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ルイ・レヴェックの薔薇の指輪 4

「そう。その指輪は特別な指輪だから、持ち主を選ぶんだよ」

 大好きな父の言葉だったけれど、ミラには今一つ実感が湧かなかった。

 だって物が人を選ぶなんて聞いたことがない。

「ミラ。その指輪は特別な大切な指輪だ。だからその指輪が欲しくて怖い物も指輪を探している。だからミラ、絶対にお友達にも誰にもその指輪を見せては駄目だよ。どこで怖い物が見ているかわからないからね」

「うん、わかった。怖いの嫌だからちゃんと手袋をする」

 少し怯えた顔をしながらもミラはしっかりと頷く。

「そうか。いい子だ」

 ヘリテージ伯爵はミラの頭を撫でながら椅子に座らせ、夫人とエドワードへと向き直った。

 夫人は緊張した面持ちで、エドワードは納得がいかないように険しい表情で口を引き結んでいる。

「ミラは指輪などしていない。この子がしているのはお気に入りの手袋だ」

「わかりました。使用人達にもそのように」

 夫人は深く頭を下げ、しっかりとした声音で答えるがエドワードは何も答えない。

「エドワード」

「僕は納得できません。何としてでも指輪を外すべきだと思います」

 父の声に不満げにエドワードは答えた。

「もちろん外す方法は探す。だが現時点でこの指輪の外し方は私にもわからない。今できることは指輪を隠す以外にないのだ」

 ヘリテージ伯爵の冷静な言葉にエドワードは声を荒げた。

「過去にひとつくらい例はあったのではないのですか!? 意図せず指輪を嵌め、指輪に選ばれてしまった人間の例が!」

 冷静なようでいてエドワードは激情家だ。最近は努めて冷静であろうとしているようだったが根っこが変わったわけではない。

「エドワード。落ち着きなさい」

「父上とて諸外国で魔術師がどのような扱いを受けているかご存じでしょう!? ミラのためを思えば、指を斬り落としてでもそんな指輪は外すべきです!」

「何てことを言うのです!?」

 あまりの言葉に夫人が諌めるが、エドワードは聞く耳を持たない。

「魔女の烙印を押されればそんなものでは済みません! 人を人とも思わぬ惨たらしい拷問の末にボロ雑巾のように殺される。海を渡った国々では当たり前のように起きている光景だと聞きます。スタンリー家が今後ますますその勢力を増していけば、アヴァロンでもそのような非道が行われることでしょう。そうなる前に何とか手を打つべきです! 今後の身の安全を考えれば指の一本くらい……」

「エディ! いい加減になさい!」

 身を乗り出しかけた夫人を制し、ヘリテージ伯爵は静かに言葉を発した。

「エドワード。お前がミラの身を案じているのはよくわかるが、お前の案は少し過激すぎる。それに今はまだアヴァロンは魔術師を保護すべきという声が多い。スタンリー家の一存で魔女狩りを実行することは不可能だ」

 あくまで今はだが、と付け足してヘリテージ伯爵はエドワードを見る。

「指輪の主となった者はその指輪を外すことも可能だったという。我が家からは随分長いこと指輪の主になるほどの魔術師が生まれていないので詳しくはわからないが。場合によってはミラもいずれ指輪を外すことができるようになるかもしれない。しばらくは様子を見よう。指輪の様子とこの国の情勢を」

 エドワードは俯き押し黙ったままだ。

「エドワード」

「……わかりました。ですがもし指輪がミラやヘリテージ家にとって災いとなるような日がくれば、僕はミラの指を落とします」

「それでいいだろう」

「あなた!」

「とりあえず今は事の成り行きを見守ろう。お前とて愛娘が魔女と扱われるくらいなら指を落とすほうがまだいいだろう」

「それはそうですが……」

それでも納得がいかぬ風の夫人を宥め、ヘリテージ伯爵はエドワードへと言った。

「それでいいな? エドワード。何、私も父親だ。かわいい娘の身は何としても守ろう」

「……はい。父上がそうまで仰るなら」

 渋々といった様子だがエドワードが頷くのを見てヘリテージ伯爵は大きく頷く。

「私が生きているうちはミラもお前達も私が守る。だが私に何かあればヘリテージ家を守るのも、家族を守るのもお前しかいない。そのことを忘れず日々励みなさい」

「はい」

 

 両親と兄との会話のそば、ミラは泣き疲れて眠りかけていた。

 だからこの時兄と両親との交わした会話についてはほとんど覚えていない。覚えていたとしても五歳の子供に意味が理解できることでもなかったかもしれないが。

 けれど『怖い物』を恐れることだけは忘れず、翌日からずっと手袋を身につけて過ごすようになった。家族やごく少数の使用人達の前で以外、決して手袋を外さずに過ごすことになる。『怖い物』を恐れて手袋をつけるようになったなど忘れ、最早当たり前の日課になるまでずっと。

 外れない薔薇の指輪はヘリテージ伯爵やエドワードの尽力もむなしく外れることはなかったが、ミラ本人が指輪の存在を忘れてしまいそうなほど体の一部として馴染んでいた。

 指が成長しても指輪自体が意思を持つかのように指にぴたりと嵌るサイズを保っていたこともあり、指輪という存在が外に漏れる日は来なかった。

 けれど指輪に対して神経質になったエドワードはミラに対して過保護さを増し、ヘリテージ伯爵が急逝して家督を相続してからはさらに家と末の妹を案じ、異様なまでに保守的になる。

 十二年後、夜会でクロフォード家の次男と出会う晩まで、ミラは守られ続ける。

 兄や他の家族達に守られていること、自分の指に嵌った指輪がどういうものなのか。エセル・クロフォードと出会うまで、何一つ知ることなく。

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