第20話 精霊の試練1
すみません。今回はかなり短いです。
――人は大気中の魔素を体内に取り込むことで魔力を生成できる。
【紫紺光剣】の能力も同じ原理だ。大気中の魔素を取り込むことで【紫紺光】を生成し、触れた物を消滅させる『断絶』の力を作り出す。
そのおかげで魔剣の所有者は何の代償も支払うことなく、この能力を自在に扱うことができるのだ。
しかし、この無敵のような能力にも少なからず弱点が存在する。
それは魔素の無い場所では【紫紺光】を生成することができないということ。そして一度の発動で周囲の魔素を食い尽くし、超広範囲を【紫紺光】に変えて消滅させてしまうということだ。
その為、普段は安全装置が働いており、【紫紺光剣】本来の性能を九割以上も抑えている。
そうすることで魔素の消費量を抑え、断続的に【紫紺光剣】を発動することができるのだ。
つまり安全装置を解除して本来の力を解放すると、大気中に新たな魔素が満ちるまでの間、【紫紺光剣】は使用不可となってしまう。
現に、【紫紺光滅波】という名の力の全解放を行った魔剣は、強制的に第一形態を解かれていた。
『――嘘でしょ? まさか……あれだけの【紫紺光】を物量で押し切った!?』
【紫紺光滅波】は塵一つ残さない。
故に紫紺の光が消え去った後、砂煙で視界を遮られることもなく、はっきりと攻撃の跡を確認できた。
ダンジョンの壁や天井、そして床は半球状に削られており、大気中の埃なども一掃した影響で以前よりも視界がクリアになっている。
だからこそ見間違える筈も無い。
目の前には金色の瞳をしたルナが無傷の状態で立っていた。
「うふふふ……残念だったわね。もう少し狙いを絞っていれば、私に防がれることもなかったでしょうに」
「……マジかよ」
ルナは得意気な笑みを浮かべつつ、言外に先ほどの必殺技が失敗だったと告げる。
シュウはその意味を正しく理解し、困ったように苦笑した。
【紫紺光滅波】は本来、目標に向けて指向性を持たせなければ威力が拡散してしまう。そして一度に広範囲を【紫紺光】で攻撃してしまうと、それだけ速く魔素が消失するのだ。
しかしシュウは土壇場で攻撃したことと、ルナを傷付けたくないという思いに駆られた為に狙いが疎かになり、その辺りの注意点を無視してしまっていた。
その結果、「一瞬だけ耐えられれば生き残れる」という状況をルナに与えてしまったのである。そして、ルナは実際に耐えて見せた。
ルナは咄嗟にぶ厚い氷をドーム状に展開することで、【紫紺光】をまったく体に触れさせないように防御していた。
もし指向性を持たせて威力を一点に集中させていればその程度の防御も貫通していただろうが、拡散しきった【紫紺光滅波】にはそうするだけの威力が無い。そのせいで氷のドームを消し去るだけに留まったのである。
「……ま、いいか。おかげで冷静になれた気がする」
「あら? どういうことかしら?」
だが、シュウは苦笑するだけで特に後悔した様子は見せていない。
それどころか、すっかり別人と化したルナを一瞥し、リラックスするかのように深呼吸を始めた。
アンはその様子から何かを察したようだが、ルナにはそれがわからなかったようだ。妖艶な雰囲気を醸し出しつつも、何処か幼い少女のように可愛らしく首を傾げている。
それもそうだろう。
なにせ、彼女は何も知らないのだから。
「言葉どおりの意味だぜ? ルナ――いや、エキドナさん」
シュウは追い詰められるほど頭が冴えるという逆境精神を持っている。
しかしそれは決してアビリティやスキルという「才能」の類ではなく、記憶を失う前に培ったであろう彼の心の本質であった。
エキドナはそんなシュウ個人の「強さ」を理解していなかったのだ。
「……いつから気付いていたの?」
「今さっき」
「……今? 何かきっかけでもあったのかしら?」
「いや全然?」
そしてシュウが【鑑定眼】という力を持っていることも、彼女は知らなかった。
*****
ルナ(ダークエルフ):憑依=エキドナ(闇精霊)
適正魔力:氷・風(闇)属性
潜在魔力:A(SS)
アビリティ:【魔術付与】
・魔術の付与による武器強化。
アビリティ:【憑依】
・あらゆる生物に憑依、操作可能。
・呪われた者や加護を受けた者には憑依不可。
固有スキル:【ナイトメア】
・対象の夢に干渉可能。
*****
シュウは己の鑑定結果に驚愕しつつ、それを顔には出さないようにしていた。
そんな彼の態度が気に入らないのか、エキドナの表情がやや険しいものに変わっている。
「……貴方、急につまらなくなったわね。もう少し苦しんでくれても良かったのに」
「そいつは悪かったな。生憎と初対面の相手の願いを聞けるほど、俺は心が広くないんだ」
「そう。なら遊びももう終わりね。そろそろ試練を始めましょうか」
「試練?」
エキドナの口から出てきた突拍子も無い単語に、シュウは思わず聞き返した。
すると、そんな彼の疑問に答えるかのようにエキドナは氷の槍を生み出していく。
『嘘!? もう大気中に魔素は存在しないのに!』
「あら、精霊の魔力貯蔵量を舐めてもらっちゃ困るわね。魔素の供給が無くったって数時間程度なら問題なく魔法を使えるわ!」
アンの悲鳴を一蹴し、エキドナは次々に氷の槍を作り出す。
そしてさっきまでとは打って変わり、彼女は顔に凶暴な笑みを貼り付けていた。
恐らく、今までは本当に遊びだったのだろう。
今まで感じなかったエキドナの敵意が、今ははっきりと感じられる。
「――ッ」
「さあ、どれだけ耐えられるかしら?」
宙に浮いた無数の氷槍が、シュウに向かって一斉に撃ち出された。