第14話 助けを求めて
ちょっと急ぎすぎました。
――世界は私に優しくない。
物心ついた時から、ルナはずっと村の皆から疎まれ続けてきた。
『お前は赤子の時、エルフ達から捨てられたのだ』
『エルフモドキの忌み子め。どうしてお前みたいな奴がここに来た』
『何故バリケードやミレイはこんな奴を庇おうとするのか』
『お前はこの世界に必要ない存在だ』
ルナには何も分からなかった。
どうして自分がダークエルフというだけで、ここまで嫌われなくてはならないのだろうか。
どうして自分はダークエルフと馬鹿にされて、名前で呼んでもらえないのだろうか。
どうして世界はこんなにも、自分に優しくないのだろうか。
ルナは何度も涙を流し、何度も周りに嫌われた。
しかし、ルナにも皆を認めさせるだけの「才能」があった。
それはたまたまミレイが持ってきた魔力測定器によって明らかになった。
『適正魔力:氷・風属性 潜在魔力:A』
なんと、ルナの適正魔力は二つもあったのだ。そして潜在魔力もまた、エルフに相応しい結果を叩き出していた。
この世界では魔力が重要視される。ここまで魔力に優れているならば、皆も自分を馬鹿にしたりはしないだろう。
そう思って、ルナは嬉しくなった。
――でも、やっぱり世界は私に優しくなかった。
確かに一時的にルナの才能は認められた。
しかし、時間が経てば自分を取り巻く環境はすっかり元に戻っていた。
むしろ、「嫉妬」という感情が村人達に芽生え、これまで以上に罵倒されるようになった。
どうして皆は自分を認めてくれないのだろう。どうして自分だけが嫌われなくてはならないのだろう。
ルナの心は徐々に砕け、気付けば彼女の顔には虚ろな笑顔が貼り付いていた。
――皆死ねばいいのに。
何度もそんなことを思ったが、辛うじて残された良心によって、それを実行に移すことは無かった。
だけど、ルナの心は確実に黒く、歪なものに作り変えられていった。
きっとミレイやギリアンは知らないだろう。
自分達が仕事をしている間に、ルナが何度も助けを呼んでいたということを。
その声が届かないと思い知るたびに、ルナが孤独になっていったということを。
ルナは、もう誰も信じなくなっていた。
だからルナは頼らなかった。
心の何処かじゃ必死に助けを呼んでたくせに、口には決して出さなかった。
そして“成人の儀”が始まった時、ルナは当たり前のように独りになった。
自分で望んだ結果だというのに、何故かルナは涙を流した。
それでも自分を奮い立てて、虚ろな笑顔を向けてダンジョンに挑もうと思っていた。
しかしそこで恐ろしい魔物に出会い、ルナは泣きながら村へ引き篭もってしまった。
『やっぱり出来損ないの忌み子だな!』
『無様に逃げ帰るとは情けない! いっそダンジョンの中で死んでくれたら良かったのに!』
『全くもって面倒な奴だ!』
村の人間には案の定馬鹿にされた。それだけじゃない。『試練の洞窟』目当てに村へやって来た冒険者達も、口を揃えて馬鹿にした。
ルナはこの時、完全に自信を喪失してしまった。
自分の居場所はこの家だけだ。漠然とそう感じたルナは、家の外から出られなくなった。
しかし、自分の居場所を作ることさえ、ルナには許してもらえなかった。
成人の儀を終えて、村の外へ出ることを許された少年達が、ルナに言い掛かりをつけてきたのだ。
『せっかく冒険者になれたのに、お前がいるせいでダンジョンの中に入れないじゃねーか!』
『お前のせいでこっちは迷惑してんだよ!』
どうして自分だけが悪者扱いされるのだろうか。
どうして誰も助けてくれないのだろうか。
どうして……どうしてルナは、生きているのだろうか。
ルナは悔しくて、その瞳からポロポロと涙を零した。
そうして目の前が真っ暗になりかけた時、漆黒の影が飛んできた。
『ふざけるな!』
『がはっ!?』
ダンジョンの傍で見掛けたような黒いローブを纏った彼は、少年達に激怒していた。
ローブの中から剣を取り出し、本気の殺意を放っていた。
それは自分に向けられていたわけでもないのに、体が勝手に震えてしまう。それくらい彼は怖かった。
それでも彼が助けてくれたのは事実だ。何とか声を出そうとすると、その前に彼から謝られてしまった。
ルナはその行為に目を丸くしてしまう。彼が対等の相手としてルナを見ていることが分かったからだ。
おまけに彼は卑下する自分を叱ってくれた。種族なんか関係無いと言ってくれた。
――『ルナ』という名前で呼んでくれた。
それが、堪らなく嬉しかった。
まさか彼が漆黒だと知った時は驚いたが、自分と同じ境遇を背負っていると思うと不思議と孤独だと感じなくなった。
そして彼は、私の悲鳴に気付いてくれていた。
『俺が素顔を晒したのは、ルナに誠意を示す為だ。だから俺を嫌うのならそれで構わない。だけどもし俺を嫌わないでいてくれるのなら、どうか君の“成人の儀”……俺にも手伝わせてもらえないか?』
ずっと何処かで助けを求めていた。ずっと誰かに助けてもらいたかった。
もしかしたら一時の気まぐれかもしれない。他にも打算があるのかもしれない。
だけどそれでも、きっとこの人なら自分を助けてくれる。それがなぜか分かってしまった。
そしてその瞬間――私は生まれて初めて、全然悲しくない涙を流した。