呪い系美少女きらりん
放課後になって退屈な授業から解放されると、オレはすぐ教室を出た。昼飯を食い損ねて腹はぐーぐーと鳴り、歩くのが少しつらいくらいだ。
4時44分まで時間がある。異世界へ行く前に、学食寄って行くか。腹が減ってはなんとやらだし。
オレは帰宅する生徒の波に逆らうように、学食を目指した。
到着してみると、ジュース片手におしゃべりしている生徒や、おやつ代わりにフライドポテトを頼んでいる生徒もいる。中には、がっつりカツ丼を食っている生徒もいてちょっとビックリだ。
昼休み以外でお世話になることは滅多にないけれど、放課後でもやってるんだなあ。
今までは即帰宅だったから知らなかったけど、学食の新しい側面も見れて、新鮮な気持ちになる。
さて、何食うかな。
オレもがっつり食いたい気分だったので、カツカレーを注文した。そして、隅っこの席に腰を下ろす。真ん中辺りも空いているけど、かなり居心地が悪そうだ。
「いただきます」
カツにカレーをからめて口に入れた瞬間、強烈な負のオーラを感じた。
胸を締め付けられるような、呼吸すらも忘れさせる恐ろしい邪気。それは、入り口付近から漂っている。
「げ。田中、きらり……!?」
彼女はコーヒー牛乳のパックを片手にフラフラとこちらへ向ってきた。まるでゾンビが生者の血を求め、さまよっているかのように。
オレはカツを口に含んだまま凍り付いた。ジューシーな肉汁と、カレーの甘さと辛さがみごとに調和したルーが、口の中にめいっぱい広がるが、うまいと感じない。
ちくしょうが。680円も奮発したのに……。
「あの、田中さん」
「ひ!?」
きらりは目の前に座ると、うつむいたたまま小さく呟いた。
まるで暗黒の儀式真っ最中の邪教神殿さながらの空気で張り詰めた学食から、1人また1人と生徒が逃げ出して行く。
オレも逃げてえ!
「その、昼間のことなんですけど……」
呪い殺してくれるわ、もがき苦しみ、むごたらしく死ぬがいい! クケケケケ!
みたいなセリフを予想していたのだが、それは大きく外れることになった。
「ごめんなさい」
「え? 呪い殺すんじゃないの?」
「え? 何で呪い殺すんですか。そもそも私、人を呪うなんて、やったことないですよ。そんな、恐ろしい!」
なら今も全身から噴出してるその暗黒オーラはいったい何なんだよ、と。
「私、初めてだったんです。初めて同級生に声をかけれて……舞い上がっちゃって……高校に入ってから友達なんていなかったから……それも、産まれて初めて男の子に話しかけられて、すっごく嬉しかったんです」
その言葉がぐさりとオレの胸に刺さった。
オレもそうだ。高校に入ってから友達はいない。
アリスみたいな可愛い子に話しかけられて、異世界にまで行ってしまったオレとこの子は何も変わらないじゃないか……。
「それなのに、取り乱して逃げちゃって……私、気持ち悪いですよね?」
「いや、気持ち悪いだなんて思わないよ。オレも友達いないから、田中さんの気持ちはよく解るし……」
「本当、ですか?」
きらりが顔を上げる。
「あ……」
一瞬、見惚れてしまった。その顔は、闇属性に満ちたものではなく、正真正銘きらりと輝いていて……可愛かった。
こんなにも笑顔が可愛い子だなんて、思わなかった。
「嬉しい。やっぱり……私と田中さん、同じなんですね。私、あなたに話しかけられたとき、運命感じてました。ああ、きっとこの人が私の王子様なんだなって」
闇属性から一変して、聖女のような神々しいオーラを放ったきらりは、オレの手をぎゅっと握り締めた。
学食の空気が邪教神殿から、神聖な楽園へと変貌する。小鳥がきらりの周りに集まり、ちょうちょが学食に舞い込んでくる。ホーリーきらりが降臨した。
「いや、運命って。そんな大げさな」
「いいえ! きっと私達、結ばれる運命なんです。20年後の今日、月姫と星姫2人の娘に、パパとママは運命的な出会いをしたんだよ。世界はこんなにも美しいんだよ。輝いてるんだよ。あなた達にもきっと素敵な王子様が現れるわよ。って、聞かせてあげれるでしょう! ね、そう思いません?」
重い。この子、ものすごく重いよ! ていうか、子供は戸波頭と琉美威じゃなかったのよ。相変らずキラキラしすぎだよ。名前なんて、太郎と花子でじゅうぶんだよ!
「いや、ちょっと待って。だからオレは、君にそこまでの感情は抱いていないというか……何で子供ができたときの話にまでなってるの」
「ひどい! ……やっぱり、私のことだましたんですね? 遊んでいたんですね? 体が目的だったんですね?」
学食の空気が神聖な楽園から、再び邪教神殿へと変貌する。
「ゆる……さない。許さない許さない許さない!!」
小鳥はその場で気絶し、ちょうちょは力尽きて床に落ちた。ダークきらりが降臨したのだ。
「あ、ああああああああああ! いや、そうじゃないんだって!」
寒気のするような瞳でオレを見つめるダークきらり。呪い殺されそうだ。
「じゃあ……どうして私に話しかけてきてくれたんですか?」
「それは……どうしても君が必要だったから、だよ」
「え」
誤解を生みそうな発言だな。一気に話してしまおう。死にたくないし!
「実は今。とある問題を抱えてるんだ。それを解決するためには、どうしても君の手を借りなくちゃいけない。詳しいことは、4時44分に旧校舎最上階の一番奥の教室で話すよ。それじゃ!」
オレは愛しいカツカレーを置き去りにして、その場を逃げ出した。
後ろを振り向かずに全力でダッシュする。そして、近場にあった男子トイレに駆け込むと、息を整えた。
疲れる。田中きらりの相手をするのは、果てしなく疲れる。