マッシロシロスケ
とある梅雨の日。そろそろクラスに慣れ始めたなんでもない日。彼女はいつも通り休み時間が始まってすぐ友達と話し出す。だんだんと笑い声が大きくなっていき、彼女は脚が疲れたのか床に座り、そのまま駄菓子の袋を開けた。すると勢い余って数個の駄菓子が床に落ちてしまう。彼女は気にせずそれを拾って口に入れた。
ああ、嫌だな。どうも私とは価値観が合わない。彼女の他にも合わない人はいるが、こうも合わないとなんとなく気分が悪くなるのに目がいってしまう。
なんでだろう。ジッと見てしまう。どんどん気分が悪くなるのに、心の深いところにある意識が言う。
あきあきした日々がひっくり返る気がする。
進級し、私と彼女は同じクラスになった。同じクラスになったと言っても話したのは最初だけ。私と彼女は違うグループになり、そろそろ夏休みに入る頃、彼女は更衣室のロッカーに一本の飲みかけのジュースを置いていってしまった。
最初に見つけたのは私だった。夏休みの中盤。私は部活で着替えるために更衣室に行くと、彼女のロッカーが開いていた。邪魔だったのでロッカーを閉めようとすると、少し色褪せたジュースの容器の中に、真っ白のふわふわとした塊があったのだ。これは一体なんなんだろう。気持ち悪い。すると、彼女が更衣室に入ってきた。時間にして刹那。体感にして1時間の沈黙が流れる。彼女は怪訝な顔をして私の見ていた方を見ると、状況を理解したような顔をして口を開く。
「ああ、それね。いやー、汚いのはわかってるんだけど、愛着湧いちゃったんだよね〜。ごめん! これ、秘密にしてくれない?」
「……うん」
苦笑い。断れなかった。
夏休みの間。週に2日だけ私と彼女の部活の日が重なる。それから私と彼女は更衣室で一緒になると少しずつ話すようになっていった。する話は世間話だけだったが、最初のうちは彼女が不意に見せる私には理解できないガサツさが嫌だった。でも、話しているうちにそれにも慣れていき、いつしか気持ち悪いと思っていた白いふわふわとした塊ーー改め「マッシロシロスケ」にもなんとなく愛着が湧いて来た。私と彼女は会う日々の中で距離は縮まっていき、夏休みが終わったあとも部活が始まる前に話すようになった。
「あれ? なーんかマッシロシロスケ大きくなってない?」
「そう言われれば確かに……。なんだか嬉しいね。成長してるみたいで。」
私が笑えば彼女が笑う。私と彼女は笑顔の交換をしている。少し湿った更衣室に、マッシロシロスケを挟んで。
数日が経ち、授業も終わった。教室では彼女とは話さない。今話さなくても今日たくさん話せる。そう考えながら更衣室へと向かうと、廊下で彼女が理科の先生とクラスの女子と口論をしていた。私は目を丸くした。理科の先生の手にはマッシロシロスケが入ったペットボトルがあったからだ。
「ちょっと! 何があったの!?」
「先生がマッシロシロスケを捨てるって言ってんのよ!」
「え、なんでですか先生!!」
「当たり前だ。君たちがマッシロシロスケと呼んでいるこれは……。ただのカビなんだよ」
先生は穏やかにそう告げた。うそだ。マッシロシロスケが。ただのカビ……だったの?
「なんでこんなのが更衣室にあんのよ! 早く捨ててよ! 気持ち悪い!」
マッシロシロスケの発見者らしいクラスメイトが無慈悲に叫ぶ。私はそれに反論したかったが、事実が私を押し留める。
「気持ち悪い……」
その一言だけ、私の口から漏れ出る。
カビ、聞いただけでも気分が悪くなる。私はそんなのと一緒にいたの? カビを育てたやつと一緒に話してたの?
「ああ、それね。いやー、汚いのはわかってるんだけど、愛着湧いちゃったんだよね〜。ごめん! これ、秘密にしてくれない?」
なんであの時私は彼女に何も言えなかったんだろう。
怖かったから?
なんで私は嫌だと思ってたのに彼女と話してしまったんだろう。
弱かったから?
でも、「気持ち悪い」の一言に傷ついた私がいる。
違う
なんでだろう、汚いはずなのに、気持ち悪いはずなのに。だんだんと頭の中を回る思考と少しだけ深いところにある意識が合わさっていく。そうだ、私は
私は
どこかで覚えてたんだ。進級してすぐにちょっとだけした彼女との会話を。
嫌だった。汚いはずなのに、気持ち悪いはずなのに。なのに、
更衣室で笑っていた時間が
「気持ち悪い……?」
私と彼女の間をマッシロシロスケが繋いでくれた。マッシロシロスケが彼女と出会わせてくれた。
「気持ち悪いなんて言うな……。」
たとえマッシロシロスケがカビだろうと、私たちの日々は本物だ。
「その子は……」
なら、声を絞り出すんだ。私たちの日々をなくさないために、失わないために
「私の……友達だから……!」
守るために。
あきあきした日々がひっくり返った気がした。




