第21話 精霊の試練2 ~死への欲求~
注意! いつもより苛烈な描写となっています。グロ方向で。
逃げた。
俺はその場を全力で逃亡し、さっさと五階層へと降りてしまった。
冗談じゃない。【紫紺光剣】も使えない状況であんな攻撃受けられるか。
おまけにエキドナはあれでもまだ本気を出しちゃいない。それでいて俺は【全能強化】の反動で本気を出せない。
ははっ。なんだこれ、笑うしかねえな。完全に無理ゲーじゃねえか。ふざけんな。
『シュウ! 後ろからあいつが追ってきてる! この道で大丈夫なの!?』
「ごめん。よく分かんない」
『シュウーー!?』
駄目だな、これは。マジでやばい。何の打開策も思いつかねえ。
俺は手元からギャーギャー聞こえるアンの罵倒を無視しながら必死に迷宮の通路を走っていた。
五階層は二階層や三階層と同じように迷路のような構造になっている。
その為、通路の各地に分かれ道や行き止まりが用意されており、必ずしも前へ進めるというわけじゃないのだ。
ちなみに行き止まりにぶち当たった時の絶望感は計り知れなかった。後ろにエキドナの姿が見えなくて、どれだけ安堵したことか。
そんなことを二度、三度と繰り返すうち、俺はようやく迷宮の最深部に辿り着いた。
「……って、これ以上は進めないじゃねーか!?」
迷宮の奥は広場のようになっていて、見方によっては闘技場のようにも思えた。
中心部には魔法陣のような模様が描かれており、広場の周囲には篝火が焚かれている。
今更だけど、このダンジョンの中にいて酸欠とかにはならないんだろうか。それともこの世界には酸素を消費して火が燃えるっていう理屈が通じないのか? 分からん。
そんなことを考えていると、後ろから黒い何かが飛んできて俺の頬を掠めていった。
「休んでいる暇は無いわよ?」
頬を伝う血を拭いながら後ろを振り返る。すると、エキドナが凶悪な笑みを浮かべながら俺の後ろに立っていた。
「どわあああああああああああああっ!?」
「あら酷い。そんなに驚かなくてもいいじゃない」
いや、絶対ビビるだろ。音も無く背後に忍び寄ってんじゃねーよ。殺す気か!
……駄目だ。今の俺は頭が冴えてるものの、全くと言っていいほど闘志が湧いてこない。
俺は完全に、相手の勢いに飲み込まれていた。
『シュウ! この辺りは魔素が充満しているわ!』
「わ、分かった。第一形態解放!」
アンの言葉に辛うじて反応した俺は、エキドナから距離を取って【紫紺光剣】を起動する。
しかし、そこから一歩も動けなかった。
「あら? どうしたの? 斬りかかって来ないのかしら?」
「……っ!」
『シュウ!? どうしたの! なんかさっきから様子が変よ!?』
エキドナに尋ねられ、アンに心配され、俺はようやく自分が普段の状態でないことに気付かされた。
頭が冴えている? 冗談だろ。なんで自分がおかしくなってることに気付かなかったんだよ。俺は馬鹿か。
だけど感情が、体が、思考が、思った以上に噛み合っていない。全部がバラバラになっている。
「じゃあ、こっちから行かせてもらおうかしら」
『シュウ! 避けて!』
まるで人形になったような感覚だ。アンに「逃げて」と言われなければ俺はきっと体を動かすことさえしなかった。
そんなことを考えながら、俺は必死に……。
……必死に、何をやってるんだ……?
『シュウゥウウウウウウウウウウウ!?』
「がはぁ……っ!」
気が付くと俺の体にたくさんの風穴が空いていた。そこから大量の血が噴き出して、遅れて激痛がやってくる。
一体何が起こったのか分からない。
気が付くと俺は仰向けで地面に横たわり、血塗れの手を眺めていた。
近くでアンの叫び声が聞こえる。しかし、そちらの方へ首を傾ける気力さえ湧かなかった。
俺は今何を考えていた? 何を見ていた? 何を感じていた?
分からない。何も分からない。
俺は今、誰と戦っているんだ?
どうして……俺は……戦って……。
「まだ眠るのは早いわよ?」
「がぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ!?」
覚醒する。
風穴が空いた胸をエキドナに思い切り踏みつけられて、俺は口から言葉にならない悲鳴を上げていた。
傷口から血が滲み出し、それを自覚すると急に吐き気が催してくる。そしてそう思った時にはもう喀血していた。
「ほら。もっと苦しみなさい?」
「がはっ! ごほっ! げほっ!」
「ほら! もっと! 苦しみなさい! もっと! もっと! もっと! もっと!」
「やめて! ぐあっ! 痛っ! やめっ!」
「ほら! 死になさい! 死ね! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
もう何がなんだか分からなかった。
蹴られて、殴られて、踏みつけられて、撃ち抜かれて、また蹴られて……。
意識を失いたくても失わせてもらえない。楽になりたいのに楽にしてもらえない。
地獄だ。今俺がいる場所は生きながら辿り着く地獄だ。
俺はもう、戦う意思を完全にへし折られてしまっていた。
ただ痛くて、苦しくて、泣きたくて、楽になりたくて……。
楽になりたくて、死にたかった。
「ふふふ……それでいいのよ」
俺が死を望んだ瞬間、変化が訪れる。
俺の背後が赤く光り始めたのだ。いや、確か俺は倒れているんだったっけ。
じゃあ地面が光っているのか。そういえばこの辺りって、ちょうど広場の中心くらいじゃないのか?
ぼんやりとした頭の中で、俺は今何が起きているのかを推測する。
まあ、推測すると言っても答えはすでに掲示されているわけだけど。
俺がそっと視線を地面に向けると、ちょうど魔法陣らしき模様が赤く光っていた。
まるで俺をあの世へ導くかのように、鮮血のような赤色に染まっている。
俺はその光を浴びて、漠然とこの苦しみから解放されることを悟った。
「そうよ。もっと死を願いなさい! もっと! もっと! もっと!」
「あああああああっ! ごあっ! ぐはあっ!?」
痛めつけられる。
何度も何度も踏みつけられて、俺は苦悶の声を吐き出した。
そんな俺を見るたびに、エキドナは興奮したようにより攻撃を激しくさせていく。
もうやめてくれ。助けてくれ。蹴らないでくれ。解放してくれ。
俺を一思いに……殺してくれ!
「――――」
その瞬間、魔法陣が今まで以上に眩しく輝き、紅い光が俺をすっぽりと覆い隠した。
全ての視界が赤く染まる。同時に、俺からあらゆる感覚を奪っていった。
何も聞こえない。
何も見えない。
何も感じない。
もう……何も……考えられない。
「ああ……素敵。これで貴方は闇に堕ちた」
そんな誰かの声を最後に、俺の意識は暗闇に飲まれた。
「……?」
気が付くと、俺は暗闇の世界を漂っていた。
いつの間にか学生服の姿に戻っていて、身に付けていた筈の業魔黒衣は何処にも無い。
「ここは……何処だ?」
俺の質問には誰も答えない。アンもエキドナもここにはいない。
ここには俺一人しかいなかった。
「……」
よく分からないが、このままここにいてはいけないような気がする。
俺は言葉にできない不思議な感覚によって、暗闇の中を彷徨い出した。
別に何かが見えるわけじゃ無いだろうに、必死に眼を凝らして、何かを探すように前へ進む。
一体どれくらいそうしていただろうか?
俺はふいに何かに触れて、それを無意識に掴み取っていた。
「何だこれ?」
それを広げてみるが、よく分からない。何かの生地のようだが、周りの風景と同色なのでよく見えないのだ。
だから俺はその良く見えない何かを鑑定してみた。すると、
『貴方の目的は何ですか?』
というメッセージが頭の中に浮かび上がった。
全く、意味が分からない。何で鑑定した筈なのに、鑑定結果が出てこないんだ?
俺は内心でそんな愚痴を吐きつつも、自分の目的が何だったのかを思い出す。
目的。そう、俺の目的は勇者を探すことだ。俺と同じ被害者を黙って見ていられないって思ったから。だから、セイント王国まで行きたいんだ。
『それだけですか?』
それだけ?
いや、違う。俺はあのクソ聖女を見返してやりたい。俺を捨てたことを後悔させて、俺の怒りを分からせてやりたい。
ついでに元の記憶を取り戻したり、元の世界に帰れれば言うことなしだ。
『貴方は復讐したいですか?』
復讐か。そうだな。復讐だ。俺はあのクソ聖女に復讐したい。
『ならば闇に染まる前に、狂気に染まれ』
突然何を言い出すんだこいつは。……なんて思いつつ、俺はなんとなく自分が手にしている物の正体に気が付いていた。
そして、謎のメッセージに従うことが現状を打開する唯一の手段だと確信していた。
何故かは分からない。ただ、何となくそう思った。
だから俺は漆黒のローブを着用し、目を閉じながらそっと呟く。
「【カースドオーラ】」
その瞬間、俺は今度こそ意識を失った。
一体、主人公に何が起きているんだ!?
まぁ、察しの良い人ならこの段階である程度予想はつくかと思いますが。