エピローグ『自由の先に待つものは』
短いのは、勘弁してください。
(――――)
それは優しい歌声だった。
天使のように美しく、硝子のように繊細で、陽だまりのように温かい、少女が紡ぐ子守唄。
心地よい旋律が耳朶に響き、俺の意識を徐々に覚醒へと導いていく。
(――――)
やがて、まどろみの中を彷徨っていた俺は現実世界へ回帰した。
「……ここは?」
すぐに視界に入ったのは洞窟の天井ではなく、広く澄み渡った青い空。その中を白い雲が泳いでおり、橙色の太陽が眩い光を放っている。
風が運ぶ草の匂いは、森の中で嗅いだものより柔らかく、微かに花の甘香を宿していた。
『――――あ、起きた? 体は大丈夫?』
「……あ、ああ」
目が覚めた場所は何処かの草原。
野花が混じる黄緑色の草場の上で、俺は大の字になって倒れていた。
すぐ傍には魔剣が突き立っていて、刀身の魔石を点滅させながら俺の身を案じてくれている。その隣には黒いローブも落ちていた。
……どうやら俺は、寝ている間にダンジョンの外へ転移したようだ。恐らく、ボスモンスターを倒したからだろう。
俺も詳しいことはよく知らないが、ダンジョンにはそういう機能があるらしい。まあ、だから命懸けでボス攻略に挑んだんだけどな。
体を起こして、何となく後ろを振り返ると、それっぽい森が視界に映った。
多分、あれが今まで俺達を閉じ込めていた『魔霊の森』だ。
流石はダンジョンと言うべきか、外から見ても禍々しいオーラを漂わせているのが良く分かる。
そこまで考えて、俺はふと気になったことをアンに尋ねた。
「あのさ……俺、どれくらい眠ってた?」
『ざっと二日くらいね』
「二日!?」
間髪入れずに返って来た答えに、俺は素っ頓狂な声を出してしまう。
え? 二日? 二日もここで寝てたのか!?
おいおい、どんだけ爆睡してんだよ。無防備にも程があるだろーが!
俺は自分の無用心さに呆れすぎて、思わず深い溜息を吐いた。
『まあ、仕方なかったんじゃない? あれってスキルの反動みたいなもんでしょ?』
「……まあな。一応、戦いの途中でスキルは解除したんだけど、もうその時点で残りの体力はギリギリだったみたいだ。あと少し解除のタイミングが遅れていたら、きっと死んでたのは俺の方だったよ」
『ふーん。強力な反面、デメリットも大きいのね』
「ああ。所詮、欠陥勇者の力だからな。使いどころを良く考えないと、忽ち自滅技に早変わりだ」
俺は自分の手のひらを見下ろして、カルマウィザードとの戦いを思い出す。
そして拳を固く握り締め、強くなりたいと、心の底から願った。
『……シュウ。また暗い顔してるわよ? せっかく自由を手に入れたんだから、もっと喜びなさいよ!』
「……ああ。分かってるよ」
アンに叱られ、俺は苦笑しながら前を向く。
そして目の前の景色に、自然と頬が緩んだ。
辺り一面に広がる草原。それはあまりにも自由に満ちている。
何処へ行こうと俺の勝手。邪魔をする者は誰もいない。この先の行動全てが、俺の自由なんだ。
その事実が堪らなく嬉しい。そして、だからこそ思った。
――強くなりたい。
せっかく手に入れた自由を、手放すことがないように。
モンスターという脅威から、自分の身を守れるように。
この世界の理不尽に、少しでも抗うことができるように。
そしてなによりも、アンの主として、相棒として、決して恥じることが無いように。
俺は……強くなりたい。
『さて、と。じゃあ、シュウ。これからどうしよっか?』
「ん? 生憎と俺はノープランだぞ?」
『じゃあさ! とりあえず、右と左と正面、どの方向に進む?』
「じゃあ……正面で」
『へえ、即答じゃない。何か理由でもあるの?』
「別に。適当だよ」
俺はアンと他愛の無い話を交わしつつ、前に向かって歩き始める。
勿論、目的地もなければ行く宛もない。そもそもここが何処だか分からない。
だけど、それで良いんだ。
空はこんなに晴れている。考える時間は十分にある。
悩むことさえ楽しんで、今は自由を謳歌しよう。
「……そういえばさ」
『何?』
「歌……上手なんだな。綺麗だったぜ」
『……えっ! あ、えっと、その……ありがと』
夜はまだ、来なくていい。
*****
『鉄の体に心を与え、命の意味を教えてくれた』
『貴方は私の勇者様。私は貴方を守る盾』
『あらゆる敵を滅ぼして、貴方に救いをもたらす剣』
『私は貴方の全てを見守り、貴方の最期を見届ける』
『貴方の示した栄光を、私は決して忘れない』
『そしていつか伝えよう。貴方の遺した伝説を』
『それが私の生きる意味。私は魔剣の回答者』