最強の武器(対私用)炸裂です
さてさて、慌ただしく朝の日課を終えた私は、通常の業務に戻ります。
エリク様とアシル様の専用のお世話係りは、朝の担当が私である様に、お昼の担当、夜の担当(変な意味ではなく。)とそれぞれ交代します。
(ちなみにアシル様には深夜のごにょごにょの担当が複数名いるとかいないとか。)
しかし侍女さん達はこぞって日替わりでアシル様の担当を奪い合っているため、エリク様の担当はお昼も夜も私が担当なのです。むふふ。
残念なことにエリク様より"必要な時以外は付きっきりじゃなくていいよ"というお言葉を頂いているため、日がな一日エリク様のお側にいるわけではありません。
朝食時、昼食時、夕食時が私がエリク様のお側にいれる夢のようなお時間なのです。
エリク様が望むのなら、朝から晩までお側にいますのに。
いっそ、夜のごにょごにょのお相手だって張り切ってごにょごにょごにょ………。
それくらい、私はエリク様が大好きなのです。
なのでなので、今日こそは念願のあれ、絶対に成功させます。
なんとしてでも、エリク様にはあれを受け入れてもらうのです。
「エリク様、はい、あーん」
そう言って柔らかいお肉を刺したフォークを形の良い唇の前に持っていくと、いつものごとくやんわりと手を押し返された。
「ははは、自分で食べれるよ」
そう笑って言ったエリク様は、私からフォークを取り上げようとなさいます。
が、しかし!今日のアリエルは、こんなもんじゃあくじけません。
「今日という今日こそは、絶対に引きませんからね!エリク様が"あーん"に応じて下さらないのなら、私は今日から食事を摂りません!」
これぞ、私の必殺技!
こう言えば、お優しいエリク様はきっと"あーん"に応じて下さるはず!
そう考えながら目をキラキラと輝かせてエリク様を見つめると、エリク様は困ったように柔らかく微笑まれました。
「我が儘言わないで、アリエル」
儚げなその笑顔に鼻から吹き出そうな何かを必死に堪えながら、私はあっさりフォークを渡してしまいました。
ああ、完敗です、エリク様。
そんな顔をなさるなんて意地悪です、エリク様。
だけどそんなあなたも素敵です。
うっとりと主の食事姿を眺めていた私は、それに気付いて照れたようにはにかんだ彼のお陰で抑えていた物が一気に鼻から吹き出しました。
なんという失態……
エリク様のお洋服(と顔)を、己の鮮血で染めてしまうなんて。
それなのに自分の服よりも私のことを心配して下さったエリク様は、やはり天使のようなお方です。
ああ、エリク様、大好きです。
仕方がないので、憧れの"あーん"は諦めます。
きっと本当にしてしまったら、鼻血どころではすみません。
「あ、気が付いた?」
「エリク、様…?」
間近にあった美しいお顔に驚いて起き上がると、どうやらは侍女見習いである私に宛がわれた部屋のベッドに横たわっていたようです。
そして何故か、その横に椅子を寄せてエリク様が座っているではありませんか。
窓の外は、既に真っ暗。
こんな時間にエリク様と二人きりだなんて、こんなに嬉しい事がありましょうか。
何度この状況を頭で思い浮かべて妄想に浸ってきたでしょう。
緊張しすぎて、今にも心臓が口から出そうな気がして仕方がありません。
カーっと顔に熱が集まり、あわあわと私はシーツで顔を隠します。
「エ、エエエエリク様、この様な汚い部屋に来てはいけませんっ…その、散らかってますし、あまり換気もしてないのでほこりっぽ……」
「そんな事気にならない。僕は君が心配なんだよ、アリエル」
心配げに眉を寄せて言ったエリク様のお顔は、もはや神秘的と言える程美しゅうございました。
そんなお顔に卒倒しそうになりながらも、私はぐっとこらえます。
我慢するのよ、アリエル。今倒れたら勿体なさすぎます。
「またいつもの発作?あまり無理をしてはいけないよ」
エリク様は、私に心臓かどこかの持病があるとお思いです。
私があまりにも自分の前で鼻血を吹いたり倒れたりするものだから、きっと勘違いしてしまったのでしょう。
申し訳ない気もするのですが、本当の事を話すわけにもいかないので、この件に関してはそっとしておくことに決めています。
「ほら、もう少し休んで」
そう言って私の身体を横たえようとするエリク様に、私はとんでもないと首を振ります。
「だ、だめです、まだお仕事が…」
「駄目だよ。アリエルが大人しく寝ないのなら、僕は今日から睡眠を取らないからね」
まるでお昼の私を真似するかのように言っていたずらっぽく微笑んだエリク様は、それはそれは可愛らしくて…
本日一の胸キュンを味わいました。
これ以上エリク様にご迷惑をおかけするわけにはまいりませんので、うっとりとした感情のまま目を瞑って大人しく寝ることに決めました。
そして言葉通り私の意識が途絶えるまでエリク様はずっとそこにいて、手を握っていて下さいました。
ああ、なんてお優しいのでしょうか。
お陰さまで良い夢も見れて気持ちよく早朝に目を覚ました私は、思わず目を見開きました。
なんということでしょう、エリク様は椅子に座ったままベッドに伏せるようにして眠っておられるではありませんか!
私はなんて失態を……
その日のうちに、私の部屋でエリク様が一夜を過ごしたという話がお屋敷の従者中に知れ渡ってしまったのでした。