エピローグ 『変動の予兆』
俺達はあの後、無事精霊石を回収してロカル村に戻ってきた。
入口の傍にルナをいじめていたクソガキ共を見つけたので一睨み。しかし業魔黒衣の効果のせいで相手に俺の顔は認識できない。ふざけんな。
まあ、それでも俺の全体像はしっかり恐怖の対象として刻み込まれていたらしく、ガキ共は俺に気づいた瞬間に顔を青ざめてどこかに消えていった。
「よお! ルナ。その様子じゃ精霊石は取ってこれたみたいだな!」
「……ギリアンさん。はいです! 私、お兄さんに助けてもらって取ってきたです!」
「そっか。良かったな。これでお前も立派な大人だ。……シュウ。お前にも礼を言うぜ」
「ギリアンさんに礼を言われてもな。俺が好きで手伝っただけだし」
「そう言うなよ。ずっと暗い顔ばかりしていたルナがこんなに嬉しそうにしてるんだ。彼女を心配していた身として素直に感謝させてくれ」
「……そういうことなら、素直に受け取っておくよ」
門番をしていたギリアンさんは、ルナの話を聞いて満面の笑みを浮かべた。ほんとに良い人である。
こういう心から良い人が、勇者になればいいのに。俺はクソ聖女や過去の勇者を思い出しながら、そんなことを考えた。
「……じゃあそろそろ冒険者ギルドに行くから」
「おう! ミレイにも感謝されるかもしれねーけど、できればそっちも受け取ってくれよ」
「分かってるよ」
正直、感謝されることには慣れていない。もしかしたら前の世界では違ったのかもしれないけど、戻ってきた記憶は嫌な記憶ばかりだから分からない。
だけど彼等の気持ちを無碍になんてできなかった。だから俺は苦笑しながらもギリアンの頼みを否定したりはしなかった。
「あ、ところでよ。ルナはこの後どうするんだ?」
「……え?」
「ほら。成人の儀をちゃんとこなしてきたんだから、もう村から出ても問題ないだろう? ……前に言ってたとおり、自分の親でも探すのか?」
……ん? 親を捜す? どういうことだ?
いや、待て。確かルナはずっと一人ぼっちだった筈だ。それはつまり彼女には家族がいなかったということにもなる。もしかするとルナの両親はルナがダークエルフだったから……。
やめておこう。まだそうと決まったわけじゃない。真実は本人から聞くまで分からない。
俺は勝手にルナの事情を想像して、深く追求するのをやめた。そんな俺をチラチラ見ながら、ルナは迷いを見せるような顔をする。
「どうした?」
「あ、あの……お兄さんは、この後どうするんです?」
「俺か? 俺はこことは違う場所に行く。最終的には別大陸だ」
「じゃ、じゃあ。ずっと旅を続けていくんですか?」
「まあな。……一緒に行くか?」
そんなあからさまな態度を取られて何も気づけないほど俺も間抜けじゃない。それにルナに対する村の態度はかなり冷たいらしいし、放っておくのは後味が悪い気がする。
俺はルナを仲間として受け入れようと思っていた。まあ、気分は妹ができたような感覚だが。
「い、いいんですか?」
「ああ。それに旅のついでで構わないなら、親探し? っていうのも協力してやるよ」
「……お兄、さん」
ルナがボロボロと涙を零す。
おいおい、また泣いちゃうのかよ。これって俺が悪いのか? 違うよな?
あたふたする俺と泣きながらしがみ付いてくるルナを交互に見て、ギリアンさんが苦笑を浮かべる。しかしその眼差しはとても暖かいものだった。
「私、お兄さんと一緒にいたいです……! 一緒に……一緒に連れてってください!」
「……ああ。俺に任せろ」
『むぅ……まあ仕方ないわね』
俺はルナの手を握って少々不恰好に笑ってみせる。意図的に笑うのは苦手なので格好良くないのは勘弁して欲しい。
だけど泣きながら笑うルナの顔も俺と似たようなものだったので、まあ、おあいこと言ったとこか。
俺達は手を繋ぎながら村の中に入っていく。
周囲の村人はルナの顔を見てぎょっとしたり疎ましそうな顔をするけど、まあ今回だけは許してやろう。何より本人が周りに気が付かないほど浮かれているのだから、その気分をぶち壊しにはしたくない。
俺はルナの手の温もりをしっかりと感じながら、冒険者ギルドへと足を向けた。
*****
――その日、聖教騎士団は騒然としていた。
なぜならたった一枚の書置きだけを残して、勇者の姿が消えてしまったからだ。
騎士団長のホルンはこの事態をどう聖女に伝えようかと思い悩みつつ、何度も読み返した書置きに目を通す。
そこには女の子らしい丸みを帯びた文字で、淡々とこう書かれていた。
『私のアビリティ――【直感】が動けと教えてくれたので、とりあえず動くことにしました。居場所は立ち寄った村などできちんと伝達するつもりですので、心配はしないでください。
――サクラ・ミモリ』