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さて、シェフの言うことをまとめると次の通りだ。想像が現実になるが、その想像は条件として
1、限りなく具体的なこと
2、そして可能性を否定しないこと
である。
なお、想像に具体性があれば、すべてが可能である。なんなら生物を作り上げることも可能なようだ。だがそのためには想像するものがなんなのか、完全な認識が必要なはずだ。その点生物を創りだすのは難しいだろう。脳の構造から、肉体、精神から性格。すべての設定を構築しろと言われても何年かかるか・・・。だからこそ先ほども言ったが『できない』と少しでも思っているとできないようだ。その点はまさに魔法の初等訓練と等しい。魔法はこの世界と同じく想像によって形成される者のために想像力、集中力は何よりも大事なのである。
「僕はどんな料理でも努力すれば必ずできると信じているからね。料理に限らず想像力と集中力は。何事においても大事だろう?」
シェフの言うとおりだ。なるほど聞けば聞くほどこの世界は類似している。しかし一つ確実に違うことがあった。
「いんたーねっとの世界?」
「んー・・・なんて言ったらいいのかな・・・。君もパソコンを持っているんだろう?じゃなきゃここにはこれないしね。そのパソコンの中、つまりは電気でできたその、デジタルの世界なんだよ。おそらく、だけどね」
理解の範疇を越える。デジタル?パソコンの中?なぜ人間はこのような状況をすんなり受け入れられるのか不思議だ。そもそもどうやって人間を電子化するというのか。そんなことをなぜんそんな簡単に信じられる。化学的根拠なんて何一つ無いというのに。
「あなたはここにどれくらいいるのですか?」
「・・・日付の感覚はもう忘れたさ。この世界に夜はないんだ。それに眠くならないしね。でももうすぐ1年くらいじゃないかな・・・」
なるほど1年もいればここまで詳しいのもわかる。この男はどちらだろうか。
「シェフさんはこの世界をどう思いますか?」
その質問は核心に触れたようで、シェフの顔からスーッと笑顔が消えた。
「はじめは良かったさ。なにせ自分の理想がすべてここにあるんだからね。やろうと思えば何でもできるし、材料も何もかもそろってる。いや、つまり揃えられるという意味だけどね。ただ・・・、僕はシェフだ。人に食べさせてこそ完成する職業なんだ。この世界の住民ももちろんおいしいと言ってくれるけど、それ以外の言葉はもう聞かなくなってしまったよ。完成した世界なんて・・・。今はもはや惰性で料理を続けるだけになってしまった。」
人間は不思議な生き物だ。我々魔法使いは完全を求める。完全にこそ意味がある。だがシェフはこの世界に不完全を求めている。わたしにはとうてい理解できそうもない・・・。この世界にはそれだけの力があるということなのだろうか。
「さあ!君の番だよ?なぜあんなことができたんだい?久々にわくわくしてるんだ。新入りは毎日入ってくるけど君みたいなタイプは初めてだ。まるで動じないし、冷静だし・・・。はじめは誰だって発狂するレベルなんだよ?まぁそれはおいておいて・・・、どうやってやったんだい?君は何者なんだい??」
この質問責めにもなれたものだ。しかしどうやって答えようか・・・。マジェスティを追放された者には特別なルールは存在しない。たとえ自分が魔法使いだと主張しても魔力はないから魔法は使えないし、リアリティでは変人扱いされて終わるからだ。だがこの世界ではそれは通用しない。リアリティは手品のようなレベルで彼らを魔法使いと呼ぶが残念ながらレベルがけた違いだ。先ほどの火炎が良い例である。手品師といってもこのシェフは信じないだろう。
「・・・わたしは---」
『ウワアアアアアアアア!』
突如聞こえたのは悲鳴だった。そして爆発音、地鳴り。視界に入ってきたのは燃え上がる火炎と煙。先ほどまでの平和が嘘のようだ。
「なっ・・・!今日はやけに早いな!?逃げるぞっっ!!」
「なんです?あれは」
煙をさらに広がっている。その上燃え上がった炎は民家にも移っていく。逃げゆく人々の『上』には何かがいるのが見える。
「『想像力豊かな者たち』だよ!さあ早く!!」
シェフが手を引いて走り出した、そのときだ。
「あっれええええええ?どこにいこうとしてるのかなー?エミールううう」
目の前に現れたのは空中を優雅に飛ぶ子供の姿だった。