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嵐の後の平穏 2

 兄を愛称で呼ぶ希少な家庭教師、エセル・クロフォードは格式張った呼び方に呆れ顔で息を吐いた。

「いいじゃないかよ。ここは公の場でもないんだし。だからエディも俺はファーストネームだけでいいって。他人行儀すぎて切ないだろうが」

「もう我々も子供ではない。ロード・エセル」

「本当に頑固だよなぁ。ミラ、エディは立派な奴だけどこういうところは似るなよ?」

「て言うか、私には敬称を付けて下さい。貴方に愛称で呼ばれる筋合いはありません」

 真顔で返すとエセルはわざとらしく首を横に振った。

「あーあ。エディの堅物が妹にまで移っちゃって。大丈夫かねぇこの家は」

「私は貴殿の将来こそが心配だ、ロード・エセル。紳士たる者、馴れ馴れしく淑女を呼ぶなど礼儀に反するでしょう」

 珍しく兄と意見が一致した。

 二対一になってさすがのエセルも形勢不利と感じたのか、つまらなそうな顔でわかったよと答えた。

 そうして少し三人で話した後、エセルと共に書斎に行き、本日の授業が始まった。

 隣国フランシズ語の辞書と、さらにフランシズ語で書かれた詩集を置いた大きなデスクに椅子を二つ並べて座ると、エセルは早速本題に入る。

「で、この間出した課題だけど」

 ミラは隣に座ったエセルから視線を逸らし、覚悟を決めて恐る恐る答えた。

「お……終わらなかった……んですが」

 ああ、終わらなかったなど一体どんな嫌みを言われるのだろう。

 けど初回の授業であの詩集はあまりに難易度が高すぎではないだろうか。別の家庭教師にも少し教わったことがあるが、見たこともない文法や単語で溢れていた。

 最低限の読み書き程度はできるつもりだったのだが、どうもそれはミラの過信だったらしい。これが兄に知られたら怒り狂って、もっとスパルタ式で勉強させられるのではないだろうか。

 ところが、椅子に座って小さくなっていたミラにかけられた声は少し予想外のものだった。

「うん、そうだろうな」

 エセルを見上げると、彼はにっこりと笑ってこう言った。

「これは四百年ほど前のフランシズ語の詩集でな。今とはだいぶ文法も異なるし、すたれた単語も多いんだよ。フランシズの古語をある程度勉強した人間でないと読むのは難しいだろうな」

「……は?」

 怪訝な顔を浮かべるミラに、エセルはさらに笑顔で続ける。

「ああ。でもこの詩集自体は名作として残っているから、手軽に読むなら現代フランシズ語かアヴァロンの言葉に翻訳されたものを読むといい」

「じゃ、じゃあ最初から現代語訳してあるものを課題に出せばいいじゃない!?」

 ミラは思わず敬語も忘れ、エセルに詰め寄った。

 そもそもエセルはフランシズへの留学経験を買われて、ミラのフランシズ語の家庭教師として兄に呼ばれたはずなのに。それが初回から嫌がらせなのか。彼はミラに、貴族の教養として求められる隣国の言葉を不自由なく理解できるようにさせるために来たのではないのか。

 彼の性格が悪いことなど分かり切っていたはずだが、まさか一応給金を支払ってまで受ける授業でまでそんな嫌がらせをされるとは。

 呆れと怒りで呆然としていると、隣で何だか不満げな声が上がった。

「おい、あんたちょっと誤解しているだろ?」

「誤解? 何が?」

 つい不信感を全面に押し出して訊き返すと、エセルは大袈裟に溜息を吐いた。

「一応言っておくけどな。別に俺だって何の意味もなくこれを課題に選んだわけじゃないんだからな。あんたが現代フランシズ語を最低限理解していることは前回の授業でわかったし、なら次はもう一つの授業に関する知識はどの程度あるか知っておきたかったんだ」

「もう一つ? 授業ってフランシズ語だけじゃないの?」

「表向きはな。けど俺はエディに頼まれた。あんたが今後生きていくうえで不自由が生じない程度に魔術も教えてやってくれって」

「魔術も……って兄上が!? 嘘! 絶対嘘!」

 確かにエセルにフランシズ語の家庭教師を頼んだとは言われたが、魔術だなんて聞いていない。と言うよりも、今まであれだけ徹底的にミラから魔術という存在を遠ざけてきたあの兄がそんなことを言うなど信じられない。

 あくまでも信じようとしないミラにエセルは渋い顔をした。

「嘘だと思うならエディに聞いてこい。今日は一日屋敷にいるって言ってたろ。て言うか聞いてないのかよ? 俺から魔術について最低限教われって」

「聞いてない。一度も聞いてない」

 だがさすがに兄の名前を出したと言うことは本当なのだろう。いくらこの男でも、本人に確認すればすぐわかるような嘘を吐かないだろうとは思う。

 それにもし兄の許可もなくミラに魔術の知識を教えたとしたら、後々痛い目に遭うのはエセルのほうだ。

 それはミラもエセルも、先日の一件でも嫌と言うほどにわかっている。

 クロフォード邸に招かれたあの日、銃を突きつけられ、炎に巻かれ、ミラが人生で初めて命の危機を感じた日の夜に。


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