陰陽師と猫神さま
「……はぁ~……」
落ち込んだ姿の小柄な男子。ある家の陰陽師で、名前を久利生康雪という。なぜ落ち込んでいるのか。その理由は……
「まぁまぁ……ドンマイドンマイ!失敗することもあるぜぃ!」
「……言うな……」
仕事が上手くいかないからだ。康雪に話かけるのは、犬の妖魔。
陰陽師。古来より妖魔を払いし者として闇の中に生きてきた系譜。そんな一族、久利生家の生き残り。久利生家は数年前に、妖魔に攻めこまれて滅んだ。偶然、康雪は出掛けていたために助かったが。
そんな彼は今、土御門家の傘下にいる。しかし、康雪はある問題を抱えていた。
(適性らしき適性なし……)
陰陽師にはタイプが存在する。
妖魔を使役、妖魔や邪気などを払う【使役師】。
術をもって、妖魔や邪気などを払う【術師】(その中でも結界術に秀でるものは【結界師】とされる)。
肉体に妖魔を宿し、その力で妖魔や邪気を払う【妖魔宿師】。
康雪は【使役師】、【術師】、【結界師】、【妖魔宿師】においてそこそこの適性を持っている。それゆえ、彼は陰陽師としては完成できていなかった。
本来、陰陽師は3つの内の一つに適性が出る、もとい偏りが生じる。それをもとに、陰陽師としての完成を目指すのだ。しかし、偏りがないということは、平均的な能力しか身につかないことに等しい。
先ほどまて土御門家の、【使役師】の重役による試験を受けていた。試験官が、犬の妖魔なのだ。この妖魔の話を聞いた重役が合否を決めることになっている。
因みに、【妖魔宿師】は不合格、「ある程度は使用可能レベルであるが、教授したいとは思わない」とのこと。【術師】はこれからである。
それから数日後、康雪のもとに【使役師】の合否が伝えられた。結果は、不合格。「見込みあり。しかし教授しようとは思えない」と言われた。
「……はぁ~……またか……」
結局、【使役師】も【妖魔宿師】も不合格だった。つまり、【術師】が合格しなければマズイ。土御門家とて、役立たずを置いておくわけにもいかないのだ。
「でも、苦手なんだよなぁ~……術……」
土御門家屋敷の一室。テレビやPC、プリンター、机等々が置かれているのは、康雪の部屋。和室だが、かなり近代的なものが多い。
「……ここ追い出されたら……もしかしなくても僕、浮浪者?」
洒落にならないな、と康雪は戦慄する。なんとしてでも合格しなければ、と自身で出来ることを改めて考える。
(符術の簡易結界術、封印術、捕縛術、退魔術……九字の解呪術、退魔術、捕縛術、封印術、あと……縮地……衝波……)
そして、【術師】試験当日。この日、康雪の運命は劇的に変化していく。それは、神のみぞ知る。
「……思いっきり街中……」
試験内容、仕事は「神社近くに出没する妖怪の討伐」。出てくる妖怪が、神社近くで確認された。種類としては鬼らしい。神社の近くを通った人が襲われたとの情報が寄せられている。
「……鬼か……はぁ~……不幸だ……」
今回は誰も同行しないとのお達しが来ていたことを思いだし、康雪はため息を吐く。そんな彼の服装、学ラン。
土御門家曰く「学ランは学生の正装だから」。単なる言い訳だ。康雪にお金をかけたくないだけである。
暫く歩き、例の神社近くにたどり着く。そこは、異様な程に静まり返り、密度の高い妖気が漂っていた。
「……酷いなこれ……」
その空気に思わず顔をしかめる康雪。その背後から、近づく巨大な影。鬼が来たのだ。
直ぐに鬼に気づいた康雪は、すばやく九字を切る。退魔術で、鬼を吹き飛ばす。
「……げっ……」
その姿は、実に怖い。身長は優に2mは越えている。赤い肌に、体は筋骨隆々の太い線が目立つ。右手には、武骨な金棒。頭には立派な二本の角。
「ニンゲン……コロス……我ラノ主……救ウタメ……死ネ!!」
鬼の振り回す金棒を避ける。金棒は康雪ではなく、道路のアスファルトを派手に粉砕。康雪は鬼が金棒を振り上げた瞬間に脇を通り抜け、神社へと入った。
(道路は危ないけど、神社の敷地内なら多少は暴れられる……)
しかし、康雪には引っ掛かることがある。鬼の主とは、つまりは酒天童子。その妖怪は京都の平等院にその頭を奉納されたはず。
こんな街中に、その酒天童子がいるはずはない。そのことを伝えてなお、鬼は暴れることを止めない。
「くそっ……しゃあない!!」
九字による簡易結界を張り、鬼の動きを止める。すばやく符を飛ばし、術のための陣を構成する。九字を切る。そして術を発動しようとした、その時。
バキンッと、何かが壊れる音がした。
「…………。……え?」
康雪を置いて、事態は進行していく。音のした方、神社の本堂へと鬼が近づく。そして、神社の本堂からは妖しい声が聞こえた。
「主様……主様!」
『解けたぞ……封印が……封印が解けた!!』
「うっそぉ……まさか本当に?」
戸惑う康雪を置いて、鬼が本堂の扉を開ける。と同時に、巨大な猫の手が、その爪で鬼を貫いた。
『貴様らのような低級の主などになった覚えはない!! 去れ!!!』
爪に妖気を吸われ、体がかなり縮んだ鬼は、その場から逃げようとした。が、康雪の仕事は鬼を滅すること。この好機を逃す手はない。九字を切り、
「滅!!!」
鬼を滅した。ふぅ……と康雪が張りつめていた神経を休めていると、いつの間にか本堂から出てきた妖怪がその隣にいた。
「おい、ガキんちょ!!!お前が封印を解いたのか!!!」
「……猫?」
そこにいたのは、9の尻尾を持つ、金と黒の毛をした猫。康雪の目がおかしくなければ、先ほどの鬼を貫いた爪は、こんな小さい猫のものではなかった。
だが、この猫からは妖気を感じる。察するに、かなり強力な妖怪のようだ。
「多分僕だけど……」
「ふむ……そうか……おい、ガキんちょ。貴様に聞きたいことがある」
「え……僕にわかる範囲でなら答えるけど……」
その猫の質問は、およそ簡単なものだった。
「え~っと……今は西暦20○○年だよ。ここは、▲▲地区だね。僕は陰陽師だよ」
「そうか……む?この匂い……ガキんちょお前、久利生家のものか?」
「え?う、うん。久利生 康雪です。なんでうちのことを?」
「うむ。私の願いを聞き入れて、八俣遠呂智の魂と私を一緒に封印してくれた、良識ある一族だからな。知らぬ訳なかろう?で、お前の一族はどうした?」
「……死んだよ、僕以外みんな……。妖怪たちにね……」
「……そうか……死んでしまったか……」
しんみりとした空気があたりに漂う。康雪は不意に立ち上がる。
「じゃあね、猫の妖怪。僕は帰るよ」
「ちょっと待て、ガキんちょ」
そう言って、立ち去ろうとした康雪をひきとめた猫の妖怪は、こう言った。
「よし、私がお前の式神になってやろう。久利生家の生き残り、康雪とやら。私のことは猫先生とでも呼べ。猫神の水雷炎が真名だが、長いのでな」
「……猫神の水雷炎……」
これが、康雪と水雷炎の馴れ初め。 この出会いを機に、康雪は頭角をあらわしていくこととなる。