炎の中、裁定 3
それは未だかつて浴びたこともないような乱暴な言葉だった。
理不尽だ、とも少し思った。
けど痛いほど胸に突き刺さった。それは多分、エセルの言っていることが事実だと認めているからだ。
そして今までのエセルの言葉の中で、最も真摯なものだったからだ。
「……わかったわよ」
無様だ。赤の他人に自分の未熟さを指摘され、挙句の果てにこんなに取り乱してしまうなんて。だから出会ったばかりの嫌味な男に暴言を吐かれても何も言い返せないのだ。
ミラは袖で涙を拭い、顔を上げた。
「教えて、ロード・エセル。私はどうやったら魔術を使えるのか想像もつかない。コツくらい教えて」
まだ涙の乾き切らない目でまっすぐにエセルを見る。
エセルは大きく息を吐き、ソファに座り直した。
「とりあえず一度落ちつけ。そんなに興奮していたら使えるものも使えない」
「あなたが興奮させたんじゃない」
ぼやきながらもミラは呼吸を落ちつかせる。
もう壁は焼け落ちている。ミラとエセルを囲んでいた炎がいつのまにかさっきよりも近づいてきている。
湧き上がる恐怖心を抑え込むように手を握り締めていると、エセルが落ちついた声で尋ねてきた。
「……こんなに近くでこれだけの火を見るのは初めてなんじゃないか? 感想はどうだ?」
冷静すぎる態度に苛立ちを感じながら、ミラも務めて冷静を装って返す。
「知識として知ってはいたけれど、炎は熱いのね」
少しずつミラ達ににじり寄ってくる炎を見回しながら答える。
するとエセルは言った。
「それに酸素も薄くなってじきに呼吸も苦しくなってくるだろうな」
嫌味な程冷静にそう付け足してくるから彼は嫌味だ。
けれどここで怒ってさっきのように醜態を晒すのはごめんだ。
せめて背筋を伸ばし、はっきりと答えてやらねば。
「それは嫌。苦しいのも痛いのも嫌い」
「うん。それは俺も同感だ」
エセルは頷き、この状況においてよくそんなに優雅な動きができるものだと感心するような態度で足を組み替えた。
「さぁどうする? このままではお互い焼死体だ」
「どうするも何も……」
窓に視線をやれば既にガラスは溶けかけている。その上強い熱気と薄くなってきた酸素で目眩と息苦しさを感じる。そして喉も立ち上る煙に痛めつけられる。このまま死んでしまえば楽になれるのもしれないと一瞬考えながらも、ミラは今まで以上に背筋を伸ばし、痛む喉から声を絞り出してはっきりと言った。
「私は死にたくない」
その答えにエセルは満足げに笑った。
「上等だ。その死にたくないという意思をそのまま持ち続けろよ」
そして周囲を取り個かむ炎に視線をやった。
「これはお前の敵だ。これが消えなければお前は死ぬ。死にたくないというお前の望みは叶えられない。それを意識しろ」
「う、うん」
このまま炎が消えなければいずれ死ぬ。そうしたらもう誰にも会えない。家族の待つ家にも帰れない。そんなこと絶対に嫌だ。
そう強く思った時、左手の中指に熱を感じた。まるで指に嵌った指輪がその存在を主張するかのようだ。