ルイ・レヴェックの薔薇の指輪 3
「……エドワード。お前がミラを心配しているのはわかるが、そんなにしかめっ面でガミガミ言ってはミラが怯えるだろう。ほらミラも泣くのはおやめ」
ヘリテージ伯爵はぼろぼろと涙をこぼすミラを抱きあげ、栗色の巻き毛を優しく撫でた。
「エドワードは怒っているんじゃないよ。だから泣かなくていい」
「でっ、でも」
ミラは父の腕の中で泣きじゃくる。
「お兄さまが怒っているのは私のせいでしょう? 私が勝手に物置部屋に入ったからお兄さまはすごく怒っているんでしょう?」
「うん。入ってはいけない部屋に勝手に入ってしまったことはいけなかった。でも今エドワードはミラに対して怒っているんじゃないよ。ミラを心配しているだけだ」
「心配?」
ミラは真っ赤な目をエドワードに向けた。するとエドワードは不機嫌に目を逸らす。
それを見てミラはますます目を潤ませるが、ヘリテージ伯爵が「大丈夫。怒っているんじゃないよ」と声をかけると何とか声を上げて泣くことはなかった。
「ミラ、いいかい? お前が見つけたその指輪はね、お父様のずっとずっと昔のご先祖様が遺したものなんだ」
「ご先祖さま? おじい様やおばあ様よりも昔の人?」
「そう。おじい様のおじい様よりずっとずっと昔の人だ。今ミラがつけている指輪はその人が遺したものなんだよ」
「この指輪が?」
不思議そうにミラは自分の指に嵌っている指輪に視線を落とした。
金属でできているとは思えないほど精巧な薔薇の花は今もミラの指に爛漫と咲き誇っている。
じっと薔薇を見詰めるミラにヘリテージ伯爵は優しく声をかける。
「ミラはその指輪が気に入ったかい?」
「うん。とってもきれい」
「そうか。でもミラ。その指輪はとてもきれいだけど、とても怖い物がその指輪を探しに来るんだよ」
「怖いもの?」
ミラはぱっと怯えた顔を上げた。
「そう。とても怖いものだ。ミラは怖いものは嫌いだったね?」
「怖いのは嫌い。お姉様は幽霊が出てくる怖いお話が好きだけど、私は怖いから嫌い」
「じゃあミラ。その指輪は誰にも見つからないようにしないとね。その指輪をつけているととても怖い物がいずれミラのもとにやってくるから」
「ええ!」
ミラの大きな目にまた涙が溢れてくる。
「やだ! 怖いのが来るの嫌! だったら指輪いらない!」
両目から涙をこぼしながらミラは必死に指輪を外そうとするが、やはりぴくりとも動かない。
「うぅ……はずれない。どうしよう、お父様。怖いのが来ちゃう!」
「うん。多分指輪がミラから離れたくないんだね」
「やだぁ! 怖いのやだぁ! 取って取ってー!」
とうとう声を上げて泣き出したミラのそばに、慌てて夫人が寄っていく。
「ミラ、大丈夫ですよ。そんなにすぐに怖い物は来ませんよ」
「でも怖いのが来るの嫌ぁ!」
火がついたように泣くミラをあやすようにヘリテージ伯爵は彼女を高く抱きあげる。
「お母様の言うとおりだ。大丈夫だよ、ミラ。はずれなくても隠せばいいんだ。怖い物に見つからないように手袋をしなさい」
「て、てぶくろ?」
しゃくりあげながらミラはヘリテージ伯爵に聞き返す。
「そうだよ。ミラはこの前、お母様の夜会用の手袋がほしいと言っていたろう? あれと同じようなものを作ろう。それをつけていれば、怖い物もミラが指輪をつけていると気付かないから」
「本当に?」
「本当だとも。いつも同じ手袋じゃつまらないから他にも作ってあげよう。ミラはどんな手袋がほしい?」
するとミラの涙にぬれた両目が輝く。
「えっとね、この間叔母様がしていたようなレースのついた絹の白い手袋がいい。あとね、刺繍がきれいなの!」
「そうかそうか。じゃあミラ。家族じゃない人がいる時はいつも手袋をしていなさい。指輪の上から手袋をしていれば怖い物もミラを見つけることができない。約束できるかい?」
外出する時に身分ある者が手袋をすることは普通だ。手袋をつけることによって、自らは労働に従事することなく召使い達に全てを任せ、自分が手を煩わせることのない身分だと示すのである。
とは言えミラはまだ子供だ。四六時中手袋をつけているのは嫌なのだろう。どうしようかとミラは少し思案する様子を見せてからも、怖い物がくるという恐ろしさには敵わなかったのだろう。小さく頷いた。
「……うん。わかった。ちゃんと手袋する。そうしたら怖い物来ないよね?」
「ああ。来ないよ」
ヘリテージ伯爵の力強い言葉にミラは安堵したように笑った。
「よかった。でもお父様、指輪がはずれないのはどうしよう? 私ね、大きくなったら欲しいなって思ったけどね、ちょっと嵌めたらちゃんと返す気でいたのよ」
「その指輪はもうミラのものだよ。お母様の物でもお姉様の物でもない。だからミラが持っていていいんだよ」
「この指輪、私のもの? いいの?」
「ああ。その指輪がミラに持ってもらいたいと思ったから、今も指輪はミラの指に嵌っているんだからね」
「指輪が?」