メモリアル2
「君は私と出逢って、幸せだった?」
巨大な神核を前にして、彼女は唐突に言った。
別に大声を出したわけでもないのに、その声は嫌にはっきりと聞こえる。まるでこれが最後だからと、神様が余計な気を利かせてくれたみたいに。
「……はぁ。それ、こんな時にするような話じゃねぇよな」
「じゃあ普通はどんな時にするの?」
「そりゃまあ、人生を十分に満喫した後にベッドの上とかで笑いながら――」
少年はそこで口を閉ざす。すでに手遅れであると知りつつも、これ以上話を続けるわけにはいかなかった。
だって、認めたくない。認めるわけにはいかない。
だからこそ彼女は笑っているなんて、そんなこと……。
「私ね。君に言いたいことがあるんだ」
淡く、優しく、彼岸を眺めるように微笑む兵器。
選ばれた子供たちの中で唯一、『覚醒』の境地に至った化け物。
そんな彼女の眼差しは、まるで少年にこう告げているようだった。
――貴方と私は違うから。隣で歩くことはもうできないから。だからここでお別れ。
「ふざけんな」
「残念、ふざけてないよ。今回だけは大真面目」
「やめろ」
「やめない。お願い、聞いて?」
「――うるせぇって言ってんだよ!!」
少年は叫ぶ。
自分はこんなことのために戦ってきたわけじゃないのだ。
こんな「最期」を見届けるために、こんな場所に立っているわけじゃない。
「もう時間がないの。だからそれまでに、本当のことだけは伝えたい」
侵略者たちの置き土産。神核はすでに限界を迎え、いつ爆発してもおかしくなかった。そうなれば世界の十分の一、下手をすれば五分の一くらいは消滅してしまうかもしれない。
でも、そんなことはどうでもよかった。
「なんで急にそんな話するんだよ! お前は生粋の嘘吐きだろ! だったらいつも通りに嘘だって言って笑ってろ! お前の役割なんか知るか! もうちょっと他に言うことがあるだろ! 冗談の一つでも言えよ! 頼むから……そんな目で俺を見んじゃねぇよ」
もっと自分に力があれば。
もっと心を開いておけば。
もうちょっとマシな結果になっていたかもしれないのに。
どうして、こんなことに。
「私は君に出逢えて、本当に幸せでした」
今までにないくらい穏やかに笑って、彼女は言う。
「今までごめんね。今までありがとう。そして、さようなら」
神核が激しく輝いて、大地を震わす振動音が鳴り響く。
あまりの眩しさに視界は奪われ、全ての音も掻き消された。
しかしきっと、世界が傷付くことはないだろう。
なぜなら彼女の能力は『庇護』。
あらゆる攻撃を一身に引き受けることで無力化する、絶対無敵の盾なのだから。
「――アン!!」
例え見えなくても、聞こえなくても、少年は必死に手を伸ばす。
だって、これじゃ笑えない。
この世界は女一人を見殺しにして平和になった世界だよ、なんて冗談じゃない。そんなの認めてたまるか。
しかし虚しくも伸ばした腕は空を切り、なぜか頭の中で彼女の声が優しく響く。
「――私は、ずっと貴方のことが好きでした」
それが、彼女が遺した、最期の言葉だった。
※メモリアル1と2に登場する女性は別人です。