勝者が語らぬ歴史 2
「ロード・エセル。私は真面目にあなたの話を聞く気でここへ通したのだけど」
「俺も真面目に話をするためにここにいるんだが」
「……本気?」
「俺の人生でも稀に見るほどの本気だ」
確かにエセルの顔は真剣そのもので、冗談で言っている風はない。
「最近は黒魔術で悪魔を呼び出そうとしたり、降霊術を開いたりっていうオカルト趣味に傾倒している人が出てきているって聞いたけど、あなたもそのタイプ?」
「あんな火遊び感覚、面白半分なだけの連中と一緒にするな。俺はあんなお遊びに付き合っていられるほど暇じゃない」
エセルは心底不快そうに眉根を寄せて言い切った。
「あんたが色々言いたいのはわからなくもないが、とりあえず黙って聞いていろ。全部話し終わった後ならいくらでも質問を受け付けてやるから。だから黙っていろ」
念を押すように言われ、彼の妙な気迫に気圧されたというわけでもないが、一応ミラは黙って話を聞くことにした。
そしてエセルは話を再会した。
四人の賢人は大陸で学問を、技術を、魔術を学んだ。そして島に古くから伝わっていた魔術と大陸の魔術との融合に成功し、島へと帰還した。
四人の賢人は知識と技術を与え、島民達を束ねアヴァロン王国を建国した。彼らのリーダー格であったアルザス・ローザペサージュ・アヴァロンを初代国王とし、残る三人が王家を支え、王国の発展のために尽くした。
当初はこの島だけが領土だったアヴァロン王国はそれから怒涛の勢いで発展していく。建国から五十年もする頃には大陸の大国とも並ぶ強国となっていたと言う。
その後もアヴァロン王国は世界中に領土を広げ、建国から八百年を経た現在は世界最大の領土を誇り、押しも押されもせぬ大国となっている。
その異常とも言える速度の発展と、八百年の間に何度となくあった戦争においても一度の敗北もなかった裏には魔術師がいた。
大陸で魔術を学んだ四人の賢人は、王国の発展のために惜しみなく魔術を活用した。
天候を制御し、予言を下し、自然を操作し、国民に加護を施し、病人を癒し、国を守りながらも外敵を駆逐し、アヴァロン王国を他に並ぶもののない強国へとさせた。
初代国王や他の三人の賢人が死んだ後も、彼らの意思と知識は彼らの子孫へと受け継がれていった。
そうやってアヴァロン王国は魔術と共に生きてきた。
「ほんの三百年ほど前まで、アヴァロンは大陸で魔術師の国なんて呼ばれていたくらいだ。いかにこの国と魔術が密接な関係にあったかがわかるってものだろう」
「確かにこの国の発展は半ば伝説扱いだって聞いたこともあるけど……その裏に魔術師がいたなんて言われても、にわかには信じられないわよ」
ミラにとって魔術はあくまでおとぎ話でしかない。そういうものだ、として育ってきたのだ。
だって現実に魔術師はいない。
自称魔術師が詐欺で捕まった話は聞いたことがあっても、本当に現実にはありえないような現象を起こす魔術師になんてミラはお目にかかったことがない。
ましてそんなに長い間魔術がこの国を支えてきたのなら、もっときちんと語り継がれるものではないのか。それこそ子供達に話すような王国の創建の話にだって、もっと魔術師が登場してもいいではないか。
そう訴えると、エセルはどこか気のない調子で話し始めた。
「大陸のいくつかの国で何百年もの間、魔女狩りが頻発していることを知っているか?」
「一応世界史の授業で聞いたことがあるけど」
魔女狩りはその名の通り魔女と噂される人間を狩り、形ばかりの裁判にかけ、虐殺してきたというもの。
魔女と言っても、裁判にかけられた人間は老若男女を問わない。彼らは皆、古い時代に魔術と呼ばれた技術や知識を有していたのだという。
現在の見解では古い時代の因習……たとえば己の欲のために生贄を捧げたとか、古の悪魔を呼び出すために男女の乱交を行っただとか、現代においては野蛮で非道としか見えない風習を実践する人間を魔女と呼んだ。
そして治安を乱す因習の根絶を図った支配階級の政策が魔女と呼ばれる人々を非難するようになり、やがて理解できない風習を恐れた民衆が集団ヒステリーを起こし、大虐殺へと繋がっていったのだと言われている。