第12話 三大聖女
グールカードは意外と高値で売れた。
金額にして十万コル。これは普通に生活して一ヶ月は余裕で暮らせる額である。
どうやらドロップアイテムというのはマジで貴重品だったらしい。これで当面の生活は安心できるな。
『それで、次はどうするつもりなの?』
「ん? ……んー、まあ、ちょっとくらいは冒険者らしいこともやってみたいかな」
俺はギルド内の食堂で高めの料理を食べながら、アンと今後の予定を話し合っていた。
しかしこれ、何も知らない人から見たら独り言呟いている怪しい奴だと思われるよな。「この肉美味いな」みたいなことを口走っとけば、食事を楽しんでるように誤解してもらえるだろうか? 実際、ここの飯は美味い。森のきのこに比べれば全ての飯が美味いだろうが。
まあそれはともかく、ロカル村にはしばらく留まろうと思う。
まだ詳しい情報が全然集まってないからな。せめてここがどの国に属しているかとか、今が何年なのかぐらいは知っておきたい。
できればセイント王国内だと良いな。機会があれば、クソ聖女に復讐できるかもしれないし。
『そういえばシュウ。アンタ、あの門番の所に行かなくてもいいわけ?』
「……あ、忘れてた」
脳裏に黒い考えが浮かんだ俺を、アンの一言が正気に戻す。
そういやギリアンさんに、冒険者カードを手に入れたって報告しないといけないんだっけ。
まだ夕方だから、今から行けば間に合うだろう。もういっそのこと知りたいことは全部あの人に教えてもらうか。
俺は食べていた肉野菜炒めを一気に口の中に頬張り、良く噛んで味わってからギルドをあとにした。
「はいよ。お前の冒険者カード、ちゃんと確認したぜ。……しかし驚いたなぁ。まさかこんな短時間であの実力試験を突破するなんて。俺の記憶が確かなら、試験官はあのミレイの筈だったんだが」
予想通り門番を続けていたギリアンさんに話しかけると、冒険者カードの提示させられた。どうやらこれで正式な村への訪問手続きが完了したようだ。
ギリアンさんは俺が冒険者になるのが明日以降になると思っていたらしく、感心しながら冒険者カードを返してくれる。
やっぱりミレイはこの辺りじゃ強い部類に入るらしいな。あ、ミレイって呼び捨てにしちゃった。
「まあ、本気出しましたからね。それよりギリアンさん。前にも話しましたけど、俺、今まで森の中にいたせいで外のことは何も分からないんです。ちょっとこの辺りが何処の国で、今が何年とか教えてもらってもいいですか?」
「……はぁ? お前、マジかよ。そんなことも……いや、もうどうでもいいわ。このロカル村はステラ帝国に属していて、今はレガリア歴900年だ」
『900年!? 私、400年も封印されてたの!?』
「……え? 女の声?」
「ああ!? いえいえいえ! 今の俺の声です。びっくりしすぎて変な声になっちゃいました!」
「あ、ああ……そうか。めっちゃびびったぜ」
ギリアンさんはそう言うと神妙な顔つきで俺をジロジロ見てきた。
もしかしたら俺を女の子だと疑ってるのかもしれない。業魔黒衣のせいで外見だけじゃ俺の性別とか分からないだろうし。
あ、そういえば二人きりなのに【威圧】が発動してないな。このローブを見るのが初めてじゃないからか?
それにしてもさっきはマジで焦った。いきなりアンが叫ぶんだもんな。心臓止まるかと思ったぜ。……しかしそうか。こいつ、400年も封印されてたのか。
声で少女だと判断していたが、実はババアだったんだな。
「……そういえばお前、この村に来たってことはやっぱりダンジョン目当てだったのか? それとも何処か他へ向かう途中か?」
「え? あ、えっと、セイント王国って知ってますか?」
「……え!? お前、まさかあの国に行くつもりかよ! どんだけ離れてると思ってんだ! 別大陸だぞ!」
「はぁ!? 別大陸!?」
ギリアンさんに目的を尋ねられたが、そんなものは持ち合わせていない。
だから試しにとセイント王国のことを聞き返したら、とんでもない答えが返って来た。
……まさかあのクソ聖女。別大陸のダンジョンに俺を送りつけやがったのか!?
頭の中が沸騰しそうになる。あの女、そこまでして俺の存在を隠したかったのか。
「……すみません。『魔霊の森』っていうダンジョンはご存知ですか?」
「ああ。ここから少し離れた場所にある、アンデッド系のモンスターがうろつく森だろう? そういえばセイント王国の聖女が一度訪問したことがあったな」
「ああ……なるほど。それであんな場所に追放されたのか」
「なんか言ったか?」
「いえ。それで、セイント王国の聖女の名前は知ってますか?」
「そりゃもちろんさ。なにせ三大聖女の一人だからな。……何なら全員教えてやろうか?」
「お願いします」
俺の無知さを考慮してのことだろう。その親切さに感謝しつつ、俺はギリアンさんに頭を下げた。
「よし分かった。じゃあまずはこの国――ステラ帝国の聖女から話そうか」
それからギリアンさんに聖女の話を聞かされたのだが、予想以上に長い話になったのでとりあえず自分なりに短く纏めてみることにした。
ステラ帝国の聖女、シルヴィア・エスト。
適正魔力は聖属性、潜在魔力はA。
聖女と呼ばれてはいるがそれは聖教教会に属していた時の話で、現在は教会を脱退して帝都の片隅で小さな孤児院を開いている。
セイント王国の聖女、セシリア・クルティ。
適正魔力は聖属性、潜在魔力はS。
聖教教会に属しており、数日前に勇者召喚を成功させた実力者。国民から絶大な支持を受けている。
聖教総本山に暮らす聖女、アリア・セイクリッド。
適正魔力は聖属性、潜在魔力はS。
アビリティを二つ所持しており、そのうちの一つは未来予知である為、神託を受けられる聖女として聖教教会から崇められている最高権力者。
「……」
「ん? どうかしたか? 顔色悪いぞ」
「あ、いえ……なんでもありません」
俺はギリアンさんに軽く手を振って、自分が元気であるとアピールする。
しかし、内心では平静を保つだけで限界だった。
あのクソ聖女が勇者召喚を成功させた。その事実を聞かされた時、俺は頭を殴られたような衝撃を受けたのだ。
あの女が俺のことを喋るわけがない。それはつまり……俺以外の『被害者』がこの世界に召喚されているということだ。
それが誰なのかは分からないが、きっとあの女に騙されて利用されているに違いない。
俺は、それが堪らなく許せなかった。
「クソセシリアが召喚したっていう勇者の名前は分かりますか?」
「クソ……? ええっと、確か……すまん。漆黒の女としか知らねえや」
「……漆黒……そうですか。きっと潜在魔力は凄いんでしょうね」
「だろうな。漆黒で堂々と外をうろつけるってことはそういうことなんだろう。でも実力はまだまだらしいから、一年くらいは国内で修行するって話だぜ?」
「そうですか、ならまだ大丈夫っぽいですね。教えてくれてありがとうございました」
俺は至って冷静なふりをして、ギリアンさんにお礼を言った。
その後、近くの宿で部屋を借りて、アンと今後の予定について再び話し合った。
『勇者を探す?』
「ああ。勿論、今すぐってわけじゃない。今は自分のことだけで精一杯だからな。だからギルドで色んなクエストを受けながら、セイント王国を目指そうと思う。まあ、別大陸ってくらいだから旅費がとんでもないことになりそうだけど」
『ふーん。ま、私はシュウから離れられないから、反対はしないけどね』
こうしてとりあえず、俺は明日にでもクエストを一つ受けてみようと思った。
クソ聖女の名前をようやく本編に出すことができました。