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ミランジェ・ヘリテージの回想 5

「私ではロード・エセルの結婚相手が務まらないというお考えにも言いたいことは山ほどありますが、じゃあ父上亡き今はそんな話は白紙に返っているのですよね!? だから兄上は散々私に早く結婚相手を見つけろと言ってきたのですよね!?」

 するとまっすぐ前を見ていた兄はそっと視線を外した。

 いつだって自信に満ち溢れたエドワードからは考えられない稀有な行動だ。それが余計にミラの不安を煽りたてる。

「兄上! 何で視線を外すのですか!? こっちを見て下さい!」

「……クロフォード侯爵は未だお前とロード・エセルとの婚約話に大変期待されている。今朝から何度もそのお話をされた」

「ちゃ、ちゃんとお断りして下さいよ! 兄上はそもそもこの話には反対なのでしょう!?」

「あまり大声を出すな、はしたない」

「これが静かになどできますか! 自分の一生の問題ですよ!?」

「夜も遅いのに元気なものだな、ヘリテージの兄妹は」

 ミラは笑いながら話に割って入って来たエセルを睨む。

「ロード・エセルも何とか言って! いくら当主同士の決めごとだって、当人達の意思に関係なく結婚だなんて……」

「貴族の結婚なんてそんなものだろ」

 何食わぬ顔で言うエセルを見てミラの顔はますます青くなっていく。

 それを見てエセルは大きく溜息を吐いた。

「おい。いくらなんでも本人を前にしてそこまで拒否して青ざめるっていうのはあんまりじゃないか? 傷つくなぁおい」

 エセルはまったく気のない口調でそんなことを言う。

 エドワードは何かを諦めたかのように俯いてしまっている。

 駄目だ。最早頼れる者はない。ミラが絶望に打ちひしがれていると、エセルはどうでもよさそうに窓のほうを見ながら口を開いた。

「まぁ俺も生涯結婚する気はないし、親父殿には俺からうまく言っておくからそう絶望するなよ」

「ほ、本当!?」

 一筋の希望の光にミラが顔を上げると、エセルはうんざりした顔で頷いた。

「本当に。俺も結婚したくないし。そもそも親父殿が俺とあんたの結婚話を進めたがっているのも俺が昔から結婚する気がないって言っていたせいだろうからな」

「そうなの?」

 本性を知れば見られたものではないが、エセルは外見は良い部類に入り、その上大貴族の御曹司だ。彼と結婚したいという女性は少なくないようだし、その気になれば王族とだって結婚できるのではないかというほどなのに、結婚する気がないというのは少し意外な気がした。

「ああ、あなたみたいな人はどうせあちこちに愛人を作って本妻との間で揉めるから?」

 真顔でそう訊くとエセルもエドワードも揃って顔をしかめた。

 けれどミラの口は止まらない。

「そうよね、クロフォード家の爵位やら財産やらで女同士の争いが起きても困るし、跡取り問題だってあるものね。それだったら最初から結婚しないで跡取りは親戚からでも養子をもらえば……」

「エディ。お宅の教育方針はどうなっているんだって?」

 エセルの冷ややかな視線にエドワードは渋面で俯く。

「……上の妹の口が軽いせいだろう。帰ったら釘を刺しておくとしよう」

「何よ、違うの? ロード・エセルはともかく、何で兄上までそんな白い目をしているんですか!? それが妹を見る目ですか!?」

「きちんと箱の中で育てろよ。カゴに入れて育てたせいじゃないか? こんなろくでもない知識ばかりつけて」

「これは当家の問題だ。放っておいて頂きたい」

「だからそう冷たいこと言うなよ。親父殿と先代殿の意見を尊重したら俺はあんたの義理の弟になるんだからな」

「私では貴殿の義兄などという大役は務まりません」

「いやいや。何なら今日から義兄上って呼んでやるよ。ほら義兄上」

「薄ら寒い冗談はやめて頂けませんか。寒気がする」

「ちょっと! 兄上もロード・エセルも無視しないで下さい!」

「しかし当家の妹ではなくとも、早く結婚して身を固めてはいかがか。クロフォード侯爵も奔放すぎる次男殿の行く末を案じておられたが」

「親父殿は豪快な割に妙なところで心配性なんだ。それに俺は昔から言っているが、結婚しない主義なんだ。クロフォード家の跡取りはうちの兄上だし、俺が独身でいたところで問題ないだろう」

 そう言って溜息を吐くエセルの顔はひどくつまらなそうだ。もういい加減この話は打ち切りたいという空気がはっきりと伝わってくる。

 そんな空気を兄がわざわざ読むとも思えずにいたが、意外なことに兄はまだ何か言いたげだった口を閉ざし、ソファから立ち上がった。

「ミランジェ。帰るぞ」

「は、はい!」

 ミラは反射的に返事をしてその場から立ち上がった。

「お帰りか? もう遅いし、何なら客室を用意させるが」

 頬杖をついて座ったままエセルはミラ達兄妹を見る。

「せっかくだが結構だ。クロフォード侯爵にもくれぐれも宜しく伝えておいてほしい。ミランジェ、お前も一応ロード・エセルに世話になったのだ。きちんと礼を言いなさい」

「はぁ、はい……」

 確かに一応世話になっていなくもないが、世話になる元凶はそのエセルにあるのだからお礼を言うのも何だか癪な気がする。だが兄の言葉に従わないで後々面倒を見るよりはまだいくらかマシだ。渋々とミラはエセルに向かっておじぎした。

「この度はお世話をおかけ致しました」

「イエイエ。お気遣いなく」

 ミラの気のない謝礼など見越したようにエセルはにやにやと笑って返してきた。

 やはりいちいち腹立たしい男だ。この男のせいで命の危険まで感じたと言うのに何だって謝礼などしなければならないのか。

 胸の内で不平を呟きながらミラははたと思い出した。

「そう言えばロード・エセル。その……あの焼けた応接間は大丈夫なの?」

 あの様子で大丈夫なわけはないのだが、聞かずにはいられない。 火を放ったのはエセル自身だし、あの部屋が焼けたことに対するミラの責任はないと思う。けれどあれだけ立派な部屋が見るも無残に焼け焦げた様を思い出せば、今後が気にならなくもない。

 もちろん屋敷の一角の部屋だから取り壊すわけにもいかず、修繕するしかないのだろうが、その修繕にかかる費用など考えるのも怖い。

 まだ学生の身のエセルに修繕費を捻出できるとは思えないし、となると実際に修繕費を出すのは父親であるクロフォード侯爵だろう。大資産家であるクロフォード家からすれば大した額ではないかもしれないが、幼い頃に世話になった人に迷惑をかけてしまうという意識はさすがのミラにもある。

 今度クロフォード侯爵に会う機会があったら一応謝罪しておくべきだろうとミラが想っていると、エセルはどうでもよさそうな調子でこう言った。

「ああ、別にあの程度なら知り合いの魔術師に頼めばすぐに元通りになるし」

「すぐに?」

「知り合いに修繕に長けた魔術師がいるんだよ。そいつに頼めば業者を呼ぶよりずっと早く確実に元通りだ。仮にそいつが捕まらなくても他にも直すことの得意な奴がいるからどうとでもなる」

 そこでミラは小さな疑問を抱く。

「現代では魔術師って少ないんじゃないの?」

「少ないからこそ密な繋がりがあるのさ。同類同士な」

 不敵に笑うエセルを見て、エドワードは大仰に溜息を吐いた。

「ロード・エセル。貴殿もあまりそういったことを口にするのは慎んだほうが賢明だ。どこから話が漏れるとも限らない」

 その口ぶりからすると兄もエセルが魔術師だと知っていたのか。ミラなど最近まで魔術師という存在すら知らなかったというのに。

「心配するなよ。この部屋の防音対策は完璧だ」

「それは結構なことだ。では失礼する」

 気のない調子で答え、エドワードはエセルに背を向けた。ミラもエセルに軽くおじぎをして、慌てて兄の後を追った。

 その背にエセルの気楽な声を聞きながら。

「また遊びに来いよ。ヘリテージ兄妹」

 できることなら「また」などないことを望むが、きっとそうもいかないだろう。そんな予感を抱きながらミラは兄と共にクロフォード邸を後にした。

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