ミランジェ・ヘリテージの回想 4
「侯爵御自らですか? ロード・エセルはともかく侯爵閣下にまで謝罪頂くことでもない気もするのですが。私は一応自分で選んでここへ来たわけですし」
そこまで言って、ミラは全身を震え上がらせた。
エドワードが先程エセルを睨んでいたような形相でこちらを見ている。
「そうだ。お前は私に断りもなく異性の招待を受け、挙句にこのような危険な目に遭った。自分がいかに軽挙な行いをしたかの自覚はあるな?」
「そ、それはもちろん……」
ミラは目を逸らしながら小声で答えた。これ以上目を合わせていたら石になるか死んでしまうかしそうだ。
「母上に無駄な心配をかけることは憚られるので今回は私の胸に秘めておくつもりだが、あまり反省の色がないようなら……」
「もちろん反省しています! ご心配をおかけして申し訳ありませんでした! 母上にも黙っていて下さり感謝しております!」
エドワードの言葉を遮って必死に訴えると、エドワードはひとまず怒りを納めたのか、ミラから視線を外した。
安堵して肩で息をすると向かいのソファに座っていたエセルが呆れたような同情したような、何とも言えない顔をしていた。
「何て言うか……エディは俺が思っていた以上に過保護だったんだな。先代殿とは本当に違うよな」
先代殿というのはミラとエドワードの父である先代ヘリテージ伯爵のことだろう。
確かにミラの記憶の中の父は兄とは違ってどこか大雑把で革新的なところのある人だった。そんな父を見て育ったからこそエドワードは保守的で神経質になったとも言える。
「そもそも魔術についてだって、本来なら先代殿に代わってエディが伝えるべきところを俺がわざわざ教えてやったんじゃないか。勝手をしたとは思うが、少しは感謝してもよくないか?」
「私はこの粗忽者の妹には生涯余計なことなど知らせないつもりだった。それを貴殿が私に何の断りもなく勝手に話してしまったのだろう」
「先代殿はある程度分別のつく年頃になったら教えるって常々言っていたのに、何でお前はそんなに隠すんだよ。だーからこの末娘は年の割に世間知らずなんじゃないか? 箱入りじゃなかったか、カゴ入りで育てすぎだろうが」
「箱でもカゴでも結構だが、当家の教育方針に口を挟まないで頂きたい」
いい加減エドワードの怒りにも慣れてきたのか、エセルはどこか呑気な調子で続ける。
「何だよ。堅いこといいやがって。それにいいじゃないか。俺はそこの末娘の婚約者だぞ?」
今、さらりととんでもない言葉が聞こえてきた気がする。
そこの末娘とは一体誰のことだ。
ミラは冷や汗を流しながらエドワードを見上げた。
「……兄上、今しがたロード・エセルが仰った末娘とはどなたのことでしょう? まさか私のことだったりしませんよね?」
エドワードはやはりミラの顔など一瞥もくれない。けれど不承不承といった様子で口を開いた。
「先代ヘリテージ家当主、つまり我らの父上とクロフォード侯爵が将来的にはお前とロード・エセルを結婚させてもいいのではないかと話していた。あくまで口約束程度の話で、正式な婚約者というわけではないが……」
「き、聞いていません、そんなこと!」
ミラは青ざめて叫んだ。
「冗談じゃないです! いくら父上が望んだとしても、私は嫌です! 絶対嫌です! それに兄上だってそんなこと一言も仰らなかったじゃないですか!?」
「私個人としてはお前にはロード・エセルの伴侶は荷が勝ち過ぎると考え、反対だったのだ」
珍しくエドワードの口調にいつもの無駄な強さがない。もしかしたらずっと黙っていたことに少しは後ろめたいところでもあるのかもしれない。
だが今はそんな兄の心情よりも自分の身のほうが大事だ。