第23話 少年の慟哭、少女の涙
【カースドオーラ】による狂乱化には、とある副次効果が付いてくる。
それはこの呪われたスキル使った者が最も思い出したくないと願う、負の記憶を想起させること。そうすることで、『怨呪の鎧』を瞬時に形成するのだ。
そしてそれは、記憶を失ったシュウも例外ではなかった。
『お前に俺の何が分かる!? 両親があれほど剣の才能に溢れていて! 皆に期待されていて! それなのに俺には何も無くて! ……全部持ってるお前に! 何が分かる!』
『に……兄さん……』
『もうたくさんなんだよ! 御守の名前なんて俺には重過ぎるんだよ! 辛いんだよ! それなのに弱音を吐くこともできなくて! 認めることもできなくて! いつだって逃げ出したかったんだ!』
魔剣という同調回路を通して垣間見える彼の記憶。
それは……シュウが異世界に召喚される少し前の記憶でもあった。
自分に期待しすぎた妹に、ずっと溜め込んできた本音を爆発させてしまった、単なる八つ当たり。
そこには自己嫌悪があった。醜い嫉妬があった。諦めた現実があった。認めた無力があった。
彼は……いつだって追い詰められていた。
「あいつは追い詰められるのに慣れてるって言ってたけど……本当は違ったのね」
追い詰められることが当たり前の環境で育ってきたから、自由を感じる時よりも本来の調子を出せるだけだったんだ。
そのことを知った私は、シュウの本質を完全に理解していなかったと自覚させられた。
――カルマウィザードとの戦いの時、彼はどんな思いで戦っていた?
――ルナが虐められているのを見た時、彼はどんな思いで怒っていた?
――二刀流に手を出してまで、彼はどんな思いで強さを求めていた?
簡単なことだった。
彼は勇者なんかじゃない。
ただ劣等感に思い悩む、何処にでもいる極普通の少年だったのだ。
『……失望したくない? 勝手なこと言ってくれるじゃねえか。俺に失望するくらいなら……最初から期待なんてすんじゃねーよ! 俺は俺で好き勝手やらせてもらう。好き勝手にやられる覚悟なら、とうの昔にできてるからな!』
それが、少年が残した最後の慟哭だった。
この直後、彼は唐突に白い光に包まれて記憶を封印されてしまったのだ。
そして全てを忘れ去って私と出会った。
なのに……その心は未だに過去の思いを引き摺っている。
私はそれが、堪らなく悲しかった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
私は魔剣アンサラー。主の想いに応える剣だ。
だから私は主の……シュウの望みに応えてあげたい。
武器として、シュウをちゃんと守ってあげたい。
彼の心を癒してあげたい。
だから……!
「――何なの!? この力は!」
「シュウにこんな辛い思いをさせる相手は……私が全て排除する!」
私は補正機能を最大限に活用し、情報を共有する回線を利用して、今だけシュウの体を自分の意思で走らせる。
両手で持ったドス黒い魔剣を振り抜いて、エキドナの体を切断する!
「な、舐めるなぁああああああああああああ!」
「――ッ! 悪足掻きを!」
漆黒の壁が紅蓮の軌跡を遮り、エキドナの体を死守する。
私は舌打ちをして、咄嗟に後ろに跳び、エキドナの反撃を回避した。
襲ってくる漆黒の弾丸は脅威の速度を持っているが、『怨呪の鎧』の身体能力であれば見切るのは容易い。
そして、私はエキドナの攻撃を掻い潜りながら渾身の力を解放した。
「ディザスタァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
鋏にも似た形状の刀身から、紅蓮の閃光が迸る。
それは私とシュウが規定値を超える負の感情を抱いた時に初めて発動できる『断罪』の力。
ただ滅ぼす。その一点だけに集約した敵を葬る為だけの破壊の一撃。
私が吼えながら発したその攻撃は、目の前の“邪魔者”に向かって容赦なく驀進する。
これで全てが終わるのだ。
消えろ。
消え失せろ。
跡形も無くなって、今すぐここからいなくなれ!
「死ねぇええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
「――お前は何処の悪役だ」
そう……思っていたのに……。
私は……彼に抱きしめられてしまった。
爆音。
滅びの閃光は狙いを逸れて、エキドナの頭上を通過する。
その結果、私の意識は魔剣に戻り、エキドナは放心状態になったように力なくその場に崩れ落ちた。
ふと視線をその上に向けると、ダンジョンの壁はトンネルのように空洞ができ、赤光の残滓が宙を舞っているのが見える。
それはとても綺麗で、儚くて……今の私を嘆いているようだ。
「ったく。相手の体がルナだってこと……忘れてんじゃねーぞ」
『……うううぅ。ごめんなさい』
だけど、シュウはそんな私を見て、優しく笑いかけてくれた。
*****
どうやら俺の家は、昔から剣術に通じる道場を開いていたらしい。
そして家族の中で唯一無能だった俺は、自分を慕ってくれていた妹に八つ当たりしてしまったんだ。
誰にも知られたくなかった本音をぶち撒けて、見せたくなかった弱さを見せて……俺、何やってんだろう。本当に死にたくなった。
全く、あれだけ記憶を取り戻したいとか言ってたのに、いざ取り戻してみると最悪だな。自分がどれだけ最低な人間だったのか思い知らされる。
少なくとも、当時の俺はそう思っていたんだ。
「シュウにこんな辛い思いをさせる相手は……私が全て排除する!」
そうして一人で自己嫌悪に浸っていると、突然アンの声が聞こえた。
ふと俯いていた顔を上げてみれば、俺の目の前に黒髪の少女が佇んでいる。
最初は妹かと思ってドキリとしたけど、すぐにそれがアンだってことが分かった。
漆黒のドレスを身に纏い、深紅の瞳から透き通った涙を流す彼女は、とても辛そうに見える。
「何で……お前が泣いてんだよ」
ああ……俺は馬鹿だ。
だから俺は俺が嫌いなんだ。
いつだって自分ばっかり辛い目に遭ってると思い込んで、気が付けば誰かを傷付けている。ほんと、嫌になるぜ。
俺はまるで感覚が無い足を動かして、少しずつアンに近付いていく。
その涙を掬い取りたかった。
ちゃんと彼女に謝りたかった。
俺の為に泣いてくれてありがとう……そう伝えたかった。
アンに近付くたびに、少しずつ体の主導権が返って来る。
そして俺は、ようやくアンの目の前に立つことができた。
さあ、なんて言って謝ろうか。俺は不思議と暖かい気持ちになりながらアンの涙を拭ってやった。
「死ねぇええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
だからそんな暴言が聞こえてきた時、呆気に取られてしまったのは仕方ないだろう。
気が付けばアンが俺の体を操って、エキドナ……いや、ルナの体を殺す気満々で何かヤバそうな攻撃を仕掛けていた。冗談じゃない!
咄嗟にアンを羽交い絞めにして俺は叫んだ。
「お前は何処の悪役だ!」
その瞬間、俺は本当の意味で現実世界に引き戻され、手に持っていた魔剣の軌道を上に向けることに成功した。
もう人型のアンの姿は何処にも見えない。
ただ俺の右手の中に、鮫か鰐の口みたいに禍々しい形状をした魔剣があるだけだ。ていうかこれ、どうなってんだ? 本格的に呪われたんじゃねーだろうな?
「……あ」
ふと視線を上に向けると、赤い光が雪のように舞っていた。
それはとても綺麗で、力強く輝いて、俺に一つの真実を伝えようとしているように思えた。
――こんな俺にも、俺の為に暴走してくれる奴がいる。
それがなんだか嬉しくて、こそばゆい感覚に襲われる。
俺はそんな気持ちを知られたくなくて、つい思い出したようにアンを見下ろした。
「ったく。相手の体がルナだってこと……忘れてんじゃねーぞ」
『……うううぅ。ごめんなさい』
……あれ? おかしいな。謝るべきなのは俺の方なのに。
涙をポロポロ零しながら土下座する少女を幻視して、俺は思わず苦笑する。
これはただの想像だろうか? いや、あの精神世界ではきっと本当に土下座しているに違いない。……どうしよう、なんだか謝りにくくなっちまったな。
俺はアンの刀身を優しく撫でつつそんなことを考え、それでも思ったことを伝えようと口を開いた。
この気持ちだけは……裏切りたくないから。だから、嘘も吐きたくない。
「アン」
『……うう……なによぉ……』
「俺の方こそごめんな。それと――ありがとう」
俺がそう言って微笑むと、魔剣の柄に埋め込まれた魔石が狂ったように点滅し始めた。
『はひっ!? うえっ!? あ、アレね! 新手の呪いね! 何が狙いなの!?』
「何言ってんだ? 呪いはお前の専売特許だろ?」
『な、なんでもないわよ! 別に、照れてなんてないんだからね!』
アンが何やら狼狽してわけの分からないことを言っている。
その様子がなんだか可笑しくて、俺は声を出して笑った。
*****
魔剣アンサラー(呪われた装備):同調率26→40% 侵蝕率38→52%
・主となった者に呪いを掛けて離れなくなる。
・第一形態:【紫紺光剣】
・第二形態:【翡翠光壁】
・第三形態:【――】
・第四形態:【条件未達成】
・第五形態:【条件未達成】
限定解放
・第死形態:【紅蓮闇鋏】
いつの間にか25000PV超えてた。