ミランジェ・ヘリテージの回想 1
時は遡り、ミラがクロフォード邸を訪れた日。
ミラはエセルと共に見るも無残に焼け焦げた応接室を後にし、そこよりも規模の大きな応接室に通されスプーン三杯ほど砂糖を放り込んだミルクティーを飲んだ辺りで異様な眠気に襲われ、気付けばそのまま倒れるように眠ってしまった。
そして目覚めた時には見知らぬ部屋の見知らぬベッドの中だった。
閉められたカーテンの向こうの窓から差し込む光はなく、壁にかけられた時計を見て、今が随分遅い時間だということに気付いたがしばらく事態を把握できずにぼんやりしていると、若い女中が入ってきて軽く状況の説明を受けた。
女中が言うには、ミラはエセルとお茶をしていたところで倒れ、エセルの指示でこの客室に運ばれて今の今まで熟睡していたらしい。
そこでミラはようやく自分が危うく死にかけたり、魔術を使ったりと大層な体験をしたことを思い出した。
女中はそのことを知らないのか、ただ朗らかな笑顔で「ヘリテージ伯爵がお迎えにお出でです」と言ってきた。
女中に促されるまま、身支度を整えてヘリテージ家より随分規模の大きな屋敷の廊下を通り、昼間ミラが倒れた応接間へと顔を出した。
するとそこには女中が言った通り、エドワードが仏頂面で腕を組んで座っていた。その向かいにはそんなエドワードを見て苦笑しているエセルもいる。
女中は一礼して部屋を出て行き、ミラは一人扉の前に立ち尽くした。
「あっ、兄上……本当にいらしていたんですか?」
あきらかに機嫌の悪い兄に恐る恐る尋ねると、エドワードはぎろりとミラを睨んで低い声で聞き返してきた。
「私がいては不都合でもあるのか?」
「いえっ、そんなことは! ……ですがあの、なぜ兄上がこちらに?」
せっかくエドワードには黙って来たが、お茶会に出かけたにしては帰りの遅いミラを心配して使用人の誰かが彼に進言したのか。
するとエドワードは視線をエセルへ向けた。
「ロード・エセルが手紙を寄越してきた。当家の末娘がこちらで眠りこけているので迎えに来てくれと」
エドワードの口調は厳しい。努めて事務的に話そうとはしているが、その声の端々に怒りが見え隠れしているから恐ろしい。
だがそれも仕方ない。家長であるエドワードの許可なく未婚の娘が男の家へ出かけ、挙句に眠りこけているなど。保守的で生真面目な彼からしたら許し難いことのはずだ。
まさかお茶会に行ったと言いながらその実、長年ひた隠しにされてきた自分のことを知ろうとしていて、挙句に命の危機にも晒されたなどとは思いもしないだろう。
となると頭の堅い兄は、社交界で少しばかり知られた侯爵令息と不埒な行いをしていたのではとでも考えかねない。
それは不本意だ。二重の意味で不本意だ。
清廉潔白にだけ生きてきたとは言えないが、いくら何でもそこまでの素行不良ではない。おまけにその相手がエセルとは最悪だ。
頭を抱えたくなるような状況で、一人呑気にお茶を飲んでいたエセルが声を上げた。
「まぁまぁエディ。妹が心配だったのはわかるがそうカリカリするなよ。妹が怯えているぞ? なぁ?」
エセルはミラを見て笑う。
「とりあえずいつまでも突っ立ってないで座れよ、ヘリテージのお嬢さん。エディの隣にでもどうぞ」
今のエドワードの隣に座るなどある種の拷問である気もしたが、確かにいつまでも立っていても埒は明かない。エセルに礼を言って、エドワードの隣の空いたスペースに座った。
だが、いざ腰をおろしても人一人分くらいのスペースを空けて隣に座ったエドワードの気配が痛い。肌に突き刺さるように痛い。
あからさまな怒りの気配にミラは身を固くした。
今までもエドワードとは何度となく意見の衝突を繰り返してきたが、今度ばかりはミラも身の危険を感じざるを得ない。世間的に見ても非常識な行動を取った妹に外出禁止令を出すなり、それこそ修道院付属の女学校に放り込まれるか、女学校を通り越して尼僧になれとでも言われるかもしれない。