勝者が語らぬ歴史 6
「信じ難いか? カゴ入りお嬢様。けどこれは議会に出入りする貴族や資産家なんかなら当然のように知っている話だ。ただ口には出さないけどな。何せスタンリー家は今や王国内最大の派閥。そして保身と立身のためなら手段を選ばない物騒極まりない連中だ」
「じゃああなたの言う魔女狩り推進派の『一部』って言うのはやっぱり……」
「スタンリー家当主スタンリー伯爵を筆頭とする一派のことだ。だから魔女狩りが浸透する『一部』はこの国の禁忌とも言うべき連中。敵にも味方にもしたくない、そんな奴らだ」
そこまで言ってから、エセルは気付いたように付け足した。
「ああ、正確には違うな。以前だったら王太后の父親であるスタンリー伯爵が奴らの頭だったんだが、スタンリーはあくまで傀儡だ。スタンリー一派の実質的な頭は、父親を影から操るマリア・スタンリー・アヴァロン王太后。あの女は魔術師じゃないが、俺からすればあの女こそが魔女だ」
吐き捨てるような言葉にぎょっとする。
「悪逆非道で卑劣で醜悪な女。魔女と言ったら魔女に失礼なような女だからな。あのクソババアは」
「ちょっ、そんなこと人に聞かれたら……!」
慌てて周囲に耳を澄ますが、幸い人の気配も物音もしない。
とは言え、この書斎とていつ人が来るかもわからないのだ。あまり軽々しく危険な発言はしてほしくない。別にこの男がどうなろうが知ったことではないが、最悪自分まで過激発言をしたと見做されかねない。
「本当にやめてよ。ただでさえこの国一の権力者と言われるような王太后陛下なのに、そのそんな危ない派閥のトップなんて絶対敵に回したくないじゃない」
溜息と共にそう吐き出すと、エセルは少し意外そうに口にした。
「何だ。エディとは似てないから不仲なのかと思ったら、意外に似ているじゃないか」
「は!?」
なぜ急にそんな話になるのだ。
「冗談でしょ!? 私のどこがあのガチガチ兄上なんかと似ているって言うの!?」
生まれて十七年。確かに容姿は似ていると言われ育ってきたが、性格は真逆だ。
それに関してはミラやエドワード本人だけでなく、両親や屋敷に仕える人間達皆から太鼓判を押されるだろう。
「ありえない! 絶対絶対ありえない!」
「いやいや、ありえるって」
必死で首を横に振って否定するも、エセルは全く聞き入れる気がないらしい。あくまで冷静に言葉を続ける。
「確かにあんたの言うとおり表面上の性質は全く似てないが、けどエディも前に同じようなこと言っていたんだよ」
「同じような?」
眉間にしわを寄せてエセルを睨むと、彼は「そういう顔すると本当よく似ているよなぁ」などとほざいてきた。
「顔のことは放っておいて!」
別に好き好んで兄と似た顔に生まれたわけではないのだ。二人揃って父親似の顔に生まれついてしまったのだからこればかりはどうしようもないのだ。ミラにできることと言ったら、素の時の兄のように仏頂面にならないよう笑顔を絶やさず、あとは化粧で印象を変えるくらいしかないのだから。
そう。兄と同じような顔にならないためにも、笑顔を絶やさないようにしなければ。いかに天才的に人の神経を逆撫でるこの男を前にしようとも、怒ったり仏頂面になったりしてはいけない。それではますますいけ好かない兄に似ているとでも言われかねない。
ミラは怒りと動揺を抑え込みながら改めてエセルに尋ねた。
「私は今まで兄上と意見が一致したことの方が少ないのだけど、同じような意見とは一体どのような?」
「んーだからさ、王太后を敵に回したくないって」
「……はい?」
なぜ兄が王太后のことを知っているのか、と一瞬わからなかったが、よく考えれば兄も貴族院議員の一員だ。スタンリー家については今しがた聞いたばかりのミラよりもよほどよく知っているだろう。
「ああ、そうよね。兄上は保守的な人だもの。そんな面倒くさそうな人と諍いを起こしたいなんて考えるわけがないわよ。下手をしたら我が家の地位や領地まで危なくなるもの」
その辺りならミラにもわからなくはない。
ヘリテージ家は王国から授かった領地を治め、そして代々の当主が貴族院議員を務め、その収入によって何不自由のない暮らしをすることができるのだ。
それが王太后の不興を買って、領地と爵位を没収され、貴族院を辞さねばならないことになったら長く続いたヘリテージ家はおしまい、一家で路頭に迷うことになる。治めている領民達の生活すら危うくなるかもしれない。
何より兄は貴族らしくヘリテージ家の家と血、そして領民の生活を守ることを第一に考えている。あんな兄だが、仮にも当主として領主として家族と領民を守る意識だけは人一番強いのだ。
気の合わない兄だが、その辺りだけはミラも尊敬している。
そう話すとエセルも頷いた。
「エディが保守的なのは守るべきものがあるから。当主として領主として家族と領民を守らないといけないからな。……だからあいつは、あんたを早々に他家に嫁にやってしまいたいんだよな」
「え?」