オトコの本音―sideアシル―
女は、好きだ。
柔らかい唇も、吸い付くような肌も、俺を見つめる熱を帯びた瞳も。
呼べば来るし、誘えば恥じらいながらも身を委ねてくる。
溜まったものを処理するには、うってつけの相手がこの屋敷には何人もいる。
例え俺が一人に絞らなくても、何も言ってこない。
むしろ、順番争いをしたりと楽しそうだ。
そんな女達は、好きだ。
そして、全員が一緒だ。
誰か一人を気に入ることはない。
全員が全員、俺の中での認識は同じなんだ。
だから名前と顔が一致しないし、わざわざ覚えるつもりも理由もない。
ただ、欲望のままにそこらにいた女に適当に手をつけていく。
そろそろ屋敷中の女に手をつけたかな、という頃。
あいつはやって来た。
子爵令嬢であるらしい、わりと見目の整った女。
エリクが自分の側にと父親に乞う程気に入っているその女に、俺は興味を持った。
でも、他の女とそう認識は変わらない。
ただ、エリクが気に入っているというだけ。
一日目。
朝早く俺を起こしに来たそいつを、シーツのなかに引っ張り込んだ。
きょとんとしたそいつは、寝ぼけているのかと笑って何事も無かったかのようにシーツから抜け出した。
二日目。
喉が渇いたと言ってそいつを呼び寄せると、寝台に押し倒した。
熱か目眩かと騒がれ、侍女長と屋敷に住み込みで働く医者を呼ばれた。
三日目。
背後から抱き付くと、変態扱いされた。
そのうちにそいつの俺を見る目が変わってきて、砕けた態度やあしらう仕草をよく見せるようになった。
だけど、俺に対して好意の目を向けることは一度も無かった。
"おい"と呼ぶと"アリエルです"と不貞腐れたように言われた。
そんな仕草が、不覚にも可愛く思った。
俺とあいつが執拗に仲良くしていても、誰も咎めることはなかった。
俺に想いを寄せる侍女達も、気にしていないようだった。
それは、あいつがエリクを想っているから。
エリクだけを想って、エリクの側にいたいという強い思いで、この屋敷にいるから。
屋敷の誰もが、あいつを見守っていた。
周囲の人間に見守られて、あいつはいつも笑って過ごしていた。
俺の前でも、いつでも。
あいつの笑顔を見ていると、どこかほっとした気持ちになった。
だけどあいつが笑わなくなって。
何故か、俺の部屋に入り浸るようになって。
原因がエリクだと知って、俺の中で止めていたものが、少しずつ動き出した。
あいつが必死に涙を堪えていたあの時。
無意識に俺は、小刻みに震える細っこい身体を引き寄せていた。
折れるんじゃないかという程両腕で強く抱き締め、そして涙で濡れた赤い唇に掠めるようなそれを落としていた。
そして戸惑うあいつに、"好きだ"と囁いた。
「アシル様、私とのキスのこと、わざとエリク様に話しましたね?」
「……なんだ、もうばれたか」
「ありがとうございます!私達の間を取り持つために…私達に気持ちを伝えるきっかけを作るためにわざとあんなことをしてくれたんですね!」
……そう解釈するのか、こいつの場合。
そもそも俺がそんなお人好しだとでも思ってるのか。
呆れて見ると、その表情はどこか不自然で。
そうであると確信してるというよりは、そうであって欲しいと願っている顔だ。
つまりこいつは、俺の気持ちを無かった事に聞かなかったことにしたいと。
俺のあの行為に気持ちは込もっていなかったと信じたいと。
……まぁ、それでもいいか。
どうせ、もう叶う事のない想いなら。
いっそ、無かった事にしてしまえば。
「当たり前だろ、俺様に感謝しろよ。んであいつともよろしくやってろ。また泣きつかれたらおちおち女も連れ込めないからな」
にやりと口角を上げて言ってやると、一瞬きょとんとしたあいつは呆れたように笑った。
エリクにくれてやるのは負けた気がして良い気はしないが、まぁでも…
こいつがこうして笑っていられるなら。
それを側で見ていられるなら、それでいいかな。
さて、今日はどの女を連れ込むか…
不意に目に留まった侍女に、俺は小さく手招きをした。