クロフォード侯爵邸への招待 2
その晩、夜会を抜け出したことで兄の小言を浴び、最悪な気分のままベッドに入って夢を見たのだ。幼い日、この左手に嵌る薔薇の指輪を手にした日のことを。
「父上もうまいこと言ったものよね。とても怖い物とは。確かに怖いわ」
そして手袋の下に隠れた薔薇の指輪を見下ろす。
怖い物と言うのは、王太后の出身であるスタンリー家のことだったのか。
当たり前すぎて、気にすることすら忘れていた薔薇の指輪。遠い先祖の遺した物ということくらいはおぼろげに覚えていたが、まさかその先祖がエセルの言う所の魔術師だったとは。それもおとぎ話のような魔術師。
幼い頃に聞いたおとぎ話には魔術師が登場するものも多くあった。占いをしたり、嵐を起こしたり、空を飛んだり。
そんな非現実的なことができる人間なんて本当に実在するのか。薔薇の指輪を手にして十二年経つが、今の今までそれらしい出来ごとと遭遇したことはない。エセルの口ぶりではミラにもそのおとぎ話らしい魔術が使えると言わんばかりだったが、実際に自分がそんなことができるとは到底思えない。
やはりミラが魔術師というのはあの嫌味なエセルの嫌がらせか勘違いではないのか。そう思うと今日わざわざ出向くのもバカバカしい気がしてくる。
けれどエセルがミラを魔術師と呼んだことは事実で、そして彼の話やミラの記憶を辿っても魔術師にとって今の世が危険であることは確かだ。そんな世の中に、ヘリテージ家の末娘は魔術師だなどと吹聴された日にはたまらない。
両親や兄が一番恐れたのも、ミラがこの世における最大の禁忌にして異端・魔術師と知られ、ミラ自身や家族に危険が及ぶことなのだから。
十二年、家族はミラを守ってくれていた。
ミラは守られている自覚もなく、平和な自分の世界に不満を持ってきた。それでも家族は何も言わず守ってくれた。
兄が必要以上にミラを過保護に育てたのもそういうことなのだろう。余計なことを知らせず見せず、自分の目の届く範囲の安全な場所に置いておいてくれた。
鬱陶しいと数え切れないほど思ったし、正直理由を知った今でも鬱陶しいと思わなくはないけれど、守ってくれたことへの感謝の念は湧く。きっと生涯口に出すことはないだろうけれど、父が死んだ後もずっとミラを安全な場所に置こうと尽力してくれたその気持ちは嬉しく思う。
家族はまだミラが魔術について知ったことを知らない。
本当なら真っ先に相談すべきなのだろうが、家族の知らないところで勝手に知ってしまったという現実にほんの少し後ろめたさがある。
それにまだエセルの言葉の全てが事実かどうかもわからない。もし彼の言葉が嘘や冗談だったのなら余計な心配をかけさせてしまう。
だからまずは確かめなければ。エセルの言葉がどこまで真実で、ミラの指輪が……あるいはミラ自身がどれだけ危険な存在なのか。
そのためにもエセルとはもう一度会って話をしなければならない。いけ好かない相手だけれど、避けては通れない道だ。
緩やかな丘陵を上り始めた馬車の中で、ミラは覚悟を決めるように背筋を伸ばした。