第9話 ロカル村
前回のあらすじ
逃げていく少女を追ったら村を見つけた。言っておくが俺は何も悪くない。(by集)
村の周囲は高い木の柵に囲まれていて、外からモンスターが入ってこれないように工夫されていた。
入口には簡素な門が設けられており、今は開放された状態になっている。
しかし、少数だが門の前には人の列ができており、門番らしき男と何かを揉めているようだった。
……検問って感じじゃねーよな。それにしては門番の方が押されてるような気がする。
気になった俺はそっと列の最後尾に並んで、門番達の会話を盗み聞くことにした。
「いい加減にしなさいよ! いつになったらダンジョンを一般開放してくれるの!?」
「そうだぜ。“成人の儀”っていう大事な儀式に使われてるのは知ってるけどよ……まだ済ませていない奴が終わるまで、ずっとダンジョンを封鎖しておくってのは横暴すぎるんじゃねーか?」
「ていうか、その済ませていない奴って、さっき村の中に入っていったダークエルフだよな! 何であんな『エルフモドキ』を悠長に待たなきゃなんねーんだよ!」
「あー、もう! そんな文句はギルドに言え! 何でどいつもこいつも門番の俺に突っ掛かってくるんだ!」
門番の男は心底面倒臭そうに叫びながら、文句を言う奴等の相手をしていた。
そんなやりとりを黙って聞いていると、目の前に立っていた奴が俺に気付き、話を振ってきた。
「なあ、あんたもそう思うだろ?」
「え? あ、いや……すまん。実は今さっきこの村に着いたばかりで、よく事情を飲み込めてないんだ」
「ああ、なんだ。っていうことは手続き待ちか。そりゃ悪いことしちまったな。おい、他の冒険者さんが迷惑してるぞ! 俺達はギルドに行こうぜ!」
どうやら目の前の男は俺を冒険者だと勘違いしたらしい。
彼は俺に謝った後、他の連中を引き連れて、さっさと村の中に入っていった。
「……ふぅ。やっと行きやがったか、あのボンクラ共。……助かったぜ冒険者さん。この村に来るのは初めてだよな? 早速だが冒険者カードを提示してくれ」
「冒険者カード?」
詰問の嵐から解放された門番が、愚痴と共に安堵の溜息を吐く。
そして俺に笑いかけながら、当たり前のように手を差し出してきた。
しかし、俺はその「冒険者カード」という物を知らない。アンにスパルタで叩き込まれた知識の中に、そんな物は無かった筈だが……。
まあ、アンは俺より長く『魔霊の森』に閉じ込められていたみたいだからな。その間に作られた物だとしたら、知らないのも無理はない。
俺は、素直に冒険者カードを所持していないと門番に告げた。
「あ、そうなのか? 悪い悪い。魔術師みたいな格好してるから、てっきりアンタも冒険者なのかと思ってた。それじゃ、普通の身分証を見せてくれ」
おっと。今度は身分証と来たか。
門番は人懐っこい笑みを浮かべながら、相変わらず差し出した手を引っ込めようとしない。
俺は自分の顔が引き攣ってるのを自覚しながら、身分証も持っていないと打ち明けた。
「……は? いや、それは有り得ねえだろ。身分証だぞ? 失くすこともできねえ代物を何で持ってないんだ? ……まさか、脱走した奴隷とかじゃねーよな?」
「いやいや!? 違うって! 俺は……その……ずっと森の中で暮らしてきたから、外の常識に該当してないってだけで! ほんと、怪しい奴じゃないんです!」
「いや、その慌てようは怪しいだろ。……ん? でも『真実のベル』には何の反応もねえな? どうなってやがるんだ?」
男は笑みを凍りつかせ、俺を責めるように質問してきた。
流石に奴隷扱いされるのは嫌だ。こんな所でまた自由を失ってたまるかよ!
俺は全力で首を左右に振りながら、身の潔白を証言する。
多少は話をぼかしているが、嘘は吐いていない。それが功を奏したのか、門番は俺の話を頭から否定してくることはなかった。
どうやら彼の篭手に括りつけてある銀色のベルが、嘘発見器みたいな役割をしているらしい。……あからさまな嘘を吐かなくて本当に良かった。
「あの、それで身分証ってどうやったら手に入るんですか?」
「あ、ああ。……身分証は普通、生まれた時に街の市役所で発行される。この村じゃ無理だ。だからお前の場合は、冒険者カードを発行してもらった方がいいと思うぞ。それならこの村のギルドで作ってもらえるからな」
「その冒険者カードっていうのも詳しく知らないんですが」
「……おいおい、マジかよ。何者なんだお前」
門番は珍獣を見るような目付きで俺を見下ろしつつも、冒険者カードについて簡単な情報を教えてくれた。
どうやらこの世界において冒険者とは特別な職業らしく、国から独立した機関――冒険者ギルドに属して活動しているらしい。そして各国は冒険者ギルドの存在を認めており、微細ながらも冒険者達に色々な支援を送っているそうだ。
その為、一般人が冒険者の名を騙れないように、ギルドは冒険者専用の身分証、つまりは冒険者カードを発行することにしたのである。
「まぁ、冒険者の真似事をして利益を得ようなんて馬鹿は、最近滅多に現れないけどな」
「……なるほど。つまり冒険者になれば身分証が手に入るというわけですか」
「まあそういうことだ。ただし、実力試験に合格しないと冒険者にはなれない。これからギルドに向かうつもりなら、それなりの覚悟はしておけよ?」
「分かりました。なんか、色々と教えてくれてありがとうございます」
「気にすんな。困ってる人を村で保護してやるのも、門番の仕事の内だからな」
俺が頭を下げると、門番の男は照れくさそうに笑った。
……本当は俺みたいな怪しい奴、放り出してもいい筈なのに。
きっとこの人は根っからの善人なんだろう。あのクソ聖女とは大違いだ。いや、あの女と比べること自体が間違ってるな。じゃないと、この人に失礼すぎる。
俺はそんなことを考えながら頭を上げ、身分証の代わりに自分の名前を教えた。
「俺はシュウです。見た目は魔術師っぽいですけど、実際は剣を使います」
「そうか、後で訪問者リストに登録しておこう。……そういや俺の名前をまだ言ってなかったな。俺はギリアン・バリケード。いつもこの時間は門番をしてるから、冒険者カードを手に入れたら、もう一度ここに来てくれ」
「分かりました! じゃあ行ってきます!」
「頑張れよ」
こうして俺はギリアンさんの厚意に感謝しつつ、ロカル村を訪れた。
『……ふう。黙っておくのも大変ね』
「文句言うなよ。『私がレア物だって分かったら色んな人に狙われちゃうわ!』って言ったのはお前なんだから」
『……そうだけど……あ、また人が来た』
俺は現在、アンをローブの内側に隠している。
流石に抜き身の剣を手に持っておくのは不味いからな。早めに鞘を手に入れなければならない。……この村の何処かに売ってるといいんだが。
そしてアンもまた、近くに人がいる時は喋らないように気を付けている。理由はさっきの通り、魔剣の価値を知っている奴等に狙われない為だ。
まあ、アンはどうやっても俺から離れないから、別に盗まれる心配はないんだけどな。でも、余計な敵は作らない方がいいに決まってる。
そういうわけで、俺達は周囲の視線を気にしながら村の中を歩いていた。
「それにしても……冒険者か。特別な職業って話だけど、一体何が特別なのやら。……アンは何か知ってるか?」
『知らないわよ。私が封印される前には冒険者なんて職業は無かったんだから』
「じゃあ、やっぱり……直接聞きに行くしかないか」
俺はそこまで話して立ち止まり、目の前の建物をゆっくり見上げた。
村の大部分を占める小さな家と違って、その建物だけはずば抜けて大きな造りになっている。そして開放された玄関からは、武装した人達が頻繁に出入りしているようだった。
『……冒険者ギルドって傭兵の集会所なのかしら?』
「さあな。俺が知るか」
『まぁここまで来たら、なるようにしかならないわよね。でも大丈夫。私達は最強だから、実力試験っていうのも軽く突破できるわ!』
「だからお前のその自信は一体何処から来るんだよ! ……はぁ」
……アンが最強なのは認めるけど、俺はお前ほど強くは無いんだよ。
俺は重苦しく溜息を吐いて、冒険者ギルドの中に足を踏み入れた。