冷蔵庫
冷蔵庫を開くと、そこにはメルヘンチックな世界が広がっていた。
グラデーションするパステルカラーの空。
白くふんわりとした綿菓子の雲。
仰ぎ見るほどのアーチをえがく大きな虹。
どこまでも広がる極彩色のお花畑。
馬車のワダチが付いた白い道。
遠くに見える黄金色の小さな村へと続いている。
西洋の田舎の原風景に子供が望むファンタジーを混ぜ合わせた風景だ。
春の陽気を思わせる暖かな日差しとやわらかな風には、鼻孔をくすぐる花の甘い匂いが感じられる。
花々のスキマを縫うようにしてなにかが飛び回っているのに気が付いた。
十五センチ大の人形に羽を付けたような生き物、妖精とでもいうのだろうか。
十数匹いる内の数匹がこちらに気が付き、さらにその内の数匹がこちらへ飛んできた。
眼前を悠々と飛び回りながら、興味津々といわんばかりにこちらをのぞき込んでいる。
こちらと目が合うと愛らしくにこやかに笑いかけてきた。
冷蔵庫の中へ身を乗り出して肩から先をムチのようにしならせ、近くへ来た妖精の一匹を捕まえた。
「すまないが、ここにあったはずのチーズと発泡酒を探してくれないか」
驚く妖精を気にもとめず、それだけを告げて軽く放り投げた。
放たれた妖精は仲間と共に急いで言われたブツを探しはじめた。
一匹が花に埋もれた発泡酒の缶を、別の一匹が地面に刺さっていたレンガブロックのようなスモークチーズを見つけ出す。
それを、数匹で協力しながらこちらへ運んでくる。
妖精は、こちらが差し伸べた手の上にふたつを乗せる。
発泡酒は温まっており、チーズもグニャグニャでほとんど溶けていた。
舌打ちをしてチーズを千切り、切れ端を妖精たちへ投げつけた。
数匹はキャッチできたが、数匹はキャッチし損ねる。
「いいか、次にオレがここを開ける時までに このふざけた世界をどうにかして どこかよそへいってくれ」
缶を開いてひとくちすすり、たたき付けるように冷蔵庫の扉を閉めた。