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出来損ないの魔剣使い  作者: 無頼音等
第三章 災禍の魔女
33/35

新たな旅先

 聖剣は使った者の魂を食らう。

 そうして宿主を完全に食い尽し、新たな宿主を見つける度に、その能力を増やしていく。

 初代勇者は『断絶』の力を持っていた。

 勇者は邪神を追い詰めることはできたが、その前に虚しくも聖剣に食われてしまう。

 二代目勇者は『拒絶』の力を持っていた。

 全てを断ち切る聖剣の力と合わせて、今度こそ邪神を倒しきる。

 しかし邪神とは不滅の存在。二代目勇者が死んだ頃に改めて復活したことを当人は知らない。

 こうして聖剣はあらゆる勇者を渡り歩き、力を蓄え、白銀の刀身もゆっくりと黒く染まっていった。そしてそれは、とうとう五代目勇者――あたしの手に渡る。


「為すべき時に為すべきことを為せなかった貴方が――なぜ今も生きているのですか?」


 全てが終わった時、あたしに告げられたのはそんな辛辣な一言だった。

 この時あたしは気付いた。

 聖女が望んでいたのは、世界が望んでいたのは勇者ではなく、「邪神のいない未来」そのものだったということに。

 あたしは所詮そのためだけの道具だ。あたしの生存に、あたしのやったことにはなんの価値も見出されない。

 それが世界の真実だった――。


「あたしが……あたしたちがやって来たことは……いったい?」


 あたしはあの時死ぬべきだった。いや、殺されるべきだったのかもしれない。

 だけど、あたしは今もここでのうのうと生きている。

 そう思って静かに絶望していると、片手に持っていた漆黒の剣が、その柄に嵌められた銀色の魔石が、刹那に瞬いた。


『――逃げるのか?』


 逃げる? 私が?

 久しぶりに聞いた魔剣の声。てっきり邪神を封じた際に死んだとばかり思っていたのに。しかしそれは間違いなく、あたしがカロンと呼んでいた相棒の声だった。


「あたしが、今更どこへ逃げると言うの?」

『未来から』

「――ッ」

『未来に立ち向かうことから、逃げるのか?』


 未来なんて知らない。もうあたしの使命は終わったんだ。

 あのクソ聖女には認められなかったけれど、あたしのやるべきことはもうどこにもない。

 あたしが生きる意味なんて、生きていることを許される理由なんて、もうどこにも。


「あたしはもう――貴方に食われるだけよ」

『――まだ終わっていない』

「え?」

『どうせ死ぬつもりだと言うのなら、せめてその命。もっと有意義に使ってから死ね』

「急に何を言って――!」

『お前は勇者だろう? ならば、それだけで世界に生きることを許されているはずだ』


 カロンの言葉に、私は耳を疑った。


『そもそも人というのは理由もなしに行動できる強みを持っている。お前とてそうだ。最初はなんの目的もなく、正義感もなく、ただ聖剣に適合できたからというだけで勇者の道を進んだだけではないか』

「それは――」

『結局何かを決めるのは当人の意思だ。他人の評価などに意味はない。……もしお前が少しでも生きたいと願っているのなら、まだ間に合う。――私を、捨てろ』

「カロン……貴方……」


 聖剣は使った者の魂を食らう。

 しかし完全に侵食される前ならば、まだ手放すこともできるのだ。

 だって、聖剣はあくまでも対神兵器。呪われた武器ではないのだから。

 けれどあたしは――。


「ごめん。あたし、まだやるべきことを思い出したから」

『お前は――』

「食べる時は、ちゃんと美味しく味わってね? ――大好きよ、カロン」




 ******



 とても長い夢を見た。どんな夢だったのか思い出せないが、とにかく長い夢を。

 俺は頭痛にも近い頭の重さに眉をしかめながら、ゆっくりと辺りを見渡した。

 俺たちは今、寄り合い馬車の中にいる。

 隣には幼いダークエルフの少女、ルナが寄り添うように眠っていて、俺の腕から離れてくれそうにない。起こしては可哀想なので仕方なくそのままにしておく。

 ふと外の景色を見てみると、巨大な街が目に映った。

 精霊と迷宮の国――ステラ帝国。

 その中心とも言える帝都プリステラだ。


「――ひょっとすると、俺には時間がないのかもしれないな」

『起きて早々何シリアスめいたこと言ってんのよ。馬鹿じゃないの?』

「…………」


 起きた相手に早々辛辣な一言を告げるのは俺の腰に差さっている呪われた魔剣、アンサラー。通称アンだ。

 この武器にはどうも女の人格が宿っているようで、それなりに綺麗な声で喋りまくる。まあ、時々うざったいなぁ、なんて思う時もあるけれど。


『それよりあんたはもっとしっかりしなさいよ。今は頼れる防具もないんだから』

「そん時はまたお前が勝手に俺の身体を操って守ってくれるんだろ? だったら別にいいじゃねぇか」

『……そりゃそうだけど、呪いをそんな風に利用する奴なんてあんたくらいのものよ?』

「そうか? まあ異世界人だからな。こっちの世界と感性が違うのもしょうがないかもな」


 なにせ俺はクソ聖女によって召喚された日本人であり、実質この世界にとっては異物以外の何物でもないからな。一応勇者なんて枠組みには入っているらしいけど、世間的にはただの冒険者だ。

 尤も、俺は黒髪黒目という外見のせいで表立って外を歩くことはできない。

 この狂った世界では外見と差別が恐ろしいまでに密着しており、あらゆる場所でくだらない軋轢を生んでいるからだ。

 だから仕方なく俺は近くの村で買った脱色剤で髪の色を抜き、現在は白髪にしてある。


「それにしても、俺には普通に分かるんだけど、本当に他の奴には分からないのか?」


 黒髪黒目同様、ダークエルフもこの世界にとっては忌み子扱いだ。しかし流石に髪と違って褐色の肌を脱色するのは無理なので、ルナにはとある防具を渡している。

 それが業魔黒衣(カルマローブ)。今まで俺がお世話になっていた認識阻害の効果を持つ曰く付きの代物だ。


『もちろんよ。シュウは【鑑定眼】を持っているから効かないだけで、他の人間にはルナがダークエルフになんてこれっぽっちも見えてないはずよ』

「だったらいいけどさ。まあ、これもエキドナが協力してくれたおかげだな」


 業魔黒衣(カルマローブ)も呪われた装備のようなもので、下手をすれば着用者の肉体を乗っ取って暴走しかねない。

 しかしルナの首にはネックレスに加工された黒い宝珠があり、この力で呪いの力を相殺していた。まさに毒を以て毒を制すってやつだな。

 そんな宝珠の正体はかつて俺を精神的に殺そうとしてきた精霊、エキドナである。今でこそ俺たちに従順な仲間だが、初めて会った時はそれはもうトラウマものの強敵だった。


『――――』

『マスターのためならどんなことだって喜んでやりますだってさ』

「そしてなんでお前はエキドナと会話ができるんだ?」


 エキドナはアンと違って、実際に声を出して話をすることができない。

 これは多分、エキドナが宿っている宝珠がちっとも精霊の力に見合っていないせい、というのがアンの見解だ。だからもっと上等な憑依物を用意すればエキドナも普通に会話ができるようになるらしい。

 まあ、そんな都合のいい物が易々と手に入るわけでもないが。


『それよりももうすぐ目的地に到着するみたいよ? 早いとこ馬車を降りる準備でもしたら?』

「それもそうだな。……おい、ルナ。悪いけど起きてくれ」

「……んぅ……あと五分です……」

「仕方ないなぁ」

『なんであんたはルナにいつも甘いのよ!』


 それは仕方のないことだ。

 俺だって腐っても兄だった男だからな。年下の女の子にはあまり強く言えないんだよ。


「~~お肉です!」

「いったぁああああああああああああ! っていうかどんな夢!?」

「美味しいです……あれ? おはようございますです、お兄さん」


 いきなり俺の腕に噛み付いてきたルナ。その痛みで思わずルナから離れると、その反動でようやく彼女も目が覚めてくれた。

 畜生。こんなことならさっさと起こしておけばよかった。


『ざまぁ』

「黙れ」


 そんなこんなで俺たちは馬車を離れ、帝都プリステラへと辿り着いた。




 ******



 帝都プリステラは超巨大な要塞都市だ。

 全体を分厚い鉄の城壁で囲んでいて、外からモンスターが入って来ないように堅牢な守りを作っている。

 また、近年区画整理が行われて大分風通しがよくなったそうだが、この都市は行くたびに渡る発展と増築により、ちょっとした迷路のようになっているらしい。

 そのためこの場所は帝都という名前の他に『迷宮都市』なんて呼ばれることもあるそうだ。


「うわわわわわわ! 人がいっぱいいるのです~!?」

『まるでゴミのようね』

「普通に人混みと言え」


 都会を知らないルナは目をぐるぐると回しそうな勢いで驚いており、アンは年嵩を極めた女だからか、妙に冷めたことしか言わない。

 俺だって元の世界の記憶はまだ完全に戻っていないけれど、ここまで人が多い場所へ来るのは初めてだと言うのに。


「……記憶か」


 あのクソ聖女のせいで俺は記憶の大部分は失われたままだ。

 皮肉にもあのクソ聖女が俺を『魔霊の森』に送ったことで一部の記憶を取り戻すことができたが、それでもまだ足りない。

 未だに家族や友人、向こうでありふれていたはずの単語が思い浮かんでこないのだから、はっきり言って重傷レベルだろう。

 俺は絶対にあのクソ聖女を許さない。


「……お兄さん?」

「ん、どうした?」

「どこか痛いのです? すごく怖い顔をしていたのです」


 気が付けば俺の手を握ってルナが不安そうな顔で俺を見上げていた。

 どうやら俺は自分でも知らない間に、この復讐したいという気持ちを表に出してしまっていたらしい。


「……いや、もう大丈夫だ。ごめんな、心配かけちまって」

『まったくよ。こんな小さな子を怖がらせるなんて駄目じゃない』

「お前はうるせぇ」

『なんであたしにはそんな冷たい態度なのよ! 呪い殺すわよぉおおお!?』


 俺はアンの怒号を無視して、ルナの手を握った。


「せっかくだし、ギルドで情報を集める前に辺りの店を見てみるか!」

「はいです! お兄さんと一緒に回るです!」

『こらー! あたしを無視すんなー!』

「お姉さんも一緒に行くのです。皆でおでかけなのです!」

『ルナ……。あんたってほんといい子ね。どっかの捻くれボーイと違って』


 はて、この頭が呪いでいっぱいの魔剣は何を言っているのだろう?

 俺はそんなことを考えながら一先ず表通りを歩き出した。

 どこもかしこも人だらけで歩きにくいが、しかし周囲から聞こえる賑やかな喧騒はあまり嫌いじゃない。

 ルナも結構楽しんでいるようで、俺の手をしっかりと握っている。


「辛くないか?」

「えへへ。お兄さんと手を繋いでいるからへっちゃらなのです!」

「ははっ。なんだそりゃ」

『それにしても鬱陶しい連中ね。【紫紺光滅波(イレイザードライブ)】で消滅させたらさぞ痛快でしょうに』

「お前はお前で何恐ろしいこと言ってんだ!」


 まったく。やろうと思えば本当にできてしまうところが恐ろしい。

 魔剣アンサラーの第一形態、【紫紺光剣(イレイザー)】はマジで凶悪だからな。

 そう言えば最近になって気付いたんだが、いつの間にか第二形態が使えるようになっていたんだっけ。今のところ使う機会がないから放置しているけど、そのうちちゃんとした戦法とかも考えといた方がいいよな。


「……ん? なんだこりゃ?」


 道の両脇に並んでいる様々な店を見て回っていると、不意に壁に貼られた一枚の手配書が目に留まった。

 顔が一切書かれておらず、代わりにいくつか特徴が挙げられているだけの粗末なものだ。しかし「生死問わず」という単語がなんとなく気にかかり、俺はついその内容に目を通してしまった。


「お兄さん。この街に犯罪者がいるのです?」

「いや、それは分からないけど……一応、注意した方がいいかもしれないな」


 災禍の魔女。

 それが指名手配されている相手の名前だ。

 いや、名前というか通り名みたいなもんか。随分とまあ物騒な名前だ。


『へぇ? まるで聖女とは真逆に位置するって感じねぇ』

「あ、どういうことだ?」

『言葉通りの意味よ』


 アン曰く、『聖女』と呼ばれる女は聖属性という特別な魔力を持っている。これは最も瘴気を浄化するのに長けた属性で、モンスター相手には圧倒的な力を発揮するらしい。

 俺としては「そんなに凄いなら勇者なんか召喚せずにてめぇで邪神を倒しに行けよ」なんて思ってしまうのだが。

 だが手配書に書かれている災禍の魔女は違った。

 俺もよく分かっていないのだが、どうもこの女はモンスターを生み出す元凶、瘴気を自在に操ることができるそうなのだ。

 つまり、まあ、多分だけど……モンスターを自由に召喚できるとか、そんな感じか?

 確かにそれは中々危険な存在だとは思うけど。


「――あのクソ聖女よりかは絶対マシだと思うんだよなぁ」


 というか聖女の反対と聞いてから、どうも魔女の方を応援したくなってしまう。

 別に俺には関係ないけど、どうか誰にも捕まらず頑張って逃げてくれ。


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