新たな仲間を得て、再び異世界へ!
4時40分になった。なんとか男子トイレに身を隠しやり過ごしてきたが、再びきらりの前に立たなければならないと思うと、気が遠のく。
やだなあ。もう、帰ろうかな……いや、そんなことしたら明日が怖い。明日どころか、今晩オレの家を突き止めて、乗り込んできそうだあの子。
うん……行こう。セーブポイントへ。
オレは勇気を振り絞って旧校舎へ向った。
「陶冶くんー! きらりちゃんが来てくれたよー! やったよー! これで三人の田中がそろったよー!」
「あ、ああ。そう……うん。よかったね」
旧校舎の3階廊下は、相反する2つの気配でごった返していた。
1つはテンションの高いアリスが振りまく無邪気。もう1つは……。
「どうして、田中さん……アリスさんもここにいるですか? もしかして……二股、ですか? 不倫ですね? 月姫と星姫を裏切って、他の女を選ぶんですね!?」
田中きらりの純粋な邪気だった。それを見て、やっぱり帰るべきだったと後悔する。
さらに、きらりの口から二股とかいう、オレにとって永遠に関わりのないであろう単語が出てくる始末。
「いや、恐ろしい誤解をしているようだから、まずは落ち着こうね? きらり」
廊下の隅っこからきらりがオレを見ている。相変らずの闇属性オーラがやばい。何か出るとか噂される旧校舎でそれはやばい。むしろ、きらりが旧校舎に出没する何かじゃないかと思えるほどやばい。
「え? 陶冶くん二股かけてるの? 誰と誰と!? そんなリア充は爆発しろ!」
それを聞いたアリスは悔しそうに唇をかみ締めると、オレを指差し喚いた。
「いや、二股とかしていないし。それ以前にオレ達付き合ってないよね!? あとアリス、お前だから! 爆発しちゃうのお前もだから!」
「じゃ、じゃあ! 田中さんとアリスさんはどういう関係なんですか!?」
いきなり場が混乱した。ていうか、アリスはリア充だろうに。友達がいっぱいいるし、男女問わずの人気者だ。人の笑顔の中心にいるヤツが、教室の片隅でぼーっとしてるヤツと同じなワケがない。
「オレとアリスは……ただの友達だよ。うん、友達。昨日初めて接点を持ったんだ」
「友達……ん、そうだね。ただの友達だよね、アリスさんと陶冶くんは」
オレの口から出たただの友達という単語に、アリスがしょんぼり肩を落とす。はっきり言って、なんでだか解らない。
けれど、しょんぼりしたアリスと対照的に、きらりの闇属性オーラが光属性になって、旧校舎は楽園になった。
「何だ……よかった。ただのお友達だったんですね。私てっきり、アリスさんも田中さんのこと……」
「あはは~まあまあ。それじゃ、きらりちゃんもこれでお友達っていうことで!」
「はい! 私、アリスさんのことスカートをめくるただの変態女だと思ってましたけど、こうして話してみると以外にいい人なんですね! ぜひ、友達になってください」
険悪な空気はどこかに飛んで行ったのか、アリスときらりはにこやかに握手をする。
「そうだ! 私、友達ができたらやりたいことがあったんです!」
満面笑みのきらりがセーラー服のポケットから取り出したのは……業務用のでかいカッターナイフだった。何でそんな物持ってるんだ。
「は?」
困惑するオレとアリスをよそに、きらりは鞄から大学ノートを取り出し、一枚びりっと破ると、カッターナイフの刃をオレに向けてくる。
「血判状を作りましょう、3人で。友達を裏切ったら、死をもって償う。いいアイデアだと思いませんか?」
やっぱり重いよこの子。血判状って……死をもって償うとか、恐ろしいよ。しかもそれを可愛い笑顔で言ってのけるから、余計にたちが悪い。
「美しい友情……憧れますよね。互いの命を預けて共に生きる。友達って……素晴らしいです」
きらりは可愛らしい笑顔のまま「ククク」と邪悪に笑った。そりゃ今まで友達が1人もいないワケだ……。
「きらりちゃんきらりちゃん! 血判状より、もっといい友情の深めかたがあるよ! それはね……こうするの!」
それはまさに電光石火だった。
きらりが反応するよりも数段に早く、アリスの白くて細い指がプリーツスカートをぺらっとめくる。
おお――薄青色の花柄。いいもん見れたぜ! しかも血判状の件も流れて一石二鳥。
「いやあああああああああああああああ!!」
きらりは絶叫して泣き出した。
「あは。きらりちゃん、可愛いのはいてる~。いやあ、眼福眼福! 魔法を使って身体能力強化してよかった~」
アリスは満足した様子で、幸せそうな笑みを浮かべていた。こんなことのために魔法使うなよ、オレは嬉しいけど。
対するきらりはよほどショックだったのか、暗黒オーラも展開せず、廊下の端で真っ赤になってうずくまっていた。
「田中さん……見ました? 見ました……よね?」
涙目になってオレを見るきらり。さっきまで血判状とか死をもって償うとか言っていた物騒な雰囲気はなく、恥らう可愛い女の子だった。
「ううん、オレは何も見てないよ。この顔がウソをついているように見えるかい? 信じてくれよ、オレのこと」
とりあえずオレは即答した。ウソつきは泥棒の始まりというけど、泥棒でけっこう! なんだか前にもそんなこと思った気がするけど。
「はい……田中さんが、そう言うなら……信じます」
「まあまあ、きらりちゃん! 今から面白い所へ連れて行ってあげるから、元気出しなよ!」
アリスは時計を確認すると、セーブポイントの扉に手をかけた。
「きらり。オレが君をここに連れてきた理由は、これだよ」
「え?」
4時44分44秒ジャスト。オレたちの世界と異世界が接続される。
オレは旧校舎から一歩踏み出して異世界へ足を踏み入れると、廊下で呆然としているきらりに向けて手を差し伸べた。
「ここは異世界ヴァーンガルド。オレ、勇者なんだ。きらり、オレとアリスと3人で……魔王を退治しないか?」