ミランジェ・ヘリテージの回想 2
「あの、兄上……」
意を決して話しかけてもエドワードはミラの顔すら見ようとしない。憮然とした表情のまま、口を開きもしない。
こういう時は何を言っても無駄だと経験上知っている。怒りで頭に血が昇っている時のエドワードはいつにも増して頑固になるのだ。他人の意見などそうそう受け入れてくれるはずがない。だが何としてでも誤解を解かねばミラの将来は暗澹たるものとなることが決定づけられるも同然だ。
ミラはくじけそうになる自分を叱咤しながらもう一度声をかける。
「あの、兄上。お怒りはごもっともですが私の話も聞いて下さい」
「……」
最早兄は彫像のように微動だにしない。不機嫌を隠すことなくそこに座るだけの人間と化している。
もうこれは修道院入りするか、家出するかの二択しかないかもしれない。
取りつく島もない兄と、それを見て右往左往するしかない妹。そんな兄妹を黙って眺めていたエセルは呆れたように息を吐いてエドワードを見た。
「エディ。俺もあんたの許可なく勝手をして悪かったとは思っているんだ。反省はしてないけどな。まぁでもこの俺が悪かったと思っているんだ。それに免じて妹の話くらい聞いてやれよ。大人げない」
彼は一体どこまで上から目線の人間なのだろう。確かにクロフォード家のほうがヘリテージ家より爵位は上だが、あのプライドの高いエドワード相手におよそ謙遜の精神が見られないようなことを言っても話は余計にこじれるだけではないのか。
案の定、エドワードは口を開く様子もない。
エセルはわざとらしく息を吐いてミラに視線を向けた。
「悪いな、ヘリテージの末娘。こいつは昨日から機嫌が最悪なんだ」
「昨日から?」
エドワードがクロフォード邸を訪れたのは今日のことではないのか。そんな疑問が顔に出たのか、エセルはエドワードを見ながらこう言った。
「エディは昨日の晩もここを訪れている」
「昨日も? 兄上がここに?」
そう言えば確かにエドワードは昨夜から留守だった。むしろ翌日も不在でいてくれればクロフォード邸を訪ねやすくなって好都合と考えていたミラはその理由など聞きもしなかったが、まさかミラが翌日向かう予定でいる屋敷に先にエドワードが訪ねているとは考えもしなかった。
エセルは意地悪く笑いながらエドワードを見遣った。
「あの夜会の後に一応、お宅の末娘に魔術云々ってのを話したからって書面で伝えたら、鬼の形相でうちまで怒鳴りこみに来たんだ。勝手な真似をするなって一晩中小言を聞かされてさ。今日の朝方まで続いたっけかな。おかげで寝不足だったらない」
「だから私がここへ来た時、あなたはあんなに眠そうだったの?」
「ああ。あんたの兄上のおかげでこっちは今日ほとんど寝られなかったんだってのに、妹は妹で無礼だって言うし、けどエディに自分がここに来たことは口止めされていたから言い訳もできないし。まったくとんだ迷惑兄妹だ」
「貴殿ほど他者に迷惑をかけてはいないつもりだ。ロード・エセル」
不機嫌ながらもようやく口を開いたエドワードを見て、エセルは渋い顔をした。