据え膳とはこのことですか
エリク様が私の部屋で一夜を過ごした翌日、彼は熱を出してしまいました。
きっと寒い私の部屋でなにも被らずに寝てしまったからでしょう。
ああ、なんてお痛わしい。
エリク様が風邪をひいてしまったのは私のせいだということで、彼の身の回りのお世話をすることになってしまった私。
面倒?いえいえ、滅相もございません。
弱った彼を看病するだなんて状況、これまた何度夢に見たかわかりません。
「今からエリクの所か?」
廊下を歩いていると、背後からそう声をかけられました。
振り返ると、そこにはアシル様が。
「アシル様。はい、一日看病をするようにと侍女長からのお申し付けですので」
そう私が笑ってお答えすると、アシル様は何やら不穏な笑みを口元に浮かべます。
ああ、嫌な表情です。
「据え膳だからって食ったら痛い目見るぞ」
据え膳……一体何の事でしょう?
そんな事よりも、エリク様のお部屋へ急がないと。
ノックをして、エリク様のお部屋へ足を踏み入れます。
この一月間幾度となく訪れたこの部屋は、未だに緊張する場所です。
なんたって、この香り。
扉を開けた時点で既にエリク様の香りが鼻孔を擽ってくるのです。
奥へと進むに連れて、それはもう媚薬にも似た作用を私に与えてきて……ああ、今日はいつにも増して妖艶な雰囲気が寝室中に漂っています。
そっと寝台の上に横たわるエリク様を覗き込むと、私は心臓を鷲掴まれたような感覚に襲われました。
閉じられた瞼には長い睫毛がきらきらと光っていて。
額に光る汗と、赤らんだそのお顔。
ああ、なんてお美しいのでしょうか。
その上、本日のエリク様はいつもはない"色気"というものを纏ってらっしゃいます。
アシル様のよろしくない色気とはまた違った、女性のように麗しい色気を。
艶やかな赤い唇が少し開いていて、少し荒い息が漏れていて……ああ、なんて美味しそごにょごにょごにょ……
いけないいけない。
いかがわしい感情なんて捨てて、今はエリク様の看病に徹しましょう。
冷たいお水でタオルを濡らして、エリク様の汗ばんだ額を脱ぐっていきます。
ああ、どうしましょう。
エリク様の額から熱が伝わるように、身体中が熱くなっていきます。
「ん……っ」
エ、エエエエリク様!
なんてお声を出されるのですか!
そんな、そんな潤んだ目でこちらを見ないで下さい!
「アリエル……?」
「は、はははいっ!」
驚いてタオルを当てていた手を引こうとすると、エリク様が突然手首を掴まれました。
掴まれた手首から、またじわりと熱が伝わってきます。
私がその手首を見てあわあわと沸騰しそうになっているのに気付いたエリク様は、申し訳なさそうに手を離されました。
「ごめん…冷たくて気持ちよかったから…」
まるで耳と尻尾を垂らした犬のように、しゅんとしたエリク様。
ああ、どうしましょう。
私の理性はそろそろ吹き飛んでしまいそうです。
「なん、か…身体が熱いんだ……」
ひいぃぃぃ…っ!!
エ、エエエエリク様!!?
わ、私の前でそんな、辞めてくださいっ!
なんて口に出せる筈もなく、自分の夜着のボタンを一つ一つ外していくエリクさまを凝縮するはめになった私。
額から頬、顎、首筋へと流れていく汗が、なんとも言えない色気を醸し出していて。
ああ、その滑らかなお肌に触れたい……
「アリエル…」
「は、はい!」
「手…貸して?」
そう言うや否や、掴んだ私の手を強く引いたエリク様。
なななな、なんということを…!!
余りの勢いにバランスを崩した私は、あろうことかエリク様の胸に抱き止められてしまいました。
しかも、す、素肌………っ!!
思わずエリク様の胸を押して身を離そうとした私。
がしかし、再び強い力で抱き寄せられてしまってさっきよりも密着してしまいました。
首の後ろと腰に巻き付く様に添えられているエリク様の腕と頬に当たる熱い肌の感触に、私の頭は沸騰寸前です。
「冷たくて、心地いい…」
ほっとしたように言ったエリク様は、そのままぐらりと寝台に身体を沈めてしまいました。
私を、抱き抱えたまま。
据え膳……
ああ、これがアシル様の言っていた……。
その後三時間眠り続けたエリク様。
その間どう足掻いても外れない腕に撃沈していた私は、にやにやと部屋へ入ってきたアシル様によって救出されたのでした。