1-9 「旧友、再び」
クラリスはフィエル村を後にし、山道を下っていた。
手に入れた証拠――魔獣暴走の魔法陣の痕跡、魔力操作の記録、祠に残された“生体媒介”の痕跡――すべてが、王宮内の誰かが関わっていることを示していた。
(このまま、王都の情報屋に渡せば確実に動く。でも……ギルベルトに繋げるには、もう一押し必要ね)
その時だった。
山道の先に、一人の青年の影が見えた。
長身に、灰色の旅装。
日焼けした肌と乱れ気味の髪。
だが、見間違えようのないその顔――
「……リュカ?」
青年は目を見開き、そして苦く笑った。
「よお。生きてたんだな、クラウディア」
その声、その態度、その目線――
あの日、彼が断罪の場で目をそらした瞬間が、まざまざと蘇る。
彼は、クラリスの幼馴染であり、かつての筆頭魔導官候補。
家柄を超えて彼女と共に歩んだ友だった。
それなのに――断罪のとき、彼は黙っていた。
クラリスが濡れ衣を着せられ、引き裂かれていくのを、ただ見ていた。
「何しに来たの? 今さら、私に謝罪でも?」
「……違う。俺は、ギルベルトの命で村を見張っていた。
だけどあの祠、あれは……俺の想像を超えてた」
「見張っていた?」
クラリスの声が凍る。
彼は、やはり敵側だったのか。
それとも、今もなおその忠誠に縛られているのか。
「信じてくれとは言わない。ただ……お前が王宮を潰すつもりなら、利用してくれ。
ギルベルトの弱点、知ってる」
「……都合のいいことを」
言葉の端が震える。
怒りでも、悲しみでもない。
それは、裏切られた心が、まだどこかで“信じたがっている”という、自分自身への苛立ちだった。
「私はね、リュカ。あなたに一番、期待していたの。
あの場で、誰か一人でも私を庇えば、状況は変わっていた。
でも誰も動かなかった。あなたすら、私の敵だった」
リュカは、沈黙した。
風が吹く。木の葉が舞い、二人の間に静かな空白が生まれる。
「……あのとき、俺は怖かったんだ。ギルベルトに逆らえば、家も地位もすべて失う。
それが、お前を切り捨てることだと分かっていても、目を背けた。
その代償を、ずっと背負って生きてきた」
クラリスは、一歩彼に近づく。
その瞳に宿るのは、怒りでも憎しみでもない。
「代償を背負った? じゃあ、今ここで証明してみせて。
“使える”と言ったわね? ギルベルトの弱点、それを私に教えなさい」
リュカは苦笑し、頷いた。
「ギルベルトが使っている魔力制御装置――あれは王宮地下の旧時代の魔導炉と繋がってる。
そこを押さえれば、彼の力の半分は奪える。場所は……この地図の、この座標だ」
クラリスは地図を受け取り、視線を下ろす。
彼の手が少しだけ震えていることに気づいた。
(彼も、後悔していたのね……)
けれど、クラリスはそれにすがらない。
心のどこかが温かくなったとしても、それは復讐の歩みを止める理由にはならない。
「ありがとう、リュカ。
あなたの役目は、ここまで。……あとは私がやる」
その声は、どこまでも静かで、どこまでも強かった。