幼馴染パワラ
「あんたならきっとやってくれると思ってたわ! あたしがこっそり見込んでただけのことはあるわね!」
「村にいたときはチビでダサかったけど、ちょっとは背も伸びたみたいだし、今ならあたしにふさわしいと言えなくもないわ。光栄に思いなさいよね!」
「お見合い相手を探してるって聞いて驚いちゃったわよ! 幼馴染のあたしがいるのにさ! でも、こんな風にあたしが来るよう仕向けて気持ちを確認したかったのよね!? 試し行為ってやつでしょ!?」
「もう、素直じゃないんだから!! 今のあんたなら即OKよ! 幼馴染が勇者だなんて、あたしも鼻が高いわ! マウント取り放題ね!」
部屋に入ってきたパワラは開口一番、ギラギラした瞳でユーリに向けて好き勝手にしゃべりはじめた。
何も変わってない、と失望に満ちた目で自分の幼馴染を見つめるユーリ。
そんなことにも気づかず、パワラは一方的にまくしたて続けた。ユーリやアンナが口を出す機会もなく、パワラの独り舞台がしばらく部屋を占有していた。
「さ、今すぐ結婚するわよ! もちろん式は派手にね! その後は村に凱旋して見せびらかすのよ! 善は急げよ!」
やがて言いたいことは一通り言い終わったのか、立ち上がったパワラ。ユーリのそばに行こうとした彼女の前に、アンナが壁となって立ちふさがった。にこやかだったパワラの顔が一転、不機嫌なものになる。
「……なによあんた? 邪魔しないでくれる?」
「……ユーリさまは、まだうんともいやとも言っていませんよ?」
「……はあ? そんな返事聞く必要ないじゃない。だって答えは決まってるんだから。そうでしょ?」
ユーリの瞳はもはや失望を通り越した、冷たいものへと変わっている。さすがにパワラも少しの戸惑いを覚え始めた。
「なんで何も言わないのよ? ねえ!? 小さい頃はけっこういい感じだったじゃない、あたしたち!」
詰め寄ろうとしたパワラを、アンナが引き留めようとその腕をつかむ。
「ちょっと!? 気安く触んないでよね!」
「……」
普段はおだやかなアンナの瞳から、敵意と言ってよいほどの感情が向けられている。
その視線にカチンときたパワラは声を荒げ、アンナの手を払おうと腕を大きく振った。
「いいかげんに、放しなさいよ!」
乱暴に振りほどかれて体勢をくずしたアンナを、ユーリが慌てて立ち上がり、支えた。力を失っているユーリは少しよろめいたものの、抱きとめることに成功する。
ユーリはアンナを後ろにかばって前に出た。
「帰ってくれ、パワラ」
「……え?」
静かな怒りとともに発せられた予想もしない言葉に、パワラが目をぱちくりさせた。
「君と結婚するつもりはない。たとえ天地がひっくり返ってもだ」
「な、なに言ってんのよ、あたしはあんたの幼馴染なのよ!? あんたの仲間たちなんかよりも、子供のころからずっとそばにいた、このあたしと結婚すべきでしょ!!」
ひきつった顔のパワラがさらに一歩を詰めた。
「衛兵! 衛兵!」
このままではユーリに危害が及ぶかもしれないと考えたアンナが、衛兵を呼ぶため大声を発する。
初日からトラブル続きだったので、備えのために兵を配置しておくことをアンナが提案していたのだ。
たちまち扉を開けて入ってきた兵士たちがパワラを囲み、取り押さえた。兵士たちは一礼してすぐにパワラを部屋の外へと引きずっていく。
「ちょっ……何よあんたたち、邪魔しないでよ! あたしはまだこいつと話があんのよ! 馬鹿! 放せ! 放しなさいよ!!」
やがて罵声へと変わっていくパワラの叫びをしばし聞きながら、ユーリはアンナをかばった体勢そのままでしばし動かずにいた。
叫び声が完全に聞こえなくなって、ようやくユーリはほっと一息ついた。
背後にかばっているアンナを振り返り、労しげに見つめる。
「アンナさん、怪我はない?」
「ええ、大丈夫です。心配してくださり、ありがとうございます。……その、勝手に衛兵を呼んでしまって申し訳ありません」
「ううん、いいんだ。あれ以上話しても無駄だったと思うから……」
パワラは村にいた頃からまったく精神的に成長していなかった。驚くほどに。
自分が勇者として苦しい戦いを続けていた間もずっと、村でわがまま放題に過ごしていたのだろう。
もう村に帰ることも、パワラに会うこともないだろうなとユーリは感じた。
……こぼれた水が盆に返ることは決してないのである。