??話 いつかの出逢い
その日は雨が降っていた。
玄関前に立っているのは、ずぶ濡れになって帰って来た父と……見知らぬ子ども。歳は多分、自分と同じくらいだろうか。この辺りでは珍しい黒髪黒目の少年で、目付きの悪ささえ除けばそれなりに整った顔立ちだ。
サクラは不思議そうな顔で父に尋ねた。
「お父さん。その子、どうしたの?」
「ああ。ちょっくら拾ってきた。今日から俺たちの家族だ」
「拾ってきたって……」
そんな、子犬じゃないんだから。
一瞬そう思ったが、父は昔から意味のないことはやらない人だ。そう考え直すと同時に、サクラは少年の状態が普通でないことに気付いてしまう。
全く目に光が宿っていないのだ。ただ物言わぬ人形のように、父の手を握ったまま俯いているだけ。その姿はどこか痛ましく、サクラは幼心に少年のことが放っておけなくなってしまった。
「大丈夫?」
両手に持っていたタオルを少年の頭に優しく被せる。そして半ば予想していた通り、なんの反応も返さない少年の身体を拭いてやった。
「おいおい。俺の分は? 身体が冷えて寒いんですけど」
「こっちの方が優先でしょ! そもそもお父さんが誰か連れて来るなんて思ってなかったんだから!」
「そいつは悪かったな。でも、その様子ならこいつの面倒を任せても大丈夫そうだ」
「かと言って丸投げされても困るけどね。……で、この子の名前はなんて言うの?」
きっと少年は何も答えないだろうと思って父の方に尋ねるサクラ。ところが肝心の父も少年とはまだまともに話せていないようだった。
「あー……まあ、結構酷い目に遭っちまったみたいだからなぁ。しばらくはずっとこの調子かもしれん。根気よく傷が癒えるのを待つしかないな」
勿論、父が言った傷というのは身体ではなく心のことだ。そんなのは少年の目を見れば分かる。だからこそ父は少年をここへ連れて来たのだろうし、サクラも放っておけなくなったのだ。
「……私の名前はサクラって言うの。いつか、君の名前も聞かせてほしいな」
「――――」
気付けば、サクラは少年を強く抱きしめていた。
自分の服が湿っていくのもお構いなしに、自分の温もりを冷え切った少年に伝えるように。一秒でも早く、少年が立ち直ってくれるように。
「――シュウ」
そして少女の思いが通じたのか、少年は淡々とした口調で小さく呟く。
「俺の名前はシュウだ」