一杯だ。
こうして、俺の意識はあっという間に闇の中に流されていった。
ただ、意識が途切れる直前に、俺は誰かの嬉しそうな声を……聞いた気がした。
『ボス攻略、おめでとう』
一章の終わりまであと一話。