第15話 目指す者達
一頻り泣いてすっきりしたらしいルナは、早速ダンジョンに向かう準備をすると言って、嬉々として家の中に飛び込んでいった。
それを見送った俺は一旦安堵の溜息を吐き、続けて先ほどから気になっていたことを調べることにした。
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魔剣アンサラー(呪われた装備):同調率25→26% 侵蝕率10→38%
・主となった者に呪いを掛けて離れなくなる。
・第一形態:【紫紺光剣】
・第二形態:【――】
・第三形態:【――】
・第四形態:【条件未達成】
・第五形態:【条件未達成】
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「アン。これは一体どういう意味があるんだ?」
『知らないわよ。私はシュウみたいに、自分の状態を調べるアビリティなんて持ってないんだから』
アンに【鑑定眼】を使ってみると、頭の中に浮かんだ文字通り、確かに侵蝕率が大きく上昇していた。それに比べて同調率はたったの一パーセントとしか上がっていない。
……本当に、これは一体何なんだ?
同調率と侵蝕率。どちらも確実に上昇してはいるものの、俺にはその自覚が全くない。
しかも非常に納得いかないことなのだが、アン自身にもこの数値に対しては全く身に覚えがないらしい。その為、この数値にどう対処すればいいのか未だに分からずじまいだ。
同調率はともかく、侵蝕率の方は如何にもやばそうな感じがするんだよな。とてもじゃないが無視することなんてできない。
打開策が見出せず、本格的に頭を悩ませていると、家から準備を終えたらしいルナが戻ってきた。
「すみません! 遅れましたですぅ!」
『遅い! その無駄に育った胸が邪魔なんじゃないの!?』
「わわっ!? 剣が喋ったですぅ!」
『剣じゃないわ! 魔剣よ!』
「どっちでもいいだろ、そんなもん」
『なんですってぇ!?』
激怒するアンをスルーして、俺は戦闘服に着替えたルナを観察した。
ルナは長い銀髪を後ろで一纏めにしており、白シャツの上から茶色のジャケットを羽織っている。ただし、胸の部分が少々ぴっちりしていて目の保養……ではなくて目に毒だ。
恐らく動きやすさを重視してあるのだろうが、どうにも軽装過ぎるような気がする。剣士のくせにローブしか羽織ってない俺が言えることじゃないけどな。
「ど、どうかしましたですか?」
「いや? ただ、本当に十四歳なのか疑わしくなってな」
「え?」
「あー、いや、なんでもない」
余計なことを口走ったな。これからは気をつけないと。
俺は軽く頭を振って、これからの予定を確認することにした。その際、『何処見てたのよ、いやらしい!』という声が聞こえたのは気のせいだろう。
「えーと、俺達に残された時間は僅か三日間。今日を含めても四日しかない。これは皆も分かってるよな?」
『確か、冒険者達が入ってくるのよね』
「はいです。そうなると成人の儀は強制終了になって、私は来年の成人の儀まで待たなきゃいけなくなるです」
アンが退屈そうに答え、ルナが情報を補足する。
それを確認した俺は、続けてこれから向かう先――『試練の洞窟』について話すことにした。
「これはミレイさんから聞いて知ったことなんだが、『試練の洞窟』は全五階層という比較的浅い地下迷宮になっているらしい」
「はいです!」
『私も一緒に聞いてたから知ってるわよ。確か、一番奥じゃなくて四階層にボス部屋があるのよね。おまけにボスを倒してもダンジョンの外には出られないみたい』
「ああ、そうらしい。……それで本題なんだが、俺はそのボス部屋の先、五階層を目指そうと思ってる」
「ええ!? む、無理です! 私達二人だけじゃ攻撃する前にやられちゃうですよ!?」
確かにルナの意見は正しい。
ボスモンスターの戦闘力はそこらのモンスターとは次元が違う。それは実際にボスモンスターと戦ったことがある俺が一番理解している。
でもだからこそ、今の実力なら間違いなく勝てるという自信もあるのだ。俺もアンも、それだけの力を持っている。
それにこう言っちゃアレだが、俺の最優先事項はセイント王国までの旅費を稼ぐことだ。その為にはやはり、ボスのドロップアイテムを売り払うのが手っ取り早いだろう。
つまりこの計画には、一石二鳥という名の俺の我儘が秘められているわけだ。
勿論、ルナの実力が芳しくなかった時は、別の機会に一人でボスと戦うつもりだが。
「まあルナ。とりあえず、やるかどうかは俺達の実力を見て判断してくれ」
「シュウお兄さん……。分かったです。私、シュウお兄さんを信じるです!」
こうして、俺達は早速『試練の洞窟』へ向かうことになった。
*****
――聖教教会セイント支部。
そこには今、勇者と呼ばれる世界の救世主が滞在している。
「――ぐはぁ!?」
教会の地下には聖教騎士団の訓練施設があり、現在はそこで勇者と騎士達が模擬戦闘を繰り広げていた。
「――おべっ!」
ただし、騎士と勇者の間には圧倒的な力の差が存在していた。
これまで勇者に倒された騎士の数は先ほど打ち倒した相手で百人目である。
「――ふぅ。これで終わりですか?」
漆黒の髪を靡かせながら、少女は木剣を軽く振り下ろす。
そんな彼女の美しさに、周りの騎士達全員が息を呑んだ。
(……これが勇者。前代未聞の『超越者』の力か!)
騎士団長のホルンは目の前の勇者に戦慄を覚え、同時に感嘆とした笑みを浮かべた。
今でも彼女が叩き出した魔力測定値を覚えている。その結果を見て、どれだけの国民が目を見開いたことか。
ホルンはその時の出来事を思い出し、再び勇者の横顔を見つめた。
漆黒などどうでもいい。そう思えてしまうほどに彼女は美しかった。
「……まだ足りない」
しかし、ふいに彼女は表情を曇らせる。まるで何かを恐れているかのように、どうにも不服そうな顔をして剣を掴み直していたのだ。
周りを見渡せば、すでに全ての騎士達が倒されている。どうやらそろそろ自分の番が来たようだ。
「お相手しよう、勇者殿」
「――お願いします」
勇者は木剣を。ホルンは真剣を構え、互いに相手の出所を窺う。
そして最初に動いたのは勇者の方だった。
「……ぬぅ!」
超高速で放たれる斬撃を、ホルンはギリギリのタイミングで受け流す。そしてすかさず、次の斬撃に備えて剣を構え直した。
勇者の攻撃は一度始まったが最後。相手が倒れるまで決して止まることはない。
ホルンは勇者が少しでも満足できるよう、少しでも長く生き残ることだけに徹した。
「――違う。こうじゃない」
勇者は何かを模倣するように、剣の振り方をたびたび変える。
そして、彼女はふと何かを思い出したように、剣の構えを変えた。
「――分かった」
「――ッ!」
次の瞬間、目で追いきれぬほど速度で振り抜かれた木剣がホルンの真剣を打ち砕き、ホルン本人を訓練施設の壁際まで吹き飛ばした。
「……」
勇者は辺りを見回し、立っている者が誰もいないと分かると、何も言わずに訓練施設を去って行った。
適正魔力で全属性、潜在魔力でSSSを叩き出した超越者は、今日も満足できずに剣を置く。
(……待っていて)
彼女の心境を知る者は、この国に一人もいなかった。
多分、次からまたダンジョン攻略の話になると思います。