第5話 三十八歳のショッピングリスト
翌朝、斎藤誠一は、ネットカフェの硬いリクライニングチェアの上で、浅い眠りから目を覚ました。
窓の外からは、まだ薄暗い新宿の街の、一日が始まる前の静かな呼吸が聞こえてくる。彼の体は、昨日の死闘の疲労で鉛のように重かったが、その心は不思議なほど、軽かった。
彼は、その場で伸びを一つすると、ARモニターを起動させた。そこに表示されていたのは、昨夜、彼が寝る間も惜しんで作り上げた、一枚の、あまりにも無骨で、しかしどこまでも希望に満ちた「計画書」だった。
『アメ横・装備購入計画』。
その、まるでサラリーマン時代の企画書のようなタイトルの下に、彼の、新たな人生の、その最初のマイルストーンが、箇条書きで記されていた。
彼は、そのリストを、満足げに一瞥すると、その重い体を起こした。
シャワーを浴び、コンビニで買ったおにぎりを二つ、腹に詰め込む。
そして、彼はそのビジネスバッグ一つを手に、夜が明け始めたばかりの、新宿の街へと、その一歩を踏み出した。
向かう先は、ただ一つ。
冒険者たちの、聖地へ。
◇
上野、アメヤ横丁。通称、アメ横。
午前10時。その場所は、すでに混沌の坩堝と化していた。
JRの高架下。太陽の光がほとんど届かない薄暗い一角。そこは、相変わらず混沌としたエネルギーに満ち溢れていた。
ベンダーたちの怒号。
「さあ、買った買った!今日採れたてのゴブリンの耳だよ!一個500円!」
探索者たちの、真剣な値切り交渉の声。
「オヤジ、このレアアックス、もう少しどうにかならねえか?こっちの懐も、寂しいんだよ」
そして、そこかしこから漂ってくる、得体のしれない食べ物の匂い。
串焼きの香ばしい醤油の香り。謎の緑色の液体の、甘ったるい匂い。
その、あまりにも猥雑で、そしてどこまでも生命力に満ち溢れた光景。
誠一は、その人の波に、一瞬だけ気圧されそうになった。
だが、彼は決して、その歩みを止めなかった。
彼が、まず向かったのは、アメ横の入り口に、まるで関所のように店を構える、一軒の、古びた屋台だった。
「よう、兄ちゃん。いらっしゃい」
店主の、皺だらけの顔をした老婆が、その鋭い目で、誠一を値踏みするように見つめた。
「…【清純の元素】と、【元素の円環】のセットを、一つ」
誠一は、その視線を、真っ直ぐに受け止め返しながら、言った。
「ほう。兄ちゃん、分かってるじゃねえか」
老婆は、その口元に、満足げな笑みを浮かべた。
彼女は、その手元の、厳重に鍵がかけられた木箱の中から、二つの、小さな、しかし確かな魔力を秘めた箱を、取り出した。
「はいよ。合わせて、20万円だ」
誠一は、頷くと、AR決済端末を、店のリーダーへと、かざした。
100万円から、20万円が引かれる。彼の、人生で最も大きな、そして最も意味のある、買い物だった。
◇
「制服」を手に入れた誠一が、次に向かったのは、アメ横の、その喧騒の中心に、まるでオアシスのように存在する、一つの小さなブースだった。
【アメ横ダンジョン探索者 案内所】。
カウンターの向こう側には、片目に眼帯をつけた、元B級探索者だという、初老の男性が、面倒くさそうに新聞を読んでいた。
「…あの、すみません」
誠一は、そのあまりにも威圧的なオーラを放つ男の前に、おずおずと立った。
「初心者向けの、盗賊装備を扱っている、良い店を教えていただけませんか?」
その、あまりにも丁寧な、そしてどこまでもサラリーマンらしい口調。
それに、男は新聞から目を離すことなく、答えた。
「…ああ?盗賊ねえ。…それなら、あそこに行け」
彼は、その無骨な指で、一つの方向を指し示した。
「三番通りの突き当たり。一番古くて、一番汚ねえ店だ。店主のジジイは、偏屈で無愛聞だが、あそこのガラクタの中には、たまに面白い『掘り出し物』が眠ってる。お前さんみてえな、真面目腐った顔した奴には、お似合いの店だろうよ」
その、あまりにも不器用な、しかしどこまでも的確なアドバイス。
それに、誠一は、深々と頭を下げた。
「――ありがとうございます」
◇
教えられた通り。三番通りの、一番奥。
そこに、その店はあった。
他の店のような、派手な装飾は一切ない。ただ、古びた長机の上に、無数のガラクタ同然の革鎧やブーツが、山のように積まれているだけ。
店主は、カウンターの奥で、黙々と革を鞣している、一人の老人だった。その顔には深い皺が刻まれ、その手は、長年何かを作り続けてきたであろう職人のそれだった。
「…こんにちは」
「…んあ?」
親父は、その作業の手を止めずに、顔を上げた。
「…なんだい、兄ちゃん。冷やかしかい?」
「いえ、買い物です」
誠一は、単刀直入に言った。
「初心者向けの、盗賊の装備を、一式揃えたいんです」
「ほう?」
親父の目に、わずかに興味の色が浮かんだ。
「どんなのが、いいんだい?」
「HPと、耐性が、少しでも上がるものを。見た目は、問いません」
その、あまりにも実直な、そしてどこまでも本質を突いた答え。
それに、親父は、初めてその作業の手を止めた。
そして彼は、ニヤリと笑った。
その顔は、もはやただの偏屈な老人ではない。
この市場で、何十年も生き抜いてきたプロの職人の顔だった。
「…へっ。面白いな、あんたは」
「分かった。その心意気に免じて、俺が最高の『掘り出し物』を見繕ってやるよ」
彼はそう言うと、店の奥のガラクタの山を漁り始めた。そして彼は数分後、六つの、みすぼらしい、しかし確かな魔力を秘めた装備を、カウンターの上に並べた。
頭、胴、手、足の革鎧と、一つの指輪、そしてベルト。
「ほらよ。こいつらはどうだい?」
「どれも、基礎性能は大したことねえ。だがな、MODで、HP+20と、全耐性+5%が付いてやがる」
「…すごい」
誠一が、感嘆の声を漏らした。
「お値段は?」
「ああ」
親父は、頷いた。
「一部位、5000円。六つで、3万円だ。これでも、ギリギリの値段なんだぜ?」
誠一は、そのあまりにも良心的な価格に、驚きを隠せなかった。
彼は、その場で、合計3万円を支払った。
そして、その六つの、彼の新たな「皮膚」となる装備を、その手に握りしめた。
◇
次に向かったのは、スキルジェム屋だった。
その店は、これまでのどの店とも違う、静かで、そしてどこか神聖な空気に満ちていた。
壁一面のガラスケースの中には、様々な色の、美しい宝石が、まるで星々のように、輝いていた。
「いらっしゃいませ」
店主は、まるで大学教授のような、知的な雰囲気の、初老の紳士だった。
「どのような、ジェムを、お探しで?」
「ポイゾナスコンコクションの、ビルドを組みたいんです。スキルジェムを、一式購入したいのですが」
「ほう、ポイゾナスコンコクション、ですか。面白い。実に、面白い選択ですな」
店主の、その眼鏡の奥の瞳が、キラリと光った。
「承知いたしました。では、これらを」
彼は、その滑らかな手つきで、ガラスケースの中から、四つの、神々しいまでのオーラを放つ宝石を、取り出した。
緑色の、渦を巻くような紋様を持つ、【ポイゾナスコンコクション】。
そして、三つの、それを補助するための、サポートジェム。
「あいよ。サポートジェムは、コイツラがオススメね。一つ1万円ね。どうだい?」
店主は、そう言って、その三つの宝石を、黒いベルベットの布の上に、並べた。
「【斉射(大)サポート】と、【投射物追加(大)サポート】。この二つで、あなたの毒の瓶は、扇状に、そして広範囲に、降り注ぐことになるでしょう」
「そして、これ。【虚空制御サポート】。あなたの混沌ダメージを、その根源から、増幅させる。定番にして、最強の組み合わせです」
その、あまりにも完璧な、そしてどこまでも魅力的な、提案。
「じゃあ、購入しようかな」
誠一は、頷いた。
彼は、その場で4万円を支払い、その四つの、彼の新たな「魂」となる宝石を、その手に収めた。
◇
そして、最後の仕上げ。
フラスコ屋だった。
その店は、錬金術師の研究室のように、様々な色の液体が入った瓶と、そして薬草の匂いで、満ちていた。
誠一は、その店主に、昨日ネットカフェでメモした、三つの名前を告げた。
「水銀のフラスコを、一つ」
「解呪のフラスコを、一つ」
「そして、アメジストのフラスコを、一つ」
「はいよ!」
店主は、その三つの、特殊な効能を持つ霊薬を、カウンターへと並べた。
「水銀のフラスコ。使用後4秒間、移動速度が40%上昇する」
「解呪のフラスコ。使用時、自身にかかっている呪い(デバフ)を解除する」
「アメジストのフラスコ。使用後6秒間、混沌耐性が35%上昇する」
「一つ、1万円。三つで、3万円だ!」
誠一は、その最後の買い物を終えた。
◇
アメ横の喧騒を後にし、彼が帰路につく頃には、空はすでに、美しい夕焼け色に染まっていた。
彼のインベントリは、もはや空っぽではない。
彼の、新たな人生を始めるための、完璧な「初期装備」で、満たされていた。
彼は、その日の、あまりにも大きな、そしてどこまでも満足げな出費の合計を、頭の中で計算した。
20万、3万、4万、そして3万。
合計、30万円。
雷帝ファンドの、100万円。その、三分の一近くを、彼はたった一日で、使い果たしたのだ。
だが、彼の心に、後悔はなかった。
あるのはただ、明日から始まる、新たな「仕事」への、尽きることのない、好奇心と、そしてどこまでも力強い、高揚感だけだった。
彼は、その足で、まっすぐに、あの新宿の、インターネットカフェへと、帰っていった。
## ステータス (盗賊ビルド)
- **レベル:** 2
- **クラス:** 盗賊レベル1
- **アセンダンシー:** なし
- **HP:** 272 / 272 `(基礎112 + 装備一式160)`
- **ES:** 0 / 0 `()`
- **MP:** 58 / 58 `()`
- **筋力 (Strength):** 5 `((基礎5)`
- **体力 (Constitution):** 10
- **敏捷 (Dexterity):** 22 `((基礎12 + クラスボーナス+10)`
- **知性 (Intelligence):** 8`((基礎8)`
- **精神 (Mentality):** 7
- **幸運 (Luck):** ??
- **ステータスポイント:** 残り: 5
- **パッシブスキルポイント:** 残り: 1`(ギルドパッシブポイント+0/24済み)`
- **HP自動回復:** 0 / 秒 `()`
- **MP自動回復:** 1 / 秒 `(基礎1)`
- **物理ダメージ軽減:** 0%`()`
- **精度 (Accuracy):** +44`(22 * 2)`
- **物理ブロック率:** +0% `()`
- **魔法ブロック率:** +0% `()`
- **アーマー:** +0 `()`
- **回避力:** +120 `(装備一式120)`
- **移動速度:** +0% `()` ※水銀のフラスコ使用時、さらに+40%
- **攻撃速度:** +0% `()`
- **チャージ上限値:**
- **持久力チャージ:** 3
- **狂乱チャージ:** 3
- **パワーチャージ:** 3
- **耐性値:**
- **火耐性:** 61% (上限) `(装備一式35% + 元素の盾26%)`
- **氷耐性:** 61% (上限) `(装備一式35% + 元素の盾26%)`
- **雷耐性:** 61% (上限) `(装備一式35% + 元素の盾26%)`
- **混沌耐性:** 0% `()` ※アメジストのフラスコ使用時、さらに+35%
### キーストーン (大型パッシブ)
### 中ノード
### 通常パッシブ (小ノード)
## スキル
- **ユニークスキル:**
- **カスタムスキル:**
- **【通常技】【躱す身 Lv.1】 (消費MP: 5):** クラススキル。1秒間あらゆるダメージを回避する。クールタイムは1分間
- **【通常技】【ポイゾナスコンコクション Lv.1 + 斉射(大)サポート Lv.1 + 投射物追加(大)サポート Lv.1 + 虚空制御サポート Lv.1】 (消費MP: 5):** 素手アタック範囲ダメージを与え、毒付与確率を有する爆発する瓶を投げる。ライフフラスコのチャージを消費することで追加のダメージを与えることができる。
- **発動中のオーラ/バフ:**
## 装備品
- **武器:**
- **盾:**
- **頭:** 【魔法の盗賊用頭装備】(マジック)
- 効果: 回避力+20 HP+20 全耐性+5%
- **胴:** 【魔法の盗賊用胴装備】(マジック)
- 効果: 回避力+20 HP+20 全耐性+5%
- **手:** 【魔法の盗賊用手装備】(マジック)
- 効果: 回避力+20 HP+20 全耐性+5%
- **足:** 【魔法の盗賊用足装備】(マジック)
- 効果: 回避力+20 HP+20 全耐性+5%
- **首輪:** 【清純の元素】
- 効果: 全耐性 +5% 最大HP +40 このアイテムに、Lv10の【元素の盾】スキルが付与される。
- **指輪 (左):** 【清純の元素】
- 効果:【元素の盾】のMP予約コストを100%減少させる。
- **指輪 (右):** 【魔法の盗賊用指輪装備】(マジック)
- 効果: 回避力+20 HP+20 全耐性+5%
- **ベルト:** 【魔法の盗賊用ベルト装備】(マジック)
- 効果: 回避力+20 HP+20 全耐性+5%
- **インベントリ保管:**
## フラスコ
- **スロット1:** ライフフラスコ (小)
- 効果: HPを回復する。
- **スロット2:** マナフラスコ (小)
- 効果: MPを回復する。
- **スロット3:** 水銀のフラスコ
- 効果: 使用後4秒間、移動速度が40%上昇する。
- **スロット4:** 解呪のフラスコ
- 効果: 使用時、自身にかかっている呪い(デバフ)を解除する。
- **スロット5:** アメジストのフラスコ
- 効果: 使用後6秒間、混沌耐性が35%上昇する。