王太子から婚約破棄された公爵令嬢は、幼馴染に相談する
公爵家の娘である私ジュリアンは婚約者である王太子のサルバドールに呼ばれて、彼の部屋の前に立っている。緊張で胸がバクバクしている。
私は極度の人見知りで、他人と話すことがほとんどできないぐらいなのだ。それは婚約者に対しても同様である。
大事な話があるということだけど何だろう?
ドアをノックすると室内から声が返ってきた。
「誰だ?」
「ジュ、ジュリアンです」
「入れ」
ドアを開けて私は部屋に入った。
「待っていたぞジュリアン」
「あ、あ、あのう、お話って、なんですか?」
「お前との婚約を破棄したい」
「え? 婚約、破棄?」
「そうだ。悪いとは思うが、いくら何でもそんなに会話が下手では国王になる俺の妃は務まらん」
「す、すみません。あの、私、人と話すときに緊張してしまって・・・」
「それに見た目も問題ありだ。寝ぐせだらけだし、服のセンスは20年ぐらいずれているし、おまけに牛乳瓶の底みたいな分厚い眼鏡。ちょっとはどうかならんのか?」
「こ、この眼鏡をかけないと、ほとんど何も見えないので・・・」
「もういい。話は終わりだ。帰っていいぞ」
どうやってサルバドールの部屋を辞したのか覚えてないぐらいだ。
私は泣きながら道を歩いていて人にぶつかった。
「失礼、おや、君はジュリアンじゃないか」
「あ、あなたはパブロ」
私がぶつかった相手は幼馴染の男性パブロだった。彼は伯爵家の三男で、私がまともに話すことができる数少ない友人のひとりだ。
「泣いているみたいだな。僕でよければ話を聞くよ」
私たちは公園に移動してベンチに並んで座った。そして自分がついさっき婚約破棄されたことを彼に話した。
「ふうん、そういうことか」
「私、人と話すことが苦手だし、見た目も悪いから、婚約破棄されてもしょうがないの」
「そんなことはない。君はとてもきれいだし、話すのだって練習すればできるようになるよ。現に僕とは普通にしゃべれるじゃないか」
「あなたは特別なのよ。リラックスして話せるの」
「それは僕がイケメンじゃないからかい?」
パブロは確かに見た目がパッとしなかった。背も高くないし、身分も高くない。
「そ、それは・・・その・・・」
「おい、そこはすぐに否定するところだろッ!」と彼は突っ込みを入れて笑った。私もつられて笑っていた。
「とにかく今日から僕が君の師匠になって話し方を教えてやるよ。そうすれば王太子も君を見直すかもしれないぞ」
「よろしくお願いします師匠」
こうして私はパブロに話し方を教えてもらうことになった。
第一回目の練習はパブロの家で行われた。
「君は僕とは普通にしゃべれるから、僕と話しても練習にはならない。だからうちのメイドのマチルダに協力してもらう」
そう言ってパブロは手をたたいてメイドを呼んだ。
「メイドのマチルダです。よろしくお願いします」
メイド服を着た小柄で可愛い女性が私と向かい合って座る。
「よ、よよよよ、よろしく、ご鞭撻のほど、ほど、ほどを・・・」
私がマチルダを相手にがちがちに緊張してどもると、
「おい、もっと力を抜け」とパブロが言った。
「そんなこと言われても、私、初対面の人と話すのがすごく苦手なのよ。手汗がすごい」
「うーむ、これは重傷だな」とパブロは考え込んでから、はっといいことが思いついたみたいに顔を上げた。「そうだ、眼鏡をとればいいんだ。ジュリアン、眼鏡をとってみてくれ」
「けど、この眼鏡をとるとほとんど何も見えないよ」
「それでいいんだ。つまり君は相手の顔を見ることで緊張してしまうわけだから、眼鏡をとって相手の顔がはっきり見えなくなれば、少しは話しやすくなるかもしれない」
「そんなにうまくいくかな・・・」
私は彼に言われた通り眼鏡をはずした。視界がぼやけてほとんど見えなくなる。
「や、ジュリアン、君は・・・」とパブロが絶句する。
「とてもおきれいです」とマチルダの声。
視力の悪い私にはふたりの表情がわからないが、私の顔を見て驚いているみたいだ。
「なに? どうしたの?」
「君はメガネをかけてない自分の顔を見たことがないのか?」
「そんなの見たことないよ。だってメガネをとったら視界がぼやけて何も見えなくなっちゃうんだもの」
「メガネを取った君の顔はすごく美人だ。王都一かもしれない。こんな美人が幼馴染だったなんて驚きだよ」
「え? そうなの? 私も見てみたい。鏡ある?」
「ここにあります」
マチルダから鏡を受け取って覗き込んだが、ぼやけていてよく見えなかった。自分の顔を見るためにはメガネをかけなくてはいけないけど、素顔になるためにはメガネを外さなければいけないというジレンマである。
「とにかく、メガネをはずした状態でマチルダと会話してみてくれ」
「わかった」
私はマチルダがいるほうに顔を向けて話す。ぼんやりと輪郭は見えるがその表情は読み取れない。
「こ、こんにちは、いいお天気ですね」
「はい、けど雨が降ってますよ」とマチルダは言った。
「つまり、植物にとっては恵みの雨だからいい天気ですねってことです」
「そうでしたか」
「おいジュリアン、言ってることは変だが、さっきよりも普通に会話しているぞ」
「視界がぼやけることで話しやすくなったわ」
「よし、もっと練習するぞ」
こんな感じで私は毎週パブロの家に行って喋る練習をした。マチルダ以外の人とも喋った。
そして、3か月もすると人と普通にしゃべれるようになっていた。
「よし、他人と普通にしゃべれるようになってきたな」
「パブロのおかげだよ。ありがとう」
「なあに、いいってことさ。じゃあそろそろ次の段階に行こう」
「次の段階って?」
「見た目を直すんだ。君は母親を早くに無くして厳格なお父さんに育てられた。それゆえにあまり女らしくなく、外見に無頓着なんだ。最後に自分の服を買ったのはいつだ?」
「私の服は全部お母様のお古よ。だから自分で服を買ったことは一回もない」
「よし、じゃあこれから買いに行こう」
私はパブロとともに服を買いに出かけた。外に出る時は危ないからメガネをかける。
街を歩いていると3人連れの若い男たちとすれ違った。男たちはすれ違った後で私たちのことを言いあった。
「よくあんなブスを連れて歩けるな」
「まあ男の方もパッとしないし、お似合いなんじゃねえか?」
「ははは、いえてるぜ」
私は隣を歩くパブロの方を見た。彼は平然として、
「ふっふっふ、あいつらの目は節穴だな。ジュリアンがメガネをとったらすごい美人なのに。それに僕もメガネをとったらイケメンなんだ」
「あなたは最初からメガネかけてないでしょ」と私は突っ込みを入れた。
「あっ、そうだった」、彼は莞爾と笑った。
パブロに服を選んでもらい、髪も切ってきれいに整えた。
「いやあ、完璧だ。これなら王太子も君に惚れ直すぞ」
「全部パブロのおかげよ。ありがとう」
「さて、ここから最後の仕上げだ」
「最後の仕上げ? どうするの?」
「今夜王宮で開かれる夜会に出席するんだ。生まれ変わった君を王太子に見せる」
「うまくいくかな?」
「大丈夫、絶対にうまくいくさ」
夜になって私は王宮の夜会に出席した。きれいなドレスを着て髪もセットしてメガネをはずし、マチルダによってきれいにお化粧をほどこされた状態である。
夜会には着飾った令嬢がたくさん出席していたが、そこは私の独壇場であった。すべての男性たちが私の周りに集まり、私の気を引こうと躍起になったのだ。さながら夜の明かりに群がる羽虫のごとくである。私に猛アプローチをする男性の中には、街で私のことをブスと言っていた3人組の顔もあった。
「あなたのような美しい女性には初めてお目にかかりました」
「あら、私この前街であなたたちとすれ違ったわよ」
「え? そんなはずはない。こんな美人とすれ違って見過ごすなんて!」
「そうです。あなたはカラスの群れの中に紛れ込んだ一羽の白いハトのような存在。目にしていて気づかないはずはありません」
「もし本当にあなたを目にしていて見過ごしたのなら、俺は自分の役立たずの目をくりぬいて犬のえさにでもしたいぐらいです」
パブロによる話し方の特訓のおかげで、男たちに囲まれても普通に話すことができた。
一緒に夜会会場まで来たパブロは、私から少し離れた会場の隅から私の方を見ている。どんな表情をしているかはわからない。けど、きっと喜んでくれているはずだ。
令嬢たちは私に嫉妬してハンカチを咬んでいる。
「あの女、いったいどこの令嬢なの? 今まで一回も見たことないわ!」
「非の打ちどころもないってのはこのことね。見た目も身のこなしも話し方も完璧だわ」
「私たちでは逆立ちしたって勝てそうにないわね。くやしい!」
そのうちに私の元婚約者である王太子サルバドールが会場に姿を現した。
彼は、ひとりの女の周りに数十人の男たちが群がっているという異常な光景を見て驚愕し、興味を持った。そしてつかつかと私に近づいてきた。私に群がっていた男たちは王太子が近づいてきたことで身を引いて道を開けた。
「俺は王太子サルバドールだ。あなたのような美しい女性を目にしたのは初めてだ、一緒に踊ってくれないか?」とサルバドールは言った。
「サルバドール殿下、私はあなたに婚約破棄されたジュリアンです」
「な、なに! 本当にお前があのジュリアンなのか! まるで別人じゃないか!」と彼は驚きを隠し切れない様子。「こんなに美人だとわかっていれば婚約破棄などしなかった。いや、今からでも遅くはないな。どうか俺と結婚してくれジュリアン」
王太子は私の前でひざまずいた。
私は会場の隅にいるパブロの方をちらと見た。
×××
僕は会場の隅から、男たちに囲まれているジュリアンの姿を見ている。彼女はとてもきれいだ。輝いている。苦手だった会話も、たぐいまれなる努力によって克服した。彼女は完璧だ。
幼いころから僕はジュリアンのことが好きだった。
だけど僕は彼女よりも身分が低いし、見た目がいいわけでもない。僕の願いがかなわないのは最初から分かっていたんだ。だからせめて君の力になりたかった。
きれいになって苦手な会話を克服したことで、きっと君はまた王太子の婚約者に戻るだろう。これでいいんだ。これでよかったんだ。
僕は自分に言い聞かせる。しかしやるせない気持ちが胸を締め付ける。あきらめきれない想い。
王太子が現れてジュリアンに近づいていく。流ちょうに話す絶世の美女がかつての自分の婚約者であることを知り驚愕する王太子。彼はジュリアンの前でひざまずいて手を差し伸べる。求婚のポーズだ。
これ以上見ていることが僕にはできなかった。ジュリアンに背を向けて僕は会場から出た。丸い月が涙でぼやける。僕の青春は今日終わったのだ。
馬車に乗らず、とぼとぼと夜道を歩いて帰る。くだらねえとつぶやき、しけた面をして歩く。夜の風が僕の前髪を揺らす。損な役回りなだと不意に笑いが込み上げる。
その時、後ろから誰かの足音が近づいてきた。コツコツと、ハイヒールで走っているみたいな足音。まさか、と僕は思う。そんなわけはない。そんな都合のいい話なんてあるわけはない。だが、希望を捨てるには僕はまだ若すぎたんだ。
僕は立ち止って振り向いた。そこには、彼女がいた。王太子から求婚されたはずのジュリアンが夜の道を、僕の方にかけてくるのだ。夢だろうか? それならば覚めないでほしい。
「はあ、はあ、なんで出て行っちゃうの?」
僕の前で立ち止まって彼女は言った。
「僕の役目は終わったからさ」と僕は言った。「幸せになってくれよ」
「私の幸せは、あなたといることよ」
「え? 何を言っているんだ?」
「サルバドールのプロポーズを断わったの」
「バカな・・・なぜ?」
「バカはあなたでしょ。あなたのことが好きだからに決まってるじゃない」
彼女は僕に抱き着いた。僕も彼女の体を抱きしめた。強く。
人生はまんざら悪くない。僕は彼女を抱きしめながら、大きな満月に向かって、親指を立てた。




