セーブポイント
オレはアリスに手を引かれ村の外に連れ出された。途中、村のエルフ達にあいさつをされたり、握手を求められたりして、感謝されまくってかなり照れる。
山賊を撃退した件で、異世界人の株は相当上がったようだ。なんだかすごく気分がいい。人に感謝されるのって、初めてだったし。
「陶冶くんのおかげで、すっかりエルフ村の人たち、機嫌がよくなったよ~。私が初めて村に来たときは、みんなむすっとしててさ~。ちょっと女の子のスカートめくったり、タンスを漁ったら怒られるし……んもう」
「何がんもうだ。それは怒られるだろう」
アリスと一緒に森の中へ入る。木々の隙間から差し込む光が、気持ちいい。
静かで、耳をすませば川を流れる水の音が聞こえる。涼しくて柔らかい風がオレのほほを優しくなでた。
「いい所だよな、ほんと」
「そうだね。何度ここに来ても飽きないなあ。あ、ほら。あそこ!」
アリスが指差した場所には、西洋風の厳かな教会があった。確かあれは……旧校舎からこっちにきたときに見たやつだ。
「この教会が、私達の世界とこの世界をつなげているの」
「ふーん? じゃあ、あの扉の向こうが……旧校舎なのか?」
「そう! ほらほら!」
アリスが教会の扉を開けると、そこには夕日が差し込む旧校舎の廊下があった。
「この扉は、私達異世界人にしか開けないの。原理はわからないけど、この教会が世界の境界を越える力を持っているんだって。境界を越える教会だってさ、ぷ……くく!」
アリスは何が面白いのか、腹を抱えて笑い出した。いや、ウケるとこじゃないだろそれ。もろにオヤジギャグじゃねーか。
「でね。この教会は世界中のあちこちに設置されてて、そのどれもが学校の旧校舎に繋がってるの。他にはこの近くだと、ランドール聖王国の教会だってエルフ村の長老が言ってた」
「ん? それだと入り口1つに対して、出口が複数あるな」
「それはね、こちらの世界の入り口は最後に通った教会の扉に出ることになってるみたいなの。最初にこの世界に来た場合は、エルフ村のこの教会がデフォルトなんだって。これも、先代勇者が設定したらしいよ。この辺りのモンスターは世界中で一番弱い部類らしいから。ネトゲでいうと、初心者エリアみたいな感じ?」
のわりには、レッドドラゴンがいたじゃないか。
「で。ここからが君が一番知らなかったこと。今、この扉の向こうの時間はどうなってると思う?」
アリスは教会を背に振り返ると、手を後ろに組んで顔をずいっと近づけてきた。
「一週間後の……オレたちの世界じゃないのか?」
「それじゃ、戻ってみようか。正解はその後で! えい!」
「おわ?!」
アリスの掛け声でオレは背中を押され、元の世界に――旧校舎の廊下に戻ってきた。
オレンジ色に染まった廊下には、運動部の掛け声が聞こえる。中庭を見れば、爆破したくなるようなバカップルがベンチで羨ましいことをしていた。
「元の世界、だな。戻ってきたのか」
今まで夢でも見ていたんじゃないか? 一瞬そう思った。けど、後ろを振り向けば静かな森があって、ユニコーンが横切って行ったのが見える。やはり、これは現実なのか。
「ただいまおかえりー! こっちの世界の空気は好きじゃないけど、やっぱ懐かしい感じがしちゃうよね!」
廊下の窓からアリスが顔を出し、空気を思いっきり吸い込んだ。
「お前ら……こんな所で何してるんだ」
「あ、先生……あの、オレ……」
声がして振り向くと、一週間ぶりに見る担任の顔があった。
「そこの先生! ちょっと質問でーす」
アリスは窓から顔を引っ込めると担任の前に出て、手を挙げて質問する。
「何だ、田中。って、田中が2人いると面倒だな。えーと、田中アリス。先生のスリーサイズでも教えて欲しいのか」
「いえいえ! そいつはノーサンキューです。ところで先生。今日、何日でしたっけ?」
先生は怪訝な顔をすると、ポケットから携帯を取り出して画面を見た。
「あ? 何だ知りたくないのか。ええと、今日は5月の……13日。月曜日だな。それがどうかしたのか?」
「え」
同じだ。オレが初めて異世界に足を踏み入れた日と。いや、正確には時間が進んでいない?
「ありがとうございます、先生」
アリスは可愛らしく笑って頭を下げた。その姿は、オレが知る普段の田中アリスだ。女の子のスカートを嬉々としてめくろうとする、オヤジめいたあのアリスじゃない。
「ま、それはそれとして。お前らも早く帰れよ。もう5時だぞ。っと、もうすぐ職員会議の時間じゃないか。じゃあな。ああ、田中陶冶。ちゃんと宿題やってくるんだぞ」
「あ、はい」
先生はそういい残すと背中を見せ、去って行った。
「わかった? この世界と向こうの世界の時間はリンクしていないの。つまり、向こうの世界で何年過ごそうが、こちらでは一秒も経過してないわけ。逆も然りよ。こちらで何年経っても、向こうでは一秒も経過していない。次元を司る魔法のおかげらしいんだけど……詳しい話は明日、エルフ村の長老にでも聞いてみて」
「ああ。それにしてもなんというか、便利だな……」
「ただ、あちらの世界に入るには、午前と午後の4時44分44秒でなければいけないけどね。私はこの扉を、セーブポイントって呼んでる。RPGみたいに、前と同じ場所、同じ時間から再開できるから」
「そっか。なら入る時間は放課後、だな。午前4時じゃ学校も閉まってるし」
「うん。あ、そうそう。もう1つ注意点が――」
会話の途中で、アリスの携帯が着信メロを垂れ流した。アリスは「ちょっとごめんね」と言って電話に出る。
なんとなく中庭に目を向けると、さっきのバカップル男子が、バカップル女子の上着を脱がそうとしていた。こんなとこで何ヤってるんだよ。
「……リア充爆発しろ」
ぼそっと小さな声でそう呟くと……オレの足元に魔方陣が描かれて……バカップルの隣にあったゴミ箱が粉々に弾け飛んだ。
「……え?」
「ごめんね陶冶くんー、話の途中で。でね、注意点なんけど、こっちの世界でも魔法が使えるから、気をつけてね!」
「そういうことは早く言ってくれ!」
「ありゃ?」
中庭で起こった異変にアリスは気が付くと、すぐに窓から飛び降りた。そして、爆発に巻き込まれたバカップルに掌をかざす。回復魔法か。
オレも急いで階段を駆け下り、アリスに合流する。
「気絶してるみたい。幸いケガも軽傷だからよかったけど……陶冶くん、今度からは気を付けてね?」
「ごめん……」
まずいな。まさか、魔法の力がこっちの世界でも発動してしまうなんて。さっきはまったく爆発をイメージせずに軽く呟いただけなのに……。
「私が回復と補助魔法だけにした理由はこれもあるんだよね。陶冶くんは当分、燃えるとか爆発とか口にしたり、イメージしたりしちゃ、ダメだよ?」
「え? いや、そんなの無理だろ!」
ゲームとかアニメ見てる間に家が爆発したらどーすんだ。
「んん~。そうだなあ。しょうがない。じゃあ、これあげる」
アリスは制服のポケットをまさぐると、古くて汚い指輪を取り出した。
「なんだよ、それ。なんかばっちいな」
「魔力を制限する指輪。村の人からパク……もらったヤツだから。気にしなくていいよ」
今、パクとかいったよな。盗んだのか? まあ非常事態だし、とりあえず借りておこう。
アリスから指輪を受け取り、それをはめる。明日エルフ村に行ったら、とりあえず謝っておくか。
「……これで大丈夫なのか?」
「うん。陶冶くんがちゃんと魔力コントロールできるようになれば必要ないんだけど、当分はそれを付けといて。こっちの世界で山一つ吹っ飛ばしたら、さすがに大問題だし。てへぺろじゃ済まないからね?」
「ま、そうだよな……」
オレのてへぺろで済んだら、警察いらんわな。
「さてさて。今日のところはこれでパーティー解散! いいかな陶冶くん? 家に帰るまでが冒険なんだからね! 最後まで気を抜いちゃダメだぞー。さ、いこいこ!」
「遠足かよ」
アリスと中庭を去ろうとしたとき、後ろでもの音がして振り返ると、バカップルが再びイチャコラしてやがった。
アリスの回復魔法には、精力増強もあるのか?
偶然とはいえ巻き込んでしまった罪悪感も、背後から漂う女の甘い声でどこかへ吹っ飛んでいた。ちくしょう、もう一回爆発しろ!
殺意を腹の奥に押し込んで再びオレは歩き出した。
「さてさて。また明日だね! 明日はエルフの長老さんの長くてありがたいお話を聞きにいくんだけど……実はもう1人仲間が必要なんだよね。3人の田中がそろわないと、魔王城の封印を解けないとかなんとかで」
校門までたどり着いたとき、アリスが立ち止まり手をポンと叩いた。
「ふうん。仲間、ね。名字が田中でないとダメなんだよな?」
「もちのろん! というわけで、明日の昼休みは仲間探し! 出会いの酒場へ行くよ、陶冶くん!」
出会いの酒場……って、高校に酒場とかねーよ。
「昼休みに、学食集合ね! それじゃ、ばいばーい!」
学食のことかよ、出会いの酒場って。
「ああ、ばいばい」
可愛らしく手を振るアリスに、ガラにもなく手を振ってしまった。
アリスはゆっくりとかつ、優雅に。清楚な美少女のお手本のような後ろ姿を見せ、去っていく。
「田中アリス……何なんだ、あいつは」
成績優秀、スポーツ万能、学年一の美少女。
それがついこの前までの認識だった。
だが今は、スカートめくりが趣味の異世界勇者だもんなあ。よくわからん奴だ。
ああ……色々ありすぎて頭が混乱してきたよ。とりあえず早く帰って寝るか。
「ぷっ……くくく!」
前を歩いていたアリスが突然立ち止まり、振り返ると爆笑しだした。
何だ、何なんだ。オレ何か笑われるようなことしたか?
「境界を越える教会だってさ、ぷ……くく!!」
そう言ってアリスは再び歩き出した。
ああ、それまだ引きずってたんだ……ていうか、そんなにウケるとこだったんだ。
解らないことだらけだったが、コレだけは言える。
――田中アリスはド変人だ。