ミランジェ・ヘリテージの回想 3
「いくら俺だって夜半に先触れの一つもなく人の家に押しかけて、挙句一晩中説教し続けて人の睡眠を妨げて、言うだけ言って勝手に出かけて行く奴ほど迷惑はかけてないつもりだけどな」
「勝手に出かけたのではなく、あれは貴殿の父上であるクロフォード侯爵から狩猟のお誘いを受けたからだ。そもそも世間知らずの妹をたぶらかされたとあっては苦言を呈さないわけにはいかないだろう」
「たぶらかしてないっての。人聞きの悪いことを言うなよ」
心外そうにエセルは顔を歪めた。
「まったく。一度帰ったと思えばまた事前に何の連絡もなく訪ねてくるし。俺の繊細な心臓が止まるかと思ったっての」
「貴殿の父上に狩猟の後で晩餐に招待されたのだから仕方ないだろう」
「じゃあ食い終わったならさっさと帰ってくれよ。俺はもう小言は聞き飽きた」
うんざりと言うエセルをエドワードが眼光鋭く睨んだ。
「ロード・エセル。昨夜一晩中小言を言ったにも関わらず、さらに小言を言わなければならない事態を招いたのは貴殿だろう」
「え、じゃあ何。ロード・エセルは兄上に一晩怒られて、その上でさらに怒られたの?」
一晩エドワードに説教され続けるなど考えただけでも拷問のようなのに、エセルはさらにその後も説教を受けたと言うのか。今さらながら彼の精神力は並大抵のものではないと気付いた。
するとエセルは言った。
「怒られたって言うか、現在進行形で怒られているんだよ。夕方また来たと思ったら、うちの親父殿と一緒になってガミガミガミガミ鬱陶しいくらい文句ばかり言ってきて、こっちもいい加減うんざりしていたところだ」
「親父殿って言うと、クロフォード侯爵?」
ミラの疑問に答えたのは不機嫌の極みにあるエドワードだった。
「私はそこのロード・エセルの父君であるクロフォード侯爵と共に狩猟に行った後、さらに晩餐の招待を受けて再びこちらを訪問したのだ。すると屋敷の一角が焼け焦げていた」
エドワードの語尾が震える。
まずい。これは怒りが再燃してきている。
「使用人から話を聞けば、ロード・エセルがよその令嬢を招いて茶会を催した末にああなったと言う。しかもそれは当家の末娘だと言う。侯爵と共にロード・エセルに話を聞きに行ってみれば不詳の末娘は何故だか寝込んでいる。そこで何があったのかと侯爵と共に聞いた」
声だけでなく、膝の上で握られた手が震えている。
「……いかに不肖の粗忽な妹と言えど、嫁入り前の娘をこのような危険に晒されて黙っている愚か者がどこにいようか!」
せっかく恵まれた顔を真っ赤にしてエドワードはエセルを怒鳴りつけた。
それにはさすがのエセルも怯んだ様子を見せ、弁明を始めた。
「いや、だからそれは悪かったって。エディは心配性だから知らない所で全部片付けておこうと思ったんだよ。同じ魔術師としては、自分の素質くらいちゃんと知っておいたほうがいいだろうなーと思ってだな」
「それは貴殿が決めることではないだろう」
聞いているだけで身震いする地を這うような声に、エセルも気まずそうに両手を上げた。
「本当に悪かったって。ちょっとやりすぎたって反省している。親父殿が帰ってきたらまたこっぴどく絞られるんだ。それで勘弁してくれ」
「あれ、クロフォード侯爵は兄上と一緒に帰っていらしたんじゃなかったの?」
ミラが首を傾げると、エドワードが答えた。
「侯爵は多忙な方だ。事業の関係で急な用事が出来たらしく、晩餐を終えるなりまた出かけられた。その前に私にも改めて謝罪され、ロード・エセルを殴りつけていらした。ミランジェ、お前にも後日また謝罪に見えると仰っていた」