速さ
ほかのサイトに投稿したものを、せっかくだからとこちらでも投稿させていただきました。
短いです、5分で読めます。
その日は、一週間続いた長雨が終わり、からっと晴れた日だった。
「暑いな」
少年が呟く。
少年はプールサイドに立ち、幼馴染を眺めていた。
幼馴染は、50mプールをまるで魚のように泳いでいる。
少年は、幼馴染がプールの端から端まで到達する時間を計っていた。
幼馴染が水しぶきを立てて壁に触れる。
「タイムは!?」
快活そうな少女である。
ショートカットの茶髪は水に濡れて、ツンツンと剣山のようにとがっている。
意志の強そうな瞳は、自らの結果を知りたくてうずうずしている。
ゴーグルをつかんだ手も、落ち着きなくそわそわしている。
「26秒56、カナの負け。あとコンマ56、おしかったね」
勝ち誇った顔の少年の顔を、親の仇のように見つめる少女。
よほど悔しいのだろう、歯ぎしりの音さえ聞こえてくる。
その後、幼馴染は少年の指導の元、日没前まで泳ぎ倒した。
「悔しいなー、なんであとちょっとで勝てないんだろう」
市民プールからの帰り道、幼馴染は毒吐く。
「カナは無駄な力が入りすぎなんだよ。水を押すんじゃなくて、水を流すことを意識すればいいんじゃないかな?」
夕焼けに照らされた少年の顔は真摯に幼馴染を見つめている。
幼馴染は目線を合わせることはできなかった。
さっと目をそらしうつむく幼馴染。
その頬は、夕焼けに照らされたせいか、妙に赤かった。
幼馴染は、それを隠すように大きな声で少年に言う。
「分かった、分かったよ! 明日はそうするから、もう今日はこれでおしまい!」
「あ、おいちょっと!」
逃げる幼馴染と、追いかける少年。
少女の顔は、満面の笑みに彩られていたが、少年がそれに気が付くことはついぞなかった。
足の速さでは少女に軍配が上がった。
少年は頭の中で、明日からの練習メニューをよりハードなものに作り替えていた。
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