voiceless date
こういうカップル、最近公園とかで見かけないなって、思いませんか?でも、見かけたら見かけたで、なんかこっちがくすぐったくなっちゃいそうです。
夏の訪れを感じる、とある日曜日。
お互いがそれぞれの生活を送り、二週間に一度のペースで会うことがやっとだけれど、会うごとにふたりの絆は強まっていく、そんな関係のカップルが、ゆっくり公園の中を歩いている。
「ここんとこゆっくりお昼食べる時間がなくってさ」
「そっか」
「コンビニでなにかパンでも買って口に押し込みながら食べるって感じが続いててさ。今日みたいにゆっくりできる時間が持てて嬉しいよ」
「うん。お昼なに食べる?」
「天気もいいし、外で食べよっか。近くにどこか美味しいもの売ってるとこあるかね。野菜系を食べたいな」
「野菜は大事ー。栄養摂らなきゃ!そうだね、サンドイッチとかなんかあるかな」
「探してみよっか」
「うん」
付き合い始めて一年近くが経った。
出会いはとある生花店にて。
彼女が働くその店に、たまたま彼が会社の用事で足を運んだのがきっかけだった。
まだ入社したばかりだった彼は、社内の勉強会兼講演会に出席するゲストへ渡す花束を買ってくるように上司から言われ、会社の近くにあったその店にあわてて駆け込んだのだった。
そこで対応してくれたのが、彼の今の彼女。
あくせくしながら必死に会計まで済ませようとする彼に、彼女はゲストの年齢などに合った花を選んでは誠実に対応した。
毎日がせわしなく駆け抜けていた彼の目に映った彼女はまるで、玄関先に咲くひたむきな小花のようだった。目を留められることもなく、けれどふとした瞬間に気づかれ、そのまっすぐに色を放つ美しい小花のようだった。
それからというもの、彼は時間ができるとその生花店に足を運ぶようになった。
彼女が出勤していない日にはなぜだか気持ちが満たされず、少しでも顔を見れただけで足取りが穏やかになれたり、雨の日にスーツがびしょぬれになった時にタオルを貸してもらって雨宿りをしたり、なぜか長い時間会話をしないでも、そばにいられるというだけで一週間分の幸せを受け取れるような、そんな体験・気持ちを彼は持てるようになった。
彼女のほうも、彼の顔を見ることが自然と楽しみになっていった。
気づいたら自分の顔が店の入り口を向いていたこともしばしば。
晴れた日でも彼に会えないと切なくなる。けれど、雨の日に彼と会えたら気持ちはそれだけで甘いミルクのようになれていた。
「おいしいね、このハムサンド」
「もーう。野菜避けてる。さっき野菜食べたいって言ってたのに」
「スタミナも、付けなきゃさ!」
「都合いいなあ。はいっ。こっち、野菜多いほう!」
「炭水化物と野菜類はこれでしっかり摂れて・・・あとはなんだ?無機質?」
「ってことで、はい、チーズ」
「おお、チーズ入りのも入ってたんだ。なんかさっきの由果の言い方、写真撮影みたいだった」
「はい、チーズって?」
「うん」
「すごい。即席カメラマンになれちゃった」
「すごかった」
「サンドイッチもすごい。いろんな栄養摂れるんだね」
「便利な食べ物」
彼女の名前は由果。自由の由に果実の果。両親は彼女に、まるで果実のように自由にみずみずしく育ってほしくて、この名前を付けた。
彼の名前は恵吾。周囲に恵みを与える子に育ってほしくて、彼の両親はこの名を付けた。
しかし実際は、由果の名の由来は恵吾に通じ、恵吾の名の由来は由果に通じていた。
由果はおとなしい性格で口数もそんなに多くなく、しかし辺りに温かさをもたらした。
恵吾は自分の好きなことも含めて極めて自由に大胆に動き回る、いわは行動肌の持ち主。
そんな二人が、出会って、一年半が経とうとしていた。
何度も店頭で顔を合わせるのちに、恵吾は由果に声をかけた。
「どこか、ドライブにでも、行きませんか?」
それからのち、由果が恵吾より一歳年下だということが分かったが、彼らは年齢差を意識することなく、出かけることが増えた。
映画を観に行ったり、食事したり、サイクリングしたり。
出会ってから半年が過ぎ、恵吾のほうから想いを告げると、由果も同じ想いを抱いていた。
ゆえに二人は恋人となった。
「明日、出張で朝早くってさ。家を7時前に出ないと間に合わなさそうで」
「7時前?早いね」
「おれ、まだ新人だから、先輩より遅くは出先に着けなくて。誰からも早く来いって言われてないんだけど、なんか暗黙の了解みたいになってて。言葉のない会話が絶対的になってるっていうか」
「・・・暗黙の了解かあ」
「うん?」
由果はどちらかというと、思っていることを内に溜め込みやすい性分で、接客の際もあまり自分から進んで声を出すほうではなかった。
そういうところを、由果はなかなか好きになれず、だから恵吾が自分を好いてくれたことが、最初は「なぜだろう」と感じるばかりだった。
「ことばがないと、やっぱりぎくしゃく感じちゃう?」
「さっきの、暗黙の了解のはなし?」
「うん」
「うーん、そうだね。言わないでもじゅくじゅく響き渡る絶対的なルールみたいな、そういうルールが漂っている状態が、なんかね」
「でもあえて、みんな口に出さないんでしょう?」
「うん。そうだね。出すと、逆にぎこちなさが倍増してしまうから」
「わたし、ひとと話をしている時に、どうしても言葉がつまってしまって、言いたいのに言葉にできなかったりしちゃう。気持ちがあるのに、喉でつっかえちゃうみたくなる」
「いつも?」
「ううん。いつもじゃないよ。時々。まわりが忙しない時にだったり、逆になにもすることがない時にも、時々そうなる」
「そっか」
「でもさ由果、おれは、由果と一緒にいて、会話がある時もない時も、どっちも苦しくないよ。一緒に話せて楽しいし、沈黙でも、由果が隣にいるから、全然苦しくない」
「恵吾がいつも声をかけてくれるから、いつか私からもそうしたいなって気持ちはじゅうぶんにあるの。だけど、気づいたらいっつも恵吾がリードしてくれてる。甘えてばっかりだなって、自分を責めちゃう。こんなこと、言っても、なんの解決にもならないって、自分が一番よく分かっているのに」
「おれのほうこそ、由果に甘えてばっかりだよ。気づいたら由果に連絡してて、由果がどういう心情でいるかって、あんまり分かっていないところがある気がするし」
「私は、恵吾からいろいろなことを聞けて、すごく楽しいし、嬉しいよ」
「そっか。おれもすっごく嬉しいよ」
「話したくなったら、話してよ。おれは由果の雰囲気とか、しぐさとか、なんかそういうところが好きなんだよね」
「うん」
「じゃあさ、今から、ひとことも言葉を発しちゃだめってこと、しようよ」
「うん?」
「発想の逆転」
沈黙がふたりを包み、笑顔がふたりにやってきて、水辺には花びらたちがいろんな模様をつくっていた。
沈黙が幸せに変わる瞬間、ふたりはまた、絆を深め合った。