ルイ・レヴェックの薔薇の指輪 1
それはまだ窮屈なコルセットもつけておらず、大人たちのような裾の長いドレスやハイヒール、きらびやかなアクセサリーに憧れ、時折屋敷で催される夜会を寝たふりをしてこっそり覗いていた頃。まだ父が生きていて、今は結婚して家を出た姉もまだ家にいて、兄は寄宿学校の学生だった頃。
ヘリテージ家の末娘として家族からの惜しみない愛情を受けて育ったミランジェ・ヘリテージが五歳になった年のことだった。
ミラは屋敷の物置として使われていた部屋を探検していた。
両親や乳母からは入ってはいけないと言われていが部屋だったが、好奇心の塊だったミラは家族や使用人の目を盗んでその部屋に忍び込んだ。
生まれて初めて入った部屋それほど広くなく、窓は分厚いカーテンが閉め切られている。昼間なのに薄暗い部屋の中は古びたタンスや書架で溢れかえっており、少し埃っぽかったけれど幼いミラにはまるで宝物庫のように思えた。
嬉々としてタンスの引き出しを開け、中から古い手袋やメガネを引っ張り出して喜び、書架から引き抜いた外国の言葉で書かれた本を眺めて遊んでいると、部屋にある家具の中でも特に古くて薄汚れたタンスが目に入った。
四段の引き出しがあるそのタンスは傷もあるし、いくつか取っ手もなくなってしまっている。埃も被っていて、とても面白そうな物が入っているようには見えなかったのに、ミラは引かれるようにそのタンスへと近寄った。
一番上の引き出しは既に取っ手が取れてしまっていて開けることができない。二段目の引き出しは少し力を入れると開いたけれど、中途半端に短くなった蝋燭が入っているだけだった。三段目の引き出しも取っ手が取れてしまっている。
そしてミラは四段目の引き出しの取っ手へと手をかけた。
歪んでしまっているのか、力を入れてもなかなか開かなかったけれど、めげずに引っ張り続けていると勢いよく引き出しが飛び出してきた。
ミラはその衝撃で床に転がってしまったが、ドレスが埃で汚れてしまったことにもかまわずようやく開いた引き出しの中を覗き込んだ。
そこにあった。
小さな箱がひとつだけ、忘れられたようにポツンと。
それは母の指輪をしまっておく箱に似ていて、もしかしたらこれにも指輪が入っているのかもとミラは期待を込めて箱を開けた。
そして見つけたのだ。薔薇の蕾をかたどった指輪を。
その指輪は繊細な細工が施されたアームの中心に萼がついた薔薇の蕾がひとつあり、花弁の一枚一枚まで緻密に作られていた。
まだミラには物の良し悪しはわからなかったが少し赤みがかった金色の薔薇の蕾は、庭で見た薔薇の蕾とそっくりだった。
どうせならば咲いた薔薇だったらよかったのにと思いながらもミラはその手に指輪をはめてみることにした。どう見てもミラの指には大きすぎるものだったが、それでも自分が見つけた宝物なのだ。物置にあるのだからきっと母も使わないのだろう。ならば大人になったら自分がつけようと思いながら、ミラは左手の中指に指輪を嵌めた。
やはり大きすぎる……そう思った瞬間、硬く閉じていた薔薇の蕾がゆっくりと開き始めた。
もしかしたらこれは金で作った指輪ではなくて、本物の薔薇なのかもしれない。幼いミラは目を輝かせて薔薇が花開いていく様を見守った。
そしてミラの指には見事な薔薇が咲いた。金で作られているようにしか見えないのにその形は本物の薔薇そのものだ。
ところが、指から外してもっとじっくり見ようとミラが指輪に手をかけた時、異変は起きた。
さっきまでミラの指には大きすぎた指輪がぴったりと嵌ってしまって動かないのだ。回ってしまうほど大きかったはずなのに、今は隙間なくミラの指に嵌っている。
慌ててミラは力を込めて指輪を引っ張ったがびくともしない。まるで吸いついたかのように指から離れてくれない。
だんだん恐ろしくなってきて、ミラは声を上げて泣き出してしまった。
このまま外れなかったらどうしよう。
お父様やお母様に物置に入ったことが知られたら怒られてしまう。
みんなきっとすごく怒る。
不安ばかりが募り、泣き喚くミラの声を聞きつけてメイドの一人がやってきたのはそれからしばらく後だった。